6:ケジメと締め

 ザ・キング・オブ・ビター

 それが今、再結成した俺達の前に立ち塞がった、最初の試練。

 もとい、シーク特製お菓子の城である。



 見た目はもう、現世うつしよの言葉で言う所の「インスタ映え」っぽく。

 実際、静空しずくが目をキラッッッキラッさせて、空を飛びながらスマホで連写してたが。

 最後の仕上げでグロい、ドス黒いデザインになった途端とたんたちまち意気消沈した。



 その名前通り、味は十中八九、激不味げきまずな。

 本来ならびた一文の価値も無い、すこぶるビターなスイーツだろう。



 というのも……この巨大な城に、これまでの邪心珠じゃしんじゅすべてが吸収されてるのだから。

 



 そうじゃなくても、シークいわく、「ふんだんに砂糖を盛り込んだ」代物しろものなのだ。



 ひょっとしたら、苦味だけじゃなく、糖度もアレかもしれない。

 これ、普通の人間が食べたら、間違いなく糖尿病一直線だ。

 いや、そもそもこれを食べ切るとか、豪華ホテルに止まった嵐を呼ぶ園児がカード・キーを使ってもかなわないだろう。

 いや、もう、マジでスケール、存在感からして違う。

 たちまちファンシーとか華やぐとか、そういうんじゃなく。

 


 さらに言うと。

 シークの気遣いにより、その隣には、口直し用のスイーツリーなる物まで建造されている。



 いや、あの……なんなんだよっ!?

 この、天国へのカウントダウンが聴こえて来そうな状況はよぉ!

 裏切り者の処刑台にでもしようってのか!? 



「……憩吾けいご

 本当ホントに、やるの?

 別に、憩吾けいご邪心珠じゃしんじゅを生み出したわけでもないのに」

 

 シリアスのスイッチを入れたからか、灯羽ともはが真顔で問い掛ける。

 普段の怠惰も手伝い、台詞セリフだけ切り取ると、さぞかし、単なる保身に聞こえるだろうが。

 実際には、俺をおもんぱかってのことである。



 事実、その通りだ。

 俺はこの6年間、一度も邪心珠じゃしんじゅを産み出してことは無い。

 それどころか、その存在、あまつさえ名前すらさっき、初めて知ったばかりだ。

 はっきり言って、俺自体とは何ら関係ない。



 けど。



「無関係じゃねぇよ。

 誰が作ったかは知らねぇし、そもそも興味も湧かねぇけど。

 死神の手で邪心珠じゃしんじゅが産まれたのは揺るぎない事実だろ。

 だったら、死神である俺にも、責任の一端は有る。

 それに……あのままじゃ、浮かばれねぇだろ。

 いくら極悪人でも、流石さすがにあのままってのはなぁ……」

「ふーん……。

 一端いっぱしの口、叩けるようになって来たじゃん」

「そりゃ、プロデューサー兼シナリオ・ライターが鬼だからなぁ。

 いやでも鍛えられるわ。

 と……冗談はさておいてだ。

 心の準備はいか? 二人共」

「はいはい」

勿論もちろん



 互いにスプーンとフォークを構え、頷き合い、俺達は実食を開始する。

 が。



「「「〜っ!?」」」



 あまりの非道ひどさに、誰からともなく、シルバーをテーブルに落としてしまう。



 俺は床を転げ回り、灯羽ともははテーブルの上で泡を吹き。

 静空しずくに至っては、早くもグルグル涙目のままスイーツリーで口直しを開始していた。

 普段から甘い物を嗜んでいる、一日の長がる分、殊更、効いたのだろう。

 ……灯羽ともはも結構、行ける口だったはずだが。

 そこは、まぁ、女子力の勝利という所なのかもしれない。



 控え目に言って、最悪の殺人兵器だ。



 苦さだけじゃなく、酸っぱいし辛いし痛いし熱いし、なんか腐った味がする。

 おまけに、ゴリゴリとパサパサとヌメヌメが同時に口内を攻撃して来る。

 見た目とのギャップが、ヤバぎる。

 人間でもないのに、体内で悪玉菌みたいなのが決起集会してるような気分だ。

 それほどに、五感もメンタルも肉体、命すら拒絶している。



 そもそも、食感まで変えるほどの強力なエッセンスってなんだよ意味分かんねぇよ、それもうエッセンスって言わねぇよ。

 これで糖度マックスとか、嘘だろ、おい。

 完全に、飲み込まれてんじゃねぇか。



 何はともあれ、だ。

 俺はさておき、甘党の二人がここまでのリアクションとは。

 これ、ともすれば元命王めいおうを対するより、キツいかもしれん。

 肉体もそうだが、精神的にもしんどい。

 すでに俺の心が、このお菓子の城に対して拒否反応を示しており、警笛を鳴らしている。



 いや、もう、マジでなんなの? これ。

 ロシアンが可愛く見えるレベルで辛いんだけど。

 魔法でさえ直りが遅くなる苦味って、なんだよ。



「二人共ぉ……。

 無事かぁ……」

「か……かろうじて……」

「もう……もう、いやだぁ……。

 こんなの、スイーツじゃなーい……」



 すげぇ。

 灯羽ともはが、いつになくしゃべってる。

 普段は必要最低限にしか、もしくは趣味の話やヘイトくらいしか、長話しない灯羽ともはが。

 それだけ、悪い意味で衝撃的だったってことか。



 となれば……もう、残る手段は限られる。



灯羽ともは……。

 お前、洋菓子が好きだったよな……?

 お前は、クリームとかチョコとか、コーヒーとか、そこら辺を攻めろ……」

「……りょ〜……」

静空しずくは、フルーツや紅茶系が好きだったな……?

 そっちを頼む……」

「……憩吾けいごくん、は……?」

「和菓子だ……。

 お前等まえら、どっちも和菓子は苦手だったからな……。

 言い出したのは俺だ……。

 これくらい、やらせてくれ……」

「分かった……お願い……」



 そう……これは本当ほんとうに、とんでもないゲテモノだ。

 スイーツなんて呼びたくないほど)の、禍々まがまがしいモンスターだ。



 これ、ブッキ◯とマルガリー◯用に、ニセコ◯の小◯が作ったウエディングケーキなんじゃねぇの……。

 何それ、最高にミスマッチ……。

 こんなの、さしものトリ◯でも食べたがらねぇよ……。



 と、散々な食レポをしているが。

 現世うつしよ同様、まだ希望は有る。

 弱音を吐いてはいるが、実際に食べかけを吐いたりはしていない。

 つまり……限り限りギリギリ、食べられるラインなのだ。

 本当ほんとうに、寸前だが。



 正直、もう逃げたい。

 魔法で、一気にっ壊してやりたい。

 でも、それでも俺達は、食して倒さなきゃならない。

 乗り越えなきゃならない。

 じゃなきゃ、世界を救うなんて、夢のまた夢だから。



 何より……こんなゲテモノでも、命の証である以上。

 誠意をもって、真摯に向き合わなきゃならない。

 それも、死神としての仕事だ。



 落としたフォークとナイフを拾い、俺達は構える。

 そして。



食逐くちくしてやる……!!

 この世から……一ピース残らずぅっ!! 」

 などと気合を入れ、担当分野別に、灯羽ともはが三等分に切り分ける。

 


 ちなみに、何故なぜ夏澄美かすみになっていた。

 気持ちだけでも女子になりたがったのか。



 自分のテーブルにサーブされるやいなや。

 夏澄美かすみは蜂蜜やホイップやキャラメルやシロップを盛大に塗りたくる。

 次いで静空しずくも、さらにカラフルかつガーリーなキラキラ仕様に仕上げ、動物のデコレーションまで付け、食欲とテンションを増幅させる。


 

 気合十分だな。

 これ、普通の人間が食べたら、マジでヤバい奴じゃん。



「くっ……!」



 負けてられるか。

 俺も目の前の和菓子と向き合う。



 もっとも、俺は別に和菓子が好きな訳ではなく。

 これ以上、改善の仕様がないので、我武者羅に食べるしか出来できないが。

 せめて覚悟だけは、二人にも劣らないレベルまで持って行こう。



 互いに菓子てきと向き合うこと、数十秒。

 誰からともなく瞳を閉じ、やがてフォークとナイフ、覚悟を武器に、実食を開始する。



 その後、熾烈な戦いのすえ

 俺達は丸一日かけて、スイーツインタワーをなんとか攻略こうりゃく

 そして、そのまま丸一日、揃って気絶していた。



 生きてるって、命って、素晴らしい。

 そのありがたみを改めて実感していた、俺達の気持ちは、恐らく一つだ。

 ますます、邪心珠じゃしんじゅを作りたくなくなった、と。

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