7:ドタバタ3組

 時間ってのは残酷だ。

 どんだけ落ち込んでても、どんだけ身分や世界、そもそも種族が異なっていても、平等に流れ、消費されて行く。



 だから、いつまでも悲嘆に暮れてるわけにはいかない。

 俺には、守るべき物も、変えるべき現実も、目指すべき場所もるから。

 毎日、ほんの数センチだろうと、歩みを進めないと。

 たとえ、その結果、最終的に昨日より後退しようとも。



「今回の希亡きぼうしゃは?」

「ん」



 元の姿(ってのもおかしいが)に戻っていた夏澄美かすみ)が、既《すでにリスト・アップを済ませていた用紙を俺に渡す。

 相変わらず、違和感いわかんは拭えないが。

 本体より長い時間を過ごしていると、むし夏澄美こっちの姿が、見てて落ち着くから不思議だ。



「『昔、片想いしていた人に会いたい』?

 ……おい、ちょっと待て。

 なんで、これで希亡きぼうしゃになれる?」



 別に、馬鹿バカにしてるわけではない。

 ただ、有り触れている分、静空しずく夏澄美かすみ心願しんがんと比べたら、軽度に思えてならないのだ。



 そもそも、それくらいなら、死神に命を捧げずとも実現出来るんじゃあ……?

 ただでさえ今は、ネットもスマホも有るんだし、探し当てる手段なんていくらでも見付かる気がするんだが……。



「さぁ?

 余程、入れ込んでたんじゃない?

 それこそ、会えないなら自殺するってくらいに」

「嘘け。

 お前、まーたなんか隠してんだろ。

 白状しろ。おぉ?」

「まぁまぁ、憩吾けいごくん。

 きっと、何か事情がるんだよ。

 それに、本人に聞いた方が早いし確実だし、こういうデリケートなことは直接、話してもらうのがセオリーでしょ?」

「そうは言うけど、静空しずく

 お前は、言ってなかったよな?」

「あ、あれ? そうだったっけ?

 おっかしーなー。

 静空しずく、ドジっちゃった♪ テヘッ♪」

「お前、可愛く言いさえすりゃなんでも許されると思ってんだろ左様なんだろ?」

「え……?

 ……違うの?」

「違わねぇよ大正解だよ、許すに決まってんだろ、なんだよテヘペロからの上目遣いとか、反則過ぎんだるぉぉぉぉぉっ!!」



 我が家のオアシスは、今日も純粋で可愛いです、はい。

 まぁ、俺達と長く一緒に居たいが為に、料理はともかく、甘城あまぎ家の掃除や洗濯を魔法で一秒もかからずに済ませているのは、本末転倒な気がしなくもないが……。

 なお、それについて触れたら、「時短ですっ♪」と満面の笑みを向けられた。

 いや、もう、そういう次元じゃなさぎね? 可愛いから許すけど。



「あ……そうだ、静空しずく

 ちょいちょいと、静空しずくを誘導する。



「?」

 静空しずくが手に届く距離まで来た所で、俺は彼女の唇に、そっと魔法をかけた。



 まぁーー要は、キス……なんだけど。



「……?」

 離れて数秒。

 事態を飲み込めず、目をパチクリさせる静空しずく



 「な……ななななな、なっ……!?」

 しかし、徐々に顔が赤く染まって行き、程なくしてボンッと、オーバーヒート。

 そのまま口元を隠しつつ、後ろに下がる。



 「け、けけけ、憩吾けいごくんっ!? な、にゃに、するんです、きゃ!?」



 いや、あざてぇなぁ、おい!

 もっと続きしてぇ!! 優しく、滅茶苦茶に壊してぇ!!



 というのが本音だが、これから死事しごとなのであきらめ、俺は後頭部を掻きつつ、明後日の方を見ながら答える。



「……仕返し? いつぞやの」

「えっ!?

 憩吾けいごくん、まさか、覚え……!?」

「いんや。思い出した。

 この前、お前と雨の中で話してた時に」

「〜っ!!」



 いやー。

 にしても記憶って本当ホント、曖昧な物ですよねー。

 うん。



「……とれ」

 思いあぐね黙っていると、不意に静空しずくが小声で呟き出した。

 そのまま彼女は、スカートの下に右手を運び、何やらモジモジし始めた。



 あ。

 これ、かなりヤバい地雷やつ



「さ、さって!

 そろそろ死事しごと、行こっかなー!!」

 などと大仰に振る舞いつつ、俺は焚き付けるだけ焚き付け、彼女に背中を向け、現世うつしよへのワープを開始した。



憩吾けいごくんの……!!

 ……憩吾けいごの、お馬鹿バカッ、朴念死神ぼくねんしにがみっ!!

 責任、取れぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇ!!」



 常夜とこよを去る直前、夏澄美かすみにホールドされた静空しずくが、何やらジタバタしつつ絶叫していた気がするが、気の所為せいだろう。

 そうに違いない。



 関係無いけど、女子の、相手を呼び捨てするまでのスパンって、目を見張る物が有るよね。

 うん。

 


 


 正式に死神として認められたあと

 夏澄美かすみと小さな祝勝会を行った俺が次に始めたのは、お笑いの勉強だった。



 希亡きぼうしゃをリラックスさせるには、それがもっとも効果的だと思ったから。

 だからまぁ、まれに無意識にネタを盛り込むくらいには、浸透させてたはず



 なんだけども……。



「初めまして。

 私は、しるべ 憩吾けいご。死神です。

 あなたを笑顔にするために、やって来、ぐえっ!?」

憩吾けいごぉぉぉぉぉ!!

 早く、責任取れぇっ!!

 続き、しろぉっ!!」

「おまっ……!? バーロー、静空しずくぅ!

 死事しごと中にまで絡んで来るんじゃねぇよ!!

 あと、のしかかるなぁ!

 それと、下からニュッて生えて来んのは狡ぃだろ! 素でビクッたわ!」

「人をその気にさせといて、何その言い草!

 男の人って本当ホント、そういう所、駄目ダメだよね!

 もう、結婚だってしてるのに!」

「それ、お前が当てられて済ませただけの、偽物じゃねぇか!あと、今、関係無くね!?

 揺らすな、降りろ、首掴むなぁ!

 てか、夏澄美かすみ! お前、静空しずくを抑えてくれてたんじゃねぇのかよ!?」

「はっ。まっさか。

 てか、リア充爆発しろ」

「お前等ェ……」



 まぁ……ご覧の通り、おかげでもう、その必要は無くなったんですけどね、



 ええ。すっかりコント集団になったもので。

 こんなの、誰がどう見てもハイパー大草原不可避だしなぁ。



 こんなんで全員、死神だってんだぜ?

 冗談にもほどが有る。

 いや、死神マジなんだけどね。



「……馬鹿バカなんですか?」

 ほれ、見たことか、俺まで巻き込まれた! お前等の所為せいで!

 フォーゼのクリスマス回じゃあるまいし!



「いや、どんだけバック・ログしても、ケーゴの所為せいだから。

 自業自得」

「ね!? ね!? ね!?

 どう考えても、そうだよね!?

 あれは憩吾けいごが戦犯だよね!?

 私、悪くないよね!?

 よし、えず一旦、帰ろう、憩吾けいご

 私、初めては彼氏の部屋って決めてたし!」

「生々しいの、めろぉっ!!」

「うわぁ……。

 静空しずく……君、どこまで行くもり?

 身内ながら、引くわぁ……」

「現在進行形で黒歴史更新し続けてるやつが、ほざくなぁ!」

「いや、本当ホント、一回、帰ってもらえません?

 全員。即刻。ただし、彼氏さんの家以外に。

 リア充、死ね」

「いや、あんたもかよっ!?

 あんたも、そっち側かよぉっ!?」

「わー、同士だー。

 シアターGロッソじゃないけど、握手ー」

「よし!

 じゃあ、私んにしよっ!

 この時間なら守晴すばるはまだ学校だし、パパとママには事後報告で済むし!

 ひょっとしたら、憩吾けいごのテク次第では、別の報告もしなきゃかもだけど!」

「だから、めるぉぉぉぉぉっ!!

 そういう、リアクションに困る上に強ちマジで何とかなるやつぅ!

 あとお前、やっぱり家族の扱い方、雑だよ!

 家族思いの優しい長女設定、どこ行ったぁ!?」

いじゃん、別に!

 ゲスト枠としての務めは、第1生だいいっしょうで、きちんと果たしたんだし!

 そもそも、私の名前とキャラと使い勝手の良さを気に入って、夏澄美かすみの路線変更も相俟あいまって!

 新たにヒロイン枠としてレギュラーに昇格させてくれたんだから、この先も確実に生存させてくれるよ!

 どんだけ掻き回しても、笑って許してくれるよ!

 当初は出演予定の無かった第2生だいにしょうでも急遽きゅうきょ、大活躍させてくれたし!」

「めためた、メタァァァァァッ!!」

「あ。警察ですか?

 お忙しい所、すみません。

 なんか、部屋に突然、死神を自称するドタバタ三人組が不法侵入して来て……。

 ……いえ、冷やかしでもまやかしでもなく、マジです、はい。

 いや、依頼したのは僕ですが、イメージと正反対で……。

 ……いや、通販とかでもないです。クーリング・オフ不可なやつです。

 どうすれば良いんですかね?」

「やれやれ……先が思いやられるなぁ、本当ホント

 一体全体、どこで選択肢、間違えたんだろ……」



 まぁ、うん。

 そんなこんなで、「笑え」「笑え」としきりに自分に言い聞かせていた俺だったが、その必要は無くなったらしい。

 良いのか悪いのかは、別として。



 何はともあれ……俺は、これからも死神として生きて行く。

 普段はともかく、いざって時には凄く頼もしい、仲間と共に。



 いつか平和、自由になった清く正しく明るい世界を。

 今の、そして新しい仲間とも、愉快に、心から笑いながら生きるために。

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dearly(ダイアリー) ー死ガキ日記ー 七熊レン @apwdpwamtg

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