4:命王として、死神として

「さて。

 此度こたびの件、本当ほんとうに申し訳かった。

 すべて、俺の監督不行届きが招いた結果だ。

 特に、静空しずく

 お前には本当ほんとうに、ひどことをした」

「い、いえ、そんなっ!

 シークさん、じゃなくて、命王めいおうさまが謝ることじゃ……!」



 そんなやり取りから始まった、シークによる種明かし。

 俺達は、それを聞いていた。

 王の御前にもかかわらず、シークの好意により用意された、椅子いすに座りつつ。

 


「改めて見るとまぁ、なんとも玉座にマッチした品格、器だよね。

 何故なぜ今まで一度も疑わなかったのか、不思議なほどに」



 めずらしく素直な一言と共に、灯羽ともははシークに尋ねる。



「で? 真相は、どういうこと

 あの女は、ようはダミーだったって事でしょ?」



 灯羽ともはの質問を受け、シークがやっと、下げ続けていた頭を上げた。



「そうだ。

 やつは、俺の生み出した替え玉だ。

 ……よもや、あそこまで下劣な存在に成り果てようとは。

 流石さすがの俺も計算外だったがな」

「あのぉ……。

 ず、どうして、そんな遠回りなことを?」

「簡単だ。

 俺は『上に立つ』のではなく、『みなと同じ立場、目線に立つ』ことで、皆を支えたかった。

 それに俺には、希亡きぼうしゃの家族や友人の、その後も観察する責任が有る。

 となれば、気楽に接せられ相談にも乗れる、あの立ち位置、そして場所が最適、必要だったのだ」

「それは、まぁ……。

 確かに、王様っていうよりかは、お話し易かったですけどぉ……。

 うー……」



 人差し指をツンツンさせ、目線を反らし、顔を赤く染め、モジモジする静空しずく

 やれやれといった顔で、ジトで横から灯羽ともはが毒付く。

 


「君、相当シークに入れ込んでたもんね。

 シルベニア・ファミリーで断トツで、『unibirthalyアニバーサリィ』に足繁く通い詰めてたもんね。

 友人や家族と一緒に。

 どんだけ赤裸々トークしてたのやら」

「だ、だって!!

 こんな風になるだなんて、思わないじゃないですかっ!!

 てか、なんですか!? その、ウサギさんみたいな名前!!」

「話を戻すぞ」



 いつものムードに脱線しつつあったので、シークが軌道修正、閑話休題させた。



「今回の件、お前達には本当ほんとうに迷惑をかけた。

 本音を言えば、死んで侘びたい所だが……。

 俺が消えると、お前達は勿論もちろん希亡きぼうしゃ達の心願しんがんまで消えてしまう。

 そうなれば、希亡きぼうしゃの家族や知り合いが、元の不自由な生活に逆戻りとなってしまう事例が多発する。

 それも、希亡きぼうしゃことを忘れたまま。

 希亡きぼうしゃの存在が無かったことにされたまま、な。

 これは俺にとっても不本意だ。

 喜ばしい事態ではない」

「いやいやいや!

 別に、そこまで求めてないですって!

 助けてくれただけで、もう、充分ですっ!」

「そうか?

 そう言ってくれると、助かる。

 ありがとう」



 クールな表情から一転、笑顔を見せるシーク。

 それを見て、不覚にもドキッとする静空しずく

 その横で、「相変わらずの、キラーっり」と言わんばかりに、灯羽ともはが口笛を吹いた。



「さて……本題に入ろう。

 今回の件をかえりみ、そしてかんがみ。

 これからは正式に俺が、命王めいおうに就任したい。

 そして、『unibirthalyアニバーサリィ』には、俺の分身を派遣しよう。

 異論が有るのなら、甘んじて受け入れたいのだが。

 どうだろうか?」

「まぁ、その方が妥当だよね。

 異議無し」

「わ、私もっ!」



 二人が答えたことで、自ずと一同の視線が俺に注がれる。

 俺は無言で、肯定の意を示した。



「では、これより俺が、新たに命王めいおうとなろう。

 改めて、みなよろしく頼む」

「あーい」

「こ、こちらこそっ!」

 二人に合わせ、俺もうなずく。



「さて……となれば。

 次に確認すべきは、お前達の今後についてだ」

「今後……ですか?」

「ああ。

 単刀直入に聞こう。

 お前達はまだ、死神を続けたいか?

 或いは、記憶の有無はさておき人間、しくは他の生物として、転生したいか?」

「「……」」



 先程から黙秘を決め込んでいる俺とは違う理由で、二人が押し黙った。



「それは……どういう意味ですか?」

「『死神を続けていたら、さっきみたいなケースに遅かれ早かれ直面する』。

 ……そういう事でしょ?」

「ああ。

 その通りだ、灯羽ともは



 椅子いすに座りつつ、シークは天井を眺めた。



「あの女が言っていただろう?

 実際に、ああいった凶行に走る人間はる。

 なんなら、もっと酷い連中……非人道的な行いに、片足どころか全身、入れている者もる。

 もしこれから、そんな連中が希亡きぼうしゃ、ないしは関係者、障害になった時。

 お前達は対応出来るか?」

「そ……それ、は……」



 答えに困り、静空しず)が胸に手を当て、思案する。

 やがて最適解を見付けたのか、明るい表情で語る。



「そうだ!

 だったらいっそ、シークさんの魔法で、今ぐ世界を、正しく優しい姿に変えたら……!」

 静空しずくの出した案を、シークは却下した。



「それでは、駄目だ。

 根本的な解決には至らない」

「そんな……どうしてですか!?」

「あの女が良い例だ。

 あれでも、定期的にメンテ、微調整を施していた。

 結果は、どうだ。

 命王めいおう、作った俺でさえ欺けるほどの悪知恵を、ひそかに身に着けていた」

「うっ……」



 理詰めされ、静空は落胆する。


 

「人間も死神も、完璧に人格や記憶を操るのは困難だ。

 いや……最早、不可能と言っても過言ではないかもしれん。

 いくら極悪人を、本来の、道徳的な人格に戻しても、いずれまた、連中は悪事を行う。

 どんなに記憶をいじっても、どれだけ本能を抑え込んでも、な。

 絶対悪というやつだ。

 更に言えば、そんな風に世界を変えれば、人間は大なり小なり、平和呆けしてしまう。

 かいせるか? 静空しずく

 かえって敵に好都合な状況に導いてしまうかもしれないんだ」

「逆に言えば、何世代にも渡って前から良心を呼び起こし、植え付け、育てれば、いずれ悪人を根絶やしに出来るかもしれない。

 人間達の熟生じゅくせいを始めたのは、その為でもある。

 ……でしょ?」



 先に灯羽ともはに続きを言われ、シークは少し面食らってから、笑った。



「話が早いな、灯羽ともは

 その通りだ。

 現実問題、今の人間社会には、不平不満があまりに多過ぎる。

 一部の人間が強欲ぎる所為せいで、他の人類が理不尽に煽られ、しいたげられている。

 たとえば、未来みくを始めとした子供達。

 あの子達を両親が手放したのは、あの女に精神操作を受けたからではない。

 金で、買収されたからだ。

 そんなふうに、真面まともに機能していない国が増加傾向にあるのは、揺るぎない事実だ」

「現に日本でも、ダーク・ファンタジーが流行してるし、必殺仕事◯も頻繁ひんぱんにリメイクしてる。

 これは、つまり、『それを通し、重ね、誰かをイメージで殺している層が一定数、確立されている』という、この世の縮図に他ならない」

「そう。

 だからこそ俺達が、みずからの命を捨てようとしている人間を掬い上げているのだ。

 遠い未来、いつか、きっと、実を結ぶように」

「それだけじゃない。

 希亡きぼうしゃ心願しんがんを叶えるための犠牲として。

 こっちが、人間達をあやめる必要も出て来るかもしれない」

「そんな……そんなこと、無「じゃあ、聞くけど」」

 静空しずくの言葉を断ち切り、彼女を睨み、灯羽ともはが問う。

「もし今回の犯人が、あの女ではなく、正真正銘の人間だったら?

 例の、大量食人鬼とかだったら?

 そしたら、もう、流石さすがに手に負えない。

 和解や理解なんて、ず不可能だ。

 さっきも話した通り、そういう手合いは、根本的な解決、完治には至らない。

 手段を選ばず、早急に殺すしか無い」

「〜っ!!」



 言い返そうとして、でも根拠に乏しくて、静空しずくは押し黙る。

 それでも断念は出来できなくて、俺に視線で助けを求める。

 が、俺が何も答えないので、仕方なく静空しずくは引き下がった。



 その頃合いを見て、シークはてのひらを広げ、地球儀に似た何かを生みし、俺達に見せた。



 心珠しんじゅだ。

 鈍く濁った輝きを放つ心珠しんじゅが無数に、棚に並べてある。

 そんな貯蔵庫の、映像だ。

 


「これまで俺達の生み出して来た、『邪心珠じゃしんじゅ』。

 悪人共の心、人生その物だ。

 これを作ったということ

 すなわち、悪人共をだまして生約せいやくを結び、署名したと同時に問答無用で葬ったことを意味する。

 言うまでもいが、これは最終手段。

 本当ほんとうにどうしようもない、最悪な場面でのみ行使が認められる奥の手、強硬手段だ。

 が……すでに、これ程の数が産まれている」 



 口元を抑え、静空しずくが絶句する。

 俺もまた、この残酷な現実をにわかには受け入れられず、思考が定まらない。

 それでも、シークは話を続ける。

「何も、ぐに決断する必要は無い。

 ゆっくり、考えてくれ。

 死神を続けるか、人間に生まれ変わるか。

 これから自分はどうすべきか。

 自分は、何をしたいのか、何になりたいのか。

 ただ、もし死神として生きる道を選んでも、これだけは忘れないで欲しい。

 死神になった以上は、遅かれ早かれ、心珠しんじゅではなく邪心珠じゃしんじゅも作り得ることを」

「……」



 頷きもしないまま、シーク、そして二人に背を向け、少し歩いてから。

 俺は、無言でワープした。

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