バスドラムから僕のベースの音がする。
桁くとん
バスドラムから僕のベースの音がする。
ソフトケースに入っているベースは楽器そのものをまだ
お母さんに聞いたところ、
お父さんは別に音楽で生計を立てていた人ではなく普通の会社員で、
お母さんはけっこう物ぐさなたちで、
もうベース以外の楽器類にも
「何で片付けちゃわないの? 場所を取って
練習用ドラムを叩いて
うちのお母さんは、
そんなお母さんがこんなに場所を取る楽器類を
「何となく、カッコ良くない? リビングに楽器が置いてあるのって」
お母さんは笑って
「お父さんの
「そうね、
「ふーん、そう」
確かにあんまりお母さんは音楽を
お母さんの
学校の音楽の時間も、ピアニカの
トライアングルとか高い澄んだ音がして好きだ。でも
音楽
そんな
今住んでいる家は、元々お父さんが貯金をはたいて買ったらしい。とはいっても頭金を多く払って残りはローン。支払いはまだ残っているとお母さんは言っていた。
お母さんは
「本当は
お母さんはそう言うが、それは仕方ない。お母さんは
だから本当は
お父さんが生きていればな。
一人で家で留守番をしているとそう思うことがけっこうある。
お父さんの写真はリビングのTVラックの上に
お母さんと肩を寄せ合って笑顔で写っている写真。
写真のお母さんは、この頃あまり見たことのない楽しそうな笑顔だ。お母さんはなかなかに美人さんだと思う。多分
写真のお父さんは、やはり
ただ、言っちゃ悪いがあまりカッコ良くはない、と思う。
あまりモテそうじゃない。
四角い
金曜日の今日もお母さんは
明日は
そんなことを考えながら
TVは大して
食器を洗いながら、なんとなく気分が
いつものことなんだけど、こうして一人で過ごすのは
宿題も帰ってきてすぐに終わらせてしまったし、TV番組もたいしたものがないし、時間を
お風呂もさっき洗ったついでにシャワーを浴びてしまった。
はあ、どうしようか。寝るにはちょっとだけ早いし。
TVラックの下にはお父さんが集めていたCDが沢山積まれている。
僕は普段なら気にも
TVラックの下の
ジャケットにはサングラスをかけてモヒカンヘアーにした野球の
「メジャーリーグ サウンドトラック」と書かれたそのCDをTVラックから出し、ポータブルCDプレーヤーも一緒に出した。
CDをポータブルCDプレーヤーにセットし、ヘッドホンを着けて再生のスイッチを押すが、ウンともスンとも言わない。
あ、電池が切れてるんだな。
立ったまま再生ボタンを押す。
ブーンという音が段々大きくなったと思ったら上からギターの音が降ってきた。同時に地面からドラムの音がゆっくり立ち上がる感じがする。
やがてサッカースタジアムのチャントのような大勢が叫んでいるような声と、女の人がゆっくりリズムに合わせて英語で歌い出す。
ワーシン・ユメアホーシン ユメミエビシン・グレー カモンワーシン
まだ英語は習っていないので意味はわからないし、本当にそう言っているのかもわからないけれど、
最近の流行の曲とは
何となく
「雄太、おい雄太」
その曲のリズムに
お母さんはまだ帰ってくるはずがない。
玄関にはしっかり
この家の中に
四角い
「え……っと、お父さん?」
その人が口を開く。
「そうだ。雄太のパパだぞ~」
え、
というか、お父さんは生きてたの?
「本当にお父さんなの? 生きてたの?」
「ああ、お前のパパだぞ。でも生きてはいないな。
今、雄太は
「え、
「うーん、
多分ぶっちゃけてしまうと単なる
このお父さんは何を言ってるんだろう。
ていうか本当に
「
確かにあの曲を聞いていたポータブルCDプレーヤーはテーブルの上で止まっているし、ヘッドホンも横に置いてある。
練習用ドラムも、アンプも
でもなあ。
「何だ、雄太、しっかりしてるというか
「だって、おかしいじゃない。今まで一度も
「おいおい、こんな
まあ、それはそれとして、そこの練習用ドラム、どれでもいいから
そう思って
パン!
「スネアドラムだな。これ練習用だからメッシュヘッドで音がしないはずだけど、ちゃーんと音がしただろ?
ところで雄太は今ドラムにスティックを押し付ける感じで
そう言ってお父さんは
パァーン!
お父さんが
「ドラムを
お父さんはそう言って
「雄太が寝る前に聞いてた曲は何なんだい? ちょっとCDのジャケット見せて」
お父さんに言われて、
「おー、メジャーリーグのサントラってことはWild Thing だな! めっちゃカッケー曲だよな! あのシンプルなリズムでシンプルなコードで。どうだ雄太、聞いた
「何て言うか、ちょっと気持ちが
「そっかー、いい曲って、人の心を
そう言ってお父さんはまたドラムを
「これ、Wild Thingのドラム。すんげーシンプルでハイハットも頭にしか来ないんだけど、バスドラが時々くって入るんだ。でもそれがあの曲のノリを出してるんだよな。あのバンドのドラマーの足クセなのかもな。でもカッケーよな」
「お父さんドラム
「そこのTVラックの下に入ってるCDで、
「へー、そうなんだ。ベース出して
「そうだなあ、ベースって
たまに楽器
よし、出すか」
そう言ってお父さんは
ボディの色は
「このベースはフェンダーのジャズベースって言うんだ。楽器屋で買うとけっこういいお値段がするんだけど、
お父さんはそんなことを言いながらそのベースに太い
ベースアンプの電源スイッチを入れて、ベース側のボリュームを上げてからお父さんはベースアンプの音量を上げて行く。
お父さんがベースの太い
ドゥーン!
太くて低い音が
音が床を
お父さんは
ボーンポワボッボボボキャッキャッボッキャワドボッボボキャッキャボキャワン
何かそんな感じに聞こえるけど、曲名は分らない。でもベースだけでも
「ああ、ごめんごめん。何かつい久しぶりだからまた楽しくなっちゃって。
これはスラップ
お父さんはそう言ってベースを
「
「そうか、何か雄太にそう言われると
あのカッコイイ曲が
「
「大丈夫、パパもバンド始める前はそんなもんだった。ピアニカとか左手の指はパパ使えなかったし、右手だって人差し指1本で
そんなパパでも出来たんだから、雄太だって出来る出来る」
「そうかなあ?」
「大丈夫大丈夫。それに、ここは雄太の
そうだなあ、ドラムよりはベースの方が
そう言ってお父さんは自分が下げていたベースを
「この
けっこう重い。
「それで、立って
おお、雄太カッコイイぞ」
「そう?」
「ちょっとベースのネック、その板にたくさん
「こう?」
「うわ、やられた~」
そう言ってお父さんは
「うん、雄太、実にカッコいいぞ! グリーンデイのマイク・ダーントみたいだな!
お父さんは立ち上がりながらそう言って一人うなずいている。
「で、お父さん、
「ああ、ごめんごめん。まずは右手はWild Thingの場合はピック
そう言ってお父さんはアンプの上からピックを取り上げて、
黒色の
「ピックはパパはこれを使っていたんだ。ピックもいろんな形や色んな厚さがあるから、雄太が本格的にベース
それで、持ち方は親指と人差し指で
ドォォォォーン!
「あ、この音」
「そう、Wild Thingの一番最初の音だ。次はそうだなあ……同じ
言われた通りに押さえて
「それで同じ
言われた通りに押さえて
「Wild Thingはあと押さえる所が2か所あるけど、今言った3つの音で
どこも押さえないで
A~A~、DD、E~E~、DD、これの
それで右手のピックの使い方だけど、この曲はテンポがそんなに速くないから、ずーっと振り下ろす時に
それと左手だけど、本当は親指をネックの
元々Wild Thingとかパンクロックの曲って、そんなにテクニック使って
さて、
お父さんに言われた通り
ドーンドン・ドッドー・ドーンドン・ドッドー
お父さんはドラムセットに座ると、
ドーンドン ・ドッ ドー・
ドーンドン ・ドッ ドー
「わあ、お父さん、
「そうだろ? 楽しくないか、雄太。こうやって他の楽器と合わせるのって」
「楽しい! 思った以上に楽しいよ!」
「だろう? ベースって楽器はね、地味だけど他の楽器を支えて引き立てる役割なんだ。他の人と合わせて
よし、じゃあギターとボーカルも音入れて、最初からやってみようか」
「そんなこと出来るの?」
「
おっと、その前に他の押さえるところも教えておくか」
そう言ってお父さんは、他の音も教えてくれた。
一番太い
それと、
「ベースって
そう言ってお父さんはまたドラムセットの
「じゃあ行くぞ、雄太。ギターのギュンの後だからな」
ブィーン ギュン!
ドーンドン ・ドッ ドー・
ドーンドン ・ドッ ドー
左手の指の動きに集中して正しく音を出す。それが他の楽器に合うのが
「雄太、ボーカルのWild Thing! に合わせて雄太もWild Thing! って
お父さんがそう声をかける。
試しにやってみることにした。
「わいしんッ!」
「Wild Thing!」
お父さんも
お父さんが言ったように、何だか
それから何度も何度も
お父さんが
何回同じ
もう何度目かわからないくらいのイントロ後の
その時の
それは、お父さんがキックペダルを
15
お父さんがバスドラムを
何だろう、これ。
でも、すごく気持ちがいい。
お父さんのドラムが
「雄太、
もう何百回もの
「ねえ、お父さん、今ねえ、
「どんな
「お父さんの
「そっかー、雄太はわずか一日でその
雄太、それってね、パパの
「うん、すごく
「お父さんも
「でも、お父さんはバンド止めちゃったんでしょ?」
「そうだな……雄太のママの
昔プロ目指してた頃に作ったオリジナル曲の入った
でも、
「お父さんもやっぱり心残りがあったの?」
「そりゃあ、あったさ。
バンドじゃなくて、
「お父さん、
「そうか、そうだろうな。
「
「そうか、雄太……パパも雄太とこうやって過ごせて
「お父さんはパパって呼ばせたかったの?」
「そうだよ。俺のことはパパ、
「
お母さん、
少しでもお母さんの負担にならないようにしないと、
「そうか……雄太はしっかり育ったな。やっぱり
雄太、
「うん、知ってるよ。お母さん
「あとな、雄太のお母さんの
なあ、雄太。
もしも、もしもだ。
お母さんが雄太に、新しいお父さんのことを相談したら、相談をしっかり聞いてあげてくれないか?」
「
「この先、そういうことがあるかも知れない。その時は
雄太は新しいお父さんが必要だと自分では思わないかも知れない。けど雄太のお母さんにとっては支えてくれる人が必要かも知れないんだよ。
雄太も思ってただろう? 何で
多分、雄太のお母さんは雄太のことをこの世で一番大事に思っているよ。
人は誰でも一人は
ただね、雄太のお母さんもまだ35歳で若いんだ。大人になれば大人同士の
もし、そう言う話をお母さんがした時には、
雄太がそれを
でも、お母さんはその話をするような状況になって雄太に
「何かすごくお父さんらしいことを言うんだね。
いいよ、もしお母さんがそう言うことを言ったら、話をきちんと聞くことにするよ。
「ありがとう、雄太。そう言ってくれると俺も
本当にしっかりした子に育ってくれて
じゃあ、そろそろ起きる時間だぞ雄太。
もうすぐお母さんが帰ってきて雄太を起こすはずだ。
お母さんにこの
そう言ってお父さんの姿は消えた。
まるで空気に
「雄太、起きなさい、もう11時過ぎてるわよ」
僕はくぐもったお母さんの声と共に、肩を
「あ、お帰りお母さん」
僕は目をこすりながらリビングのローソファーから起き上がる。
昨日の夜、夕食後にポータブルCDプレーヤーでCDを聞きながら眠ってしまったようだ。ヘッドホンも耳に付けっ放しだったので、お母さんの声がくぐもって聞こえていたのだ。
「雄太がCD聞いてるなんて
「昨日は宿題もお風呂
「何聞いてたの?」そう言ってお母さんはCDのジャケットを見る。
「ああ、メジャーリーグ。わいしん!って曲ね」
「そうだよ。聞いてみたら
「ええ、一回だけお父さんのバンドを見に行ったことがあるんだけど、その時に
何かお父さんの
初心者でもそれなりに
お母さんは仕事帰りに買ってきた物がたくさん入ったエコバッグを持ってリビングからリビングダイニングに移動する。
「お父さんはベース
「そう。ドラムもギターも時々音楽を
お父さん、そんな初心者バンドの中でも本当に楽しそうにベース
見ているこっちも楽しい気分になったわ」
お父さん、本当に楽器をいじってる時は楽しそうだった。
きっとお父さんのライブを見に行ったのはお母さんにとっても楽しい思い出なんだろうな。
お父さんって、自分が楽しく過ごすことで周りの人も楽しく感じさせてくれる、そんな人だったんだな。お母さんが
「ところでさ、お母さん。お父さんって
「ええ、そうよ。私はママって呼ばれるのが似合うんだからって言ってたわね。何言ってんだかってもんよ。私は雄太のお母さん。それでいいのよ」
「ねえ、お母さん」
「何?」
「もしもお母さんがね、死んだお父さん以外の人とお付き合い始めたとしても、お父さんは怒らないと思うよ。
さっきお母さんに起こされるまでお父さんの夢を見てたんだ。
その夢の中でお父さんが
もしお母さんが
お母さんは僕の言った言葉を、
「あの人って、雄太の夢の中でも心配性でおせっかいで……
そうね、もし本当にそう言う時が来たら雄太にちゃんと相談するわね」
そう言うとお母さんは、またゆっくりと手に持ったハムを
けど、お母さんの気持ちが少しでも軽くなってくれるといいなと思う。
「じゃあお母さん、昨日お風呂洗っておいたから入ってよ。
その途中に練習用ドラムや楽器類が置いてある。
リビングの
15
バスドラムから僕のベースの音がする。 桁くとん @ketakutonn
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