エピローグ:正義の組織に志願して



―――

一連の事件から月日は流れて、10年が経った。

警視庁公安部のとある個室、その個室のネームプレートには『氷室』と刻印されていた。そしてその個室には革張りの椅子に座る氷室と名瀬の姿があった。



「ご苦労様でした、名瀬さぁん。として初の事件に臨んだ感想はありますかぁ?」



「大変でしたけど、まあ10年前のあの事件に比べたらまだマシですよ。未だに私、夢に見ますし。それに氷室さんも陰謀団事件あの事件のあと、現場から退いちゃいましたし」



「はっはっは、いやぁ。流石にもう現場で命を張るのは無茶かな、と思ったんですよぉ。ところで今日は公安部に新しい人材を推薦したいと聞いていたんですが?」



「ええ、はい。 …さあ、入ってきてくれるかしら」



 その声に合わせて扉が開かれる。

そして敬礼をして入室してきたのは、警察官の制服に身を包んだリリであった。



「昭島署地域課所属、天野です。階級は巡査長です、よろしくお願いします」



「…なぜ、彼女を推薦したんです? 名瀬さん、何か理由でも?」



 氷室は驚いた表情を浮かべる。

陰謀団事件あの事件の後、氷室は事件の真相を探るべくリリに対して尋問を行ったが、リリは"記憶があやふや"であると一貫して証言を変えなかったのだ。氷室もまた、目の前で奏矢金属生命体を見ているだけに深くは突っ込むことは出来なかった。そしてそもそも、リリが一連の事件に関与しているという物理的な証拠もでないこと、加えて陰謀団カバルに関する事件があの爆発のあとは一切なかったことから、リリは状況的な疑いは残るものの無罪放免となっていたのだった。



「理由ですか? 天野が優秀だからですよ。この前のほら、麻薬絡みのシンジケートの事件。あの事件の犯人グループの隠れ家を見つけたのは天野なんですよ。公安部我々を差し置いて、です。」



「それはそれは。確かに優秀ですねぇ。しかし…」



 氷室は悩みながらリリを見やる。

リリはじっと氷室を見ながら、敬礼の姿勢から微動だにしない。しばし、無言で見つめ合うリリと氷室。その静寂を名瀬が破る。



「氷室、ご心配なら私が直属で面倒を見ます。それにこの10年、私はが素質は十分にあります。私を信用していただけませんか?」



「名瀬さぁん、私は貴女を信頼してますよぉ。しかし、貴女が天野さんに対して個人的な感情を抱いてることはないのですか?」



 氷室はリリを見てから、今度は名瀬をじっと見る。

嘘を全部見透かす様な、そのような目で名瀬を射竦める。だが名瀬はじっと氷室の目を見ながら、言い切る。





「ふむ、そうですか。 …わかりました、名瀬さん。天野を公安部に入れる件、了承しました。天野さん、名瀬さんの下でしっかりと指導してもらいなさい」



「はい!」



「では所用も済みましたので、私は戻ります。天野も退出していいわよ」



 リリは敬礼を解いて頭を下げると、部屋から出て行く。そして名瀬もその背を追うようにして退出していく。1人残された氷室は大きなため息を吐くと、天井を見上げるのだった。




※※※※


 部屋の外に出たリリと名瀬、お互いに顔を見合わせると緊張をした顔から笑顔へと変わっていく。そして名瀬は小声でリリへと話しかける。


「リリちゃん、良かったわね!」



「はいっ、名瀬さんのお陰ですっ!」



「良いの、良いの。リリちゃんが優秀なのは事実だしね。にしても、リリちゃんが警察官になりたいなんて、しかも公安部に入りたいって聞いたときは驚いたわ。夢が叶ってよかったじゃない!」




「ええ、本当に。 …それにしても名瀬さん、氷室局長に"個人的な感情はないのか"って聞かれて、ありませんって眉ひとつ動かさないで答えたのすごいです」



「ふふんっ。『嘘をうまくつけなきゃ上には上がれない』って氷室さんから良く言われてたからね」




「…でも、最初は名瀬さんは嘘が下手でしたよ。児童福祉課の人って言ってたのに、私を捜査してましたし」



「あはは…。まあ、それで事件のあとも色々相談に乗ってあげたりしたんだから、言いっこなしよ、なし。 …あ、いけない。オフィスに書類忘れちゃった。悪いけど自分の荷物とか早めに公安部に移しといてね、じゃっ!」



 そう言い残して名瀬は姿を消す。

名瀬が姿を消したのを確認してから、リリはそっとポケットの中の小さなガラス瓶へと手を伸ばす。それをポケットから出して手の上で転がすと、中の銀色の液体がガラス瓶の中で跳ねる。



(奏矢さん。私、頑張ったよ。いつか、きっとまた会えるよね)



 リリが公安部に入りたかった理由、それは奏矢へと繋がる情報を得るためであった。陰謀団カバルのことを最初に目をつけたのは公安部であり、加えてリリにはどうしても陰謀団カバルが壊滅したようには思えなかったのだった。あれほど強靭さと凶暴さを秘めた怪人が完全に消滅してるとは思えず、いつかまた事件を引き起こすだろうと考えていた。あるいは別の次元から新しい陰謀団カバルが現れるかもしれない。なんにせよ、新しい情報が公安部に居れば一番に手に入る。



(奏矢さんの身体の一部は生きてるから、絶対に奏矢さん自身も死んでない。あとはどこに行ったかを調べるだけ)




 怪人や戦闘員シャドウは全て死ぬと揮発してこの世からいっぺん残らず蒸発していたが、奏矢の体の一部であるガラス瓶の液体は揮発などしていなかった。



(絶対に、奏矢さんは生きてる)




 奏矢と一緒に暮らしたのは、1ヶ月にも満たない月日だったが、それでも自分の命を助けてくれたことは紛れもない事実。そして二宮を通して『利用してごめん』という伝言の真意を聞き出したかった。



「…それにまた、話をしたいし」



 リリは小さく呟くと、ガラス瓶をポケットへと戻す。そして名瀬に言いつけられた自分の荷物を取りに、廊下を歩み出すのであった。


 

 


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悪の組織によって改造された俺は失敗作として廃棄され、魔法少女に寄生する 重弘茉莉 @therock417

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