5:ヒョーショー

 俺が瞬間移動した頃から、現世うつしよは大雨に見舞われていた。

 まるで俺の心その物を表しているようで、無性に腹が立った。

 と同時に、丁度良いと思った。俺の心を冷ますのに。



 誰も居ない道路で叫んでから、彼これ十分程ほどった今。

 立ち上がりはしたものの、なおも傘は差さずに、とぼとぼとしばらく歩いく。



 不意に、足が縺れ、そのまま再び倒れ、アスファルトに当たった。

 今度は起き上がる気力も沸かないまま、そのまま目を瞑った。



 このまま雨に打たれ続けていたら、俺は死ねないだろうか。

 もしくは車にかれたり、烏か野良猫の餌にでもならないだろうか。

 などと、我ながら末期な考えが頭を過った。



「……?」



 ふと、ぼんやりした思考と視界が、見慣れた空色の髪、そしてオレンジの双眸そうぼうとらえた。

 声を聴くまでもなく、ピントを合わせるまでもなく、理解した。



静空しずく……」

「……風邪。引いちゃいますよ?」



 膝を降り、傘の中に入れ、静空しずくが声をかける。

 俺は何も答えないまま起立し、彼女に視線も当てないまま、立ち去ろうとする。



「ま、待って! 憩吾けいごく「来るなっ!!」」



 振り返り駆け寄ろうとする静空しずくを、俺は激しく制した。

 雨なのか涙なのか分からない物に顔を濡らしながら、俺は静空しずくに語る。



「頼む……。

 ……もう、俺に関わらないでくれ。

 俺は、もう……お前とは一緒に、られない……。

 お前と一緒にるには、俺はもう、汚れ過ぎた。

 俺は、ただの……死神だ……」



 再び彼女に背中を向け。

 俺は方向の定まらない足を頼りに、目的地も無く歩き出す。



「お前も、灯羽ともはも、人間に戻れ……。

 これ以上、殺しつみを重ねるな……。

 俺は、生まれついての死神……人間になんて、なれっこないから……。

 俺の手伝いなんて、しないでいんだ……。

 俺は、もう……死ぬ、から……」

「〜っ!!

 駄目ダメェッ!!」



 傘を捨てて駆け出し、静空しずくが俺の背中に抱き付く。

 そのまま俺のシャツを、破りそうなまでに強く握り締め、背中に顔を埋め擦り付け。

 静空しずくは俺に言い聞かせる。

 必死に、引き止める。



「お願い、憩吾けいごくん……!!

 死んじゃ、駄目ダメっ……!! それだけは、絶対ぜったい駄目ダメっ……!!

 そんなの、認めない……!

 そんなことしたら私、憩吾けいごくんを一生、嫌いになる……!

 憩吾けいごくんのこと、一生、許さない……!

 ……灯羽ともはくんやシークさんなんて目じゃないくらい……!

 この世の誰よりも強く、深く、長く、未練がましく、あなたを恨む……!

 そんなの、私、絶対ぜったいいやっ!!」



 一旦、顔を離した静空しずく

 そのまま、俺の腕を引っ張り自分の両手を絡める。



「私……!

 憩吾けいごくんの決めたことなら、従う!

 憩吾けいごくんが『そうしてくれ』って言うなら、公序良俗も過程も無視して、なんだってする!

『私の全部を、憩吾けいごくんに、憩吾けいごくんだけに捧げるんだ』って!

 私はもう、そう、決めたから!

 でも……! でもぉっ!

 その言葉だけには、従えない!

 憩吾けいごくんが私の前から消えることだけは、絶対ぜったい、容認出来できない!

 だって、今の憩吾けいごくん、いつもの憩吾けいごくんじゃないから!

 今の言葉は、憩吾けいごくんの本心じゃないから!」

「……じゃあ……!!

 じゃあ、どうしろってんだよぉ!?」



 静空しずくの手を振り払い、唇を噛み締め、振り向き、胸に右手を当て。

 俺は静空しずくに激しく問う。

 俺の中で今、荒々しく渦巻いている感情を、そのままぶつける。



「お前は、俺にどうして欲しいんだよ!?

 俺が何をいつどこで誰とどうすれば、お前は満足なんだよ!?」

憩吾けいごくんが、心から笑顔でいてくれること

 その一点さえ確約してくれるなら、私はもう、何も言わない!

 他に何も要らないし、望まないよ!」

「お前は、俺に何を期待し、俺の何を信用してんだよ!

 俺は、死神だ!

 世界をいずれ綺麗にするためとはいえ、自殺予備軍を満足させるためとはいえ!

 かけがえのい命を非合法に刈り取る!

 その実、絶対ぜったい悪と何ら変わらない!

 必要悪気取りの偽善者な!

 自分自身の存在理由や心さえも曖昧な、得体の知れない、ただの化物なんだよぉ!

 そんなやつが、どうやって心から笑う!?

 お前はどうやって、そんなのを判別するってんだよ!?」

「私だって正確、完璧には分かんない!

 だって、仕様しょういじゃん!

 憩吾けいご)くん、嘘|吐《つきだもん、嘘いてばっかだもん!

 こんな時でさえ、本心を見せてくれないんだもん!」

「だから!

 なんでお前には、そんなのが分かんだよっ!?

 俺の言葉が嘘だって、本心じゃないんだって!

 単なる直感、勘でしかないだろ!?

 根拠にとぼしんだよっ、んなもん!」

「そうだよ、当てずっぽうだよ、何となくだよ、本当ホントは何の確証も自信も無い、いきあたりばったりでしかないよっ!

 でも、それでも断言出来できる!

 今の憩吾けいごくんは、今までで一番いちばん、私の知ってる、私の好きな憩吾けいごくんじゃない!

 普段の嘘きな憩吾けいごくんとも似ても似つかない、ジョークが何一つ面白くない、姿や声が一緒なだけの、偽者だよ!

 だから、こうして私は戦ってるの!

 喧嘩なんて未だに大嫌いだし、それを憩吾けいごくんとしてるのなんてもっと楽しくない、辛いし悲しいし!

 今日だけで色々起こり過ぎだし緊張し過ぎて頭真っ白だし心もグチャグチャで正直もう訳分かんなぎるけど、でもっ!

 それでも、私は喧嘩するの!

 偽者の憩吾けいごくんを倒して、本当ほんとう憩吾けいごくんを取り戻す為に!」

「だったら、教えてくれよ!

 俺は、どうすれば本物になれる!?

 どんな手段、チートを使えば、人間と死神のハーフみたいなやつが、本当ほんとうの自分を見つけ出せるってんだよぉっ!?」



 曝け出し過ぎた反動か、視界がグラつき、俺は崩れた。

 そのまま静空しずくの前でひざと両手をき、俺は告白する。



「ずっと……ずっと、誤魔化ごまかしてた……。

『俺は、正しいことをしてるんだ』、って……。

『俺は、誰かの命を、心を、笑顔を、人生を、救えてるんだ』、って……。

 そうやって正当化して、逃げてたんだ……」



 消沈した俺に当てられたのか。

 冷静さを取り戻した静空しずくは座り、俺の頬に手を当てた。



「……事実だよ。

 私は、憩吾けいごくんに救われた。

 憩吾けいごくんがたから、家族が元に戻ったし。

 守晴すばるにも、他の弟や妹にも、出会えた」

「でも、俺はぁっ!

 そんな守晴すばるを……!

 お前の大事な妹をぉっ! ……殺したぁっ!!

 他にも、何100人も……!!

 お前等まえらだって、死なせかけたぁ!!」

憩吾けいごくんは、悪くない。

 直接的にも、間接的にも、関与してない。

 ただ、巻き込まれただけ。

 憩吾けいごくんは一生懸命、あの子達を救おうとしてくれた。

 あの子たちを助けようと、最後まで立ち向かってくれた」

「違う……。

 俺は、ただ、現実と向き合いたくなかっただけだ……。

 あの女が真犯人、諸悪の根源だって薄々、勘付いてるくせに……。

 遠回りした……足踏みした……。

 怖かったんだ、俺……。

 あの女と戦うのが……勝てる気まったくしないし、もし勝てたとしても殺したくないし……。

 何より……殺されるかもしれないのが、怖かった……。

 怖くて、怖くて、仕方かったんだ……」

「当たり前だよ。

 あの時まで、命王めいおうだって信じてたんだもん。

 私だって、本当ホントは逃げ出したかった。

 灯羽ともはくんだって、きっと」



 俗に言う体育座りの体勢を取り、静空しずくは話題を変える。



「……ねぇ?

 憩吾けいごくん、気付きづいてる?

 今の憩吾けいごくん、きっと。

 本当ほんとうの、憩吾けいごくんだよ?」



 ーーえ?



「……本当ほんとうの……俺?」



 ずっと求め続けていた、この場では思いもよらない一言。

 それを受け、俯いていた顔を、俺は無意識に上げてしまった。

 静空しずくは、「うん」と力強く首肯し、続ける。



「私……ううん。

 多分、ほとんどの人間だって。

 何が自分で、何が本物だとか。

 生きてる意味とか、生まれた理由とか。

 何をしたいとか、何が本心だとか。

 そういうの、本当ほんとうの所、よく分からないんだ。

 心は、生物なまもので、生き物だから。

 おまけに、見えないし、聞こえないし、つかめないし。

 ぼんやりと感じる、信じることしか出来できない。

 ……なんだか、不思議だね。

 人間も死神も案外、根本的には、あんまり変わらないのかもね。

 まぁ、憩吾けいごくんや私、灯羽ともはくんが特別なだけかもだけど」



 髪を掻き分け、静空しずくは俺の胸に手を当てた。



憩吾けいごくん。

 憩吾けいごくんの心は、ちゃーんと、ここに、いつも有るよ?

 今も、今までも、きちんと、憩吾けいごくんの中で、生き続けてる。

 でも、そろそろ気付きづかないと、拗ねちゃうかもよ?

『ご主人様(さま)なんて、もう知らな〜い!!』って」



 冗談めいた口調で演技したあと

 静空しずくは照れ笑いを浮かべた。



「あはは。……なんてね。

 結構、難しいね。

 それに、くすぐったい。

 私には、何だか向いてないみたい。

 これを普通に、計算せずに出来るんだもん。

 やっぱりすごいよ、憩吾けいごくんは」



 俺の胸から手を離し。

 両膝を抱えた静空しずくは、上目遣いをしつつ、少し気不味きまずそうに語る。



「……憩吾けいごくん。

 都合良いかもしれないけどね?

 私、実は、そんなに嫌いじゃないの。

 憩吾けいごくんの嘘きな所。

 むしろ、好き……かも。

 だって、憩吾けいごくんがジョークを飛ばすのは。

 基本的に場を和ませる、誰かを思ってのことだから。

 まぁ、まれに優しくない、しょーもない嘘いて責任転嫁して灯羽ともはくんにしっぺ返し食らってるのは、擁護出来ないし、正直、少し引くけど。

 憩吾けいごくん、まるで悪戯っ子だね。

 大恩人だから、敬ってたけどさ。

 なんだか、もう、敬語を使うのも間違ってる気がして来ちゃうよ」



 などと抜かしつつ、静空しずくは俺の髪を撫でた。

 そして、俺の両手を掬い上げ、包んだ。



憩吾けいごくん。

 確かに、私達の行いは、広義的には邪道かもしれない。

 だって私達は、もう人間じゃない。

 違反さえしなければ死なないし、睡眠も食事も必要無いし、法律の適用外だし、魔法で基本的になんでも出来ちゃうし。

 それに何より……世界を平和に、誰かを笑顔にするために、人殺しだっていとわない。

 とがめられても、言い逃れ出来できない。

 糾弾されても、仕方ないのかもしれない。

 ……でもね?」



 身を乗り出し、静空しずくは主張する。

 私がるよ、って。

 そばるよ、って。



「そんな時はかならず、迷わず、ぐに私が助けに行く。

『私は彼に、救われました』って。

『彼は、い死神さんです』って。

 あなたが自分の心を見出みいだせないなら。

 私が、あなたの優しさの、命の、正しさの証明になる。

 憩吾けいごくんを守るためなら、全世界生中継でだって、力説、明言してみせる。

憩吾けいごくんは、誰よりも優しくて格好かっこ良い、私の大好きな死神さんです』って。

 あなたの手がどれだけ汚れようが、血塗れになろうが。

 その度に私が愛情込めて、綺麗に拭き取ってみせるから」

「しず……く……」



 俺に向けて微笑むと、静空しずくは俺の優しく抱きしめ。

 背中に手を当て、結んだ。



憩吾けいごくん。

 憩吾けいごくんは、一人じゃない。

 私に、灯羽ともはくん、シークさん。

 みんな、みーんな。

 憩吾けいごくんのことが大好きで仕方ない、憩吾けいごくんの味方だよ。

 私は、灯羽ともはくんやシークさんほど、大人じゃないから、反面教師にはなれないけど。

 その代わり、憩吾けいごくんが辛かったり、泣いてる時は、一番いちばんに駆け付けるから。

 憩吾けいごくんの心が行方不明な時は、一緒に必死に探すし。

 憩吾けいごくんの心がパズルみたいにバラバラになったら、あきらめずに復元させるし。

 憩吾けいごくんの心がボロボロになったら、頑張って直すし。

 憩吾けいごくんの心が悲鳴を上げてたら、軋む音に負けないよう、精一杯、大声で応援するし。

 憩吾けいごくんの心が泣き叫んでる時には、全身全霊でなだめるから。

 盗み聞きしてたから、知ってるでしょ?

 私は、そういう願いを託されて、生まれた存在だもの。

 それくらい、簡単なんだから」



 俺を抱擁から解放すると。

 静空しずくは俺の鼻をチョンと突き、少し大人びた笑みを見せた。



「高卒止まりだからって、舐めないでよ?

 もう一生、離れないし、放さない。

 憩吾けいごくんがどれだけ逃げても、隠れても、拒んでも、ずーっと付き纏うんだから。

 灯羽ともはくんの言葉を借りるなら、あれだね。

『地獄の底まで、悪魔と相乗りする』って感じ。

 まぁ、正確には死神だけど。

 だから……。

 もう、『俺はもう死ぬから』とか、『俺に関わらないでくれ』とか、『来るな』とか。

 そういうこと、言っちゃ駄目ダメだよ?

 憩吾けいごくんに何言われた所で、私は頑として一歩も譲らないんだから。

 むしろ、逆効果。

 逆撫でするだけなんだから。

 あんまり詰まんない事言うジョーカーさんは、しばらくご飯抜きだからね?」

「……静空しずく……」

「はい。

 それで、憩吾くんは?

 私に、お返事、してくれないの?」

「……ああ」

「んー?

 聞こえないなぁ」

「はいはい、分かった、分っかりましたぁ!!」



 そう。

 いやんなるほど、痛感したよ。



 俺は、もう……一人じゃない。

 生きてて、今のままで、いんだって。



「おい。

 そこの、公然猥褻罪もどき」



 俺と静空しずくだけの空間に、もう一人、いつもの毒舌を連れて現れた。



 静空しずくは思わず立ち上がり、灯羽ともはに反論する。



「べ、別にっ!

 そこまで行ってないもんっ!」

「いや……外で、服濡らして抱き合ってたら、それ一択でしょ? 普通。

 何? 寧々さんごっこでも楽しんでたの?

 炎上したすえに爆発しろ」

「途中までは傘も差してたもんっ!」

「あー……じゃあ、マスタークごっこしたくなったのか。

 それより、んっ」

 


 俺達の服を魔法で交換した灯羽ともは)は、クイックイッと顎を上げ、何かを指す。

 釣られて見上げた先に広がった景色に、俺と静空しずくは一瞬で魅了された。

 俺に至っては、惹き付けられた所為せいで、気付けば立ち上がってしまった。



 空だ。

 先程までの曇天模様もようが嘘みたいに消えて失くなり。

 どこまでも澄んだ青空が、雄大に、自由に、広がっていた。



「すっ……げぇ……」

綺麗きれー……」

 俺達がコメントしていると、灯羽ともはが後ろで軽く笑いつつ、こっちに近寄る。



まったく……底抜けに呑気のんきな連中だよ、本当ホント

 ところで、ケーゴ。

 あんたに客人だよ」

「え?」



「あ〜っ!!

 おにいちゃん、いたぁぁぁぁぁ!!」

 俺がヒントを求めていると、それより早く答えがやって来た。



 その相手……未来みくは。

 俺との記憶を無くしたはずなのに、俺を発見するやいなや、勢い良く抱き付いて来た。

 それはもう、俺を倒すほどに。

「ヒュー。

 その年で押し倒すとか、やるー」

「ちょっ……!?

 とっ、灯羽ともはくんっ!

 風情ふぜい風情ふぜい!」

「何さ?

 それより、キャッチの練習させときなよ。

 将来のために」

「あ。それは賛成。

 いざって時に困るかも」

「お前等まえらなぁ……!!」



 ちったぁ、こっちの心配もしろよ!

 思いっ切り頭、打ったのが見えなかったのかよ!

 いや、もう痛みは引いたけど!



「いた〜!!」

「みつけた〜!!」

「おにいちゃ〜ん!!」

「こっち、こっち〜!!」

「こらぁ、そこのチカン!

 ミクから、はなれなさいよぉ!!」

「ぐぇっ!?」



 いつぞやの光景を彷彿させる流れにより、俺は揉みくちゃにされる。



「女児と外で、真っ昼間に7Pとか……」

「えっ!?

 憩吾けいごくん、そっち!?

 通りで、私に一向に靡かないわけだ!

「あーでも、年相応ではあるのか」

「そうだった!!

 憩吾けいごくん、6歳だった!!」



 おい、そこ!

 寝惚けたこと、言ってんな!

 特に、静空しずく

『俺が困ってたらさきに駆け付ける』とか、キリッと言ってたろうが、お前!



「お、お前等まえら……。

 なんで……」



 どうにか引き剥がした俺は、もっともな質問をする。

 が、それより先にかつがれ、何も聞かされないまま、強制的に誘拐される。



「うぎゃぁぁぁぁぁ!?」

「け、憩吾けいごくぅぅぅん!!」

「アドリブ力いなぁ。

 そこは、『あーれー』とか言わないと」

巫山戯ふざけてる場合ですか!?

 憩吾けいごくぅぅぅん!!

 カァァァムバァァァァァックッ!!」

「いや、静空しずくも充分、巫山戯ふざけてるじゃん」

「え、えと……私も、嘘が上手じょうずになりたいな、なんて……。

 テヘッ♪」

「お前等まえらぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!

 助けるぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉ!!」



 なんとも頼もしい仲間だなぁ、本当ホント!!





「……何?

 これ」



 俺、そして二人が招かれたのは、小学校の体育館だった。

 これだけなら、別に、取り立てるほど辺鄙へんぴではない。

 ただし、そこは現在、何百人もの女子児童で溢れ返っており、中々に異様な状況となっていた。



 いや、どゆこと

 これからジャイア◯がリサイタルでも始めんの?



「お、おい。

 い加減、説明しろ。

 そもそも、お前等まえら、記憶が……」



 そう。

 偽命王めいおうの被害者、関係者達は、記憶や時間を操り、性格も調整し、それぞれ元の家庭に戻ったはず

 俺のことなんて、すでに頭の片隅にも残ってないはずなのに。



 優しく着地させられたあと、俺が尋ねるも、未だに詳細は明かされない。

 そんな中、未来みくが脚立に乗り、教壇の前に立ち、右手に持った何かを広げた。



 ……用紙?


 

 困惑する中、俺は壇上に上がるように指示され、階段を上った。

 困惑していたこともあり、途中で派手につまずいたが。



「こほん」

 可愛く咳をして、未来みくはマイクに向けてしゃべる。



「ヒョーショージョー。

 やさしいおにいちゃん。

 あなたは、ゆめのなかで、なんども、わたしたちをいっしょーけんめー、まもり、たすけ、おうえんしてくれました。

 あなたはウソつきですが、そのこーどー、こころ、ことばはウソじゃありませんでした。

 よって、ここに、これをひょーしょーします」

「……え?」



 わけも分からないまま、表彰状?

 とやらが、俺に渡された。



 ポカンとしていると、いつの間にか近くにいた女子に膝を軽く蹴られたので、受け取った。

 はずなのに、「両手!」と叱られたので、改めて、今度は両手で、きちんと受け取る。

 すると、未来みくが脚立から降り、マイクが下げられたタイミングで、全員から一斉に拍手された。



「お前等……。

 なんで、俺のこと……?」

「うーん……わかんない。

 でも、なんとなくだけど、そんなキモチになったの。

『おにいちゃんに、ありがとうしなきゃー』って」

「何となく、て……」

「なんとなくでも、ちがうもん。

 そういうんじゃなくて。

 まちがいなく、ぜったい、おもったんだもん。

『お兄ちゃんを、探さなきゃーっ』て」

「それで、ミクはヒョーショージョーのじゅんび。

 のこったわたしたちは、かおもこえもとくちょうもあいまいなまま、探してたってわけ。

 わざわざ、あめの中、おやすみにね。

 なかにはきょう、はじめてあったコもいるのに。

 フシギときがかって、コンビネーションはきちんとはかれた。

 まっ、ようは、ジンカイセンジュツ」

「……」



 思考停止する俺。

 そんな中、シークの言葉が、脳内で再び聴こえた。



『人間も死神も、完璧に人格や記憶を操るのは困難だ。

 いや……最早、不可能と言っても過言ではないかもしれん』



 そう。

 不可能なんだ。

 ……いい意味、でも。



 未来は、人間は、世界は。

 まだ、捨てたもんじゃない。

 希望はまだ残ってるし、こうして根付けられる。



 まだ……終わってない。

 終わらせちゃ、いけないんだ。



「そしたら、このおにいちゃんが、いきなりあらわれて、『はれごいしな』って。

 で、『はれごいって、な〜に?』ってきいたら、『いいから、そらにいいな。はれて〜って』って。

 そういうから、やったの。

 そしたら、ホントにはれたの!

 おかげでおにいちゃん、すぐみつかった!」

「ちょ、待っ……!?」



 今度は灯羽ともはが、両手を引っ張られ、俺の前に出された。



「お前……やっぱ、優秀な裏方だな」

「……っ!!」

いてぇぇぇぇぇっ!?」



 な、なんで、また締め付け!?

 今のは俺、悪くないじゃん!

 嘘いても、擦り付けてもないじゃん!



「はぁ……仕様しょうい……」



 溜息ためいきいた灯羽ともはは、開き直り。

 そして。



「……断言する。

 あんた……これから限りく苦労するよ?

 確かに有利だろうけど。

 その分、不利でもある。

 あんた、思いっ切り他者に感情移入するタイプだろ?

 他人の気持ちになって思考し、苦悩するパターンだ。

 典型的な、損する側だ。

 死神ってだけで、うにいばらの道なのに」

「え?」



 それは、いつかの焼き直し。

 まだ出会って間も無い頃の、ある日のスキット。



 灯羽ともはは俺を意味深に睨み、演技めいた振る舞いで動きつつ、続ける。



「あんたは、ていいだけの猟奇犯かもしれない。

 また今回みたいな、化物を相手にするかもしれない。

 そうじゃなくても、犠牲を払わなきゃいけなくなるかもしれない。

 自分がどっちなのか、何者なのか、見失うかもしれない」



 いや……違う。

 あの時の、完全版。

 6年も経って関係が深まったからこそ、深くまで踏み込んだ、リテイク。



 灯羽ともはは止まり、振り返り、俺に問う。

 覚悟が、あるかを。



「それでも……。

 あんたは、この道を選ぶの?」



 俺は背後を振り返り、静空しずく未来みくみんなの笑顔を見た。

 そして、勇気付けられた。



「……分かってる。

 でも、構わない。

 俺が追い詰められた分、誰かが早く、多く、長く笑顔になれるのなら。

 俺が行動することで、重荷と過去を背負い、呪縛や未練を断ち切れるのなら。

 それで一年、一日、一時間、一秒でも先にり

 世界が平和に、安全に、優しく正しく平等になれるなら、安いもんだ」



 流れに乗りながら、俺は右手を突き出した。



「決めたよ。

 俺は改めて、死神になる。

 でも、生き方は変えない。

 今まで通り、誰かの心、命、笑顔、未来を守る。

 掬うし、救う。

 そのためなら、何度だって這い上がるし、立ち上がるし、駆け上がるし、燃え上がる。

 それが、俺……しるべ 憩吾けいごの存在理由であり、生まれた意味だ」



「……そ。

 本当ホント……飛び切り変なやつ

「お前のがな」



 あの時みたいに軽口を叩きつつ。

 けれどあの頃とは違う関係で、俺達は拳を突き合わせた。

 


「もぉ!

 二人ばっかり、ズルい!

 私も、やるぅ!」



 などと言いつつ、静空しずくも右手を出した。

 こうして、少し歪な三角形が出来上がる。

 これはこれで、俺達らしくて、有りかもしれない。



 思わず、目頭が熱くなった。

 しかし、涙を押さえ、俺は最高に笑った。

 未来で、誰かを心から笑わせるために。



「……静空しずく

「はい」

 静空しずくの方を見ると、静かで、それでいて眩しい笑顔が返って来た。



「……灯羽ともは

「あいよ」

 灯羽ともはの方を見ると、アンニュイで、けれどやる気に満ち溢れた笑みが戻って来た。



 俺が手を広げると、二人も即座にならった。

 そして俺達は、互いの手を重ね、心機一転、誓い合う。



「頼む。

 これからも、俺と一緒にてくれ。

 俺と一緒に、世界と戦ってくれ。

 この世界を、本当ほんとうの理想郷にするために。

 そして、いつか死神おれたちが必要無くなってからも、ずっと。

 俺のそばに、てくれ」

「喜んで。

 謹んで。

 そして……生涯を賭けて。

 私はもう、憩吾けいごくんの、憩吾けいごくんだけの物だから。

 憩吾けいごくんの好きなように、私を使ってよ。

 あなたに、ずっと好きでいてもらえるよう

 不束ふつつかながら、私も精進するから。

 今日みたいにグズってたら、お尻蹴っちゃうけど」

「面倒だけど、まっ……仕方ないから、手伝うよ。

 まだ、好みの現実ゲーム人生キャラ世界ステージが配布されてないし、世直しデバッグも済んでない。

 人類プレイヤーが等しく阻害フィルターを外せるまでは、付き合う。

 ただし、レベリングはおこたるなよ」



 互いに決意表明を済ませ、手を叩き合う。

 そして、スクラムを組んだ。



「で? こっから、どうするの?」

「それなんだが。

 早速、頼まれてくれねぇか?」

なんでも言って。

 今の憩吾けいごくんのためなら、断らないから」

「ま、別に問題無いでしょ?

 所詮しょせん、ケーゴの発想なんて、高が知れてるし」

「悪かったなぁ!!」



 憎まれ口を叩きつつも賛同してくれた二人に、俺は最初のミッションを説明した。

 そして、シークに準備を依頼し。

 感謝も込めて、待ち時間に未来みく達と遊んでから、実行に移るのだった。

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