第6話 もう会えなくなってしまった母への叫び
私はふと、母のことが心配になって故郷のカフェで一人回想にふけっていた。
風のうわさでは、私の母は会社に電話で謝罪したという。
「どうか、お願いです。私の娘のしたことをお赦し下さい。警察に通報する前に、一生かかっても弁償させていただきます」
しかし、あのどケチ社長は断ったという。
そりゃそうだ。私はもう未成年でもないし、母親が弁償する義理などどこにもないものね。
それに警察に通報すると、どケチ社長のまぬけぶりが暴露し、社会的信用も失い、仕事の依頼も失くなってしまうかもね。
もともと私は親孝行するつもりで、二重帳簿をつけて横領したつもりだったが、結局は母を苦しめることになってしまった。
私は行方知らずになってから、二か月にもたたないうちに、街頭はすっかり変貌を遂げていた。
子供の頃通った駄菓子屋は、おばちゃんが老齢化のため亡くなり、美味しかったたこ焼き屋いや正確にいうとタコの代わりにタコ風味のこんにゃくの入ったタコ風タコ焼き屋は、若い女性の経営するしゃれたクレープハウスに変わっていた。
駅から歩いて十二分の実家の前にたどり着くと、なんと空き家になっていた。
無理もないだろう。古びた長屋で三軒隣りまで空き家になっているんだから。
もうすぐ、取り壊し工事が始まるらしい。
あっ、ふと隣を見ると、中学の時のクラスメートだった、私がひそかに思いを寄せていた男子学級委員長と秀才の誉れ高かった女子副委員長だ。
男女のカップルになっているのだろうか。
二人とも、高卒の私とは違って大学を卒業したという秀才コンビ。
女子の副委員長には、ときおりノートを見せてもらったりしたっけ。
そのお礼に、私は昼休みのお弁当の時間、タコ風味たこ焼きをプレゼントしたっけ。「わあ、このたこ焼き、生地までタコの味がしてgood taste」と褒めてもらったことが、ちょっぴり誇りだった。
子供の頃の微笑ましい思い出。思えば貧乏だったけど、楽しい子供時代だったな。
そんな感傷に浸っている暇は、もう今の私には許されてはいない。
まあ、一応大金は残っているので、とりあえず今日は、ビジネスホテルにでも泊まらなきゃ。もちろん、顔がささないようにサングラスをかけてね。
今度、この街に帰ってこれるのは、あと何年後になるだろう。
いや、たとえ帰ってきたとしても、私の知らない街に変貌しているだろう。
神様、今日生かして下さったことを感謝しますと心のなかで祈ったその途端、地味なスーツ姿の男性に声をかけられた。
「あの長屋は、今は誰も住んでいない空き家になっているけれど、そのうちの一人の行き場所を教えてくれませか?」
そのうちの一人というと、もしかして母のことなのだろうか?
もしかして、母は警察沙汰になることをやらかしたのだろうか?
もしそうだとすれば もちろん私にも責任はある
決して裕福ではなかったけれど 中学時代、毎日混ぜご飯の弁当をつくってくれた几帳面な母の笑顔を私は奪ってしまったのだろうか?
得体の知れない黒い渦が 私の頭を駆け巡り すべての思考が停止してしまいそうである
まさに悪は悪を呼ぶ世界になっているのだろうか?
嗚呼 神様ヘルプ!
(完結)
☆拝啓 クレプトマニア(窃盗依存症)氏 すどう零 @kisamatuma
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