第8話

 夢を見た。


『救いたい人がいるのでしょう?』


 甘いささやき。


 たぶんこれは悪魔の囁き。


『こちらの世界へ連れて来なさい。』


 誘惑される。


 行き詰ったこの世界を出られるなら何でもいい。


 方法を問う。


『簡単よ。このナイフがあなたたちを連れていくの。』


 そういって鈍色にびいろの凶器を手渡される。


 同時に狂気で満たされる。


 満ち足りた。


 こんな気分はいつ以来だろう。


『それじゃあ、悪い現実ゆめから醒めましょう。』


 暗転。


 帰ってきたのは薄暗いベッドの上。隣にはいつも通り、震えて、うずくまって、寝ている兄の姿。しかし、手に握られているのはナイフ。わずかな光を反射して鈍く、昏く輝いている。そう、ここは悪い現実ゆめ。こんな場所に兄を置いては行けない。だから生きていた。でも、それも今日まで。いつも通り安心させるように、あるいは自分が安心するために兄を抱きしめながら揺り起こす。目を覚ました兄は震えている。可愛そうなお兄ちゃん。もうこんなところからはおさらばだ。目を覚ました兄に馬乗りになる。どこを見ているのか分からない虚ろな瞳と目を合わせて、私は鈍色を振り上げる。


「お兄ちゃん♡ 一緒に死のう♡」


 刃を引き抜くと血が噴き出した。どす黒い、美しい色だ。兄のはらから放たれたそれを手で掬って飲んでみる。苦くてえづく、病みつきになる。虚ろな瞳の輝きがさらに失われていく兄のからだから力が抜ける。おいて行かれる分けにはいかない。躊躇ためらいはない。逆手に持ったナイフを自分の首に突き立てた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アタマがおかしい妹の心中に巻き込まれて死んだら異世界で一生銀髪赤目の雑魚ヴァンパイアの妹(俺の血を吸うと最強になる)とイチャつきながら暮らすことになった 比良 @hira_yominokuni

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ