3:元・死(しに)ガキVSキガ神(がみ)

 印象ってのは、実に厄介だ。

 悪い方に染まっただけで、それまでは普通だった場所が突然、虫唾が走る場所に様変わりするのだから。

 ただ、あいつの根城ってだけなのに。



「ごきげんよう、皆さん。

 進捗はいかがですか?」

「お陰様で、今から最終段階だ。

 あとは、手前てめえを葬れば終わりだよ。

 ……命王ママ



 俺達の生みの親であり、すべての死神を束ねる長であり、今回の事件の黒幕……命王めいおう

 やつは、魔法で作った剣を俺に向けられて尚、肘杖を突き笑みを、余裕を絶やさなかった。



 真実を明かそう。

 墓場に送られて来た死体……そのどれもが、小学生にも満たない女児の、どこかしら体の部分を失った物だった。

 それの意味する所は、一つ。



 命王めいおうは、捕食しょくし……性食しょくしていた。

 それも、5歳か4歳ほどの、自分と同性の人間だけをターゲットに。



 レズビアン。

 ペドフィリア。

 アントロポファジー。

 ネクロフィリア。

 これが、命王めいおうの正体だったのだ。



 一つでも持ってたらアレな性癖を、ろうことか。

 こいつは、四つも有していやがった。



 運命の悪戯とか、神様の気紛れとか。

 そんな言葉ではもう、納得も説明も看過も容認も出来できない。

 正真正銘の腐れ外道……化物だ。



「ただ殺すだけじゃ、どうにも気が収まらねぇ。

 死後にまで顔合わせたくねぇからよぉ。

 申し開きがんなら、生きてるうちに聞いてやる。

 とっとと白状しやがれ」

「簡単ですよ?

 心珠しんじゅ……すなわち、心や命だけでは満足出来できなくなった。

 ただ、それだけのことです」



 姿勢を正した命王めいおうは、ぼんやりと天井を見上げ、続ける。



「だって、そうでしょう?

 心珠しんじゅだけで、あれほどまでに美味なのですよ?

 肉体にも興味をもって、しかるべきではないですか。

 悪魔の囁き、とでも名付けましょうか?

 それがある日、ふと聞こえて来たのですよ」

 


 こんなことを、まるで恋する乙女のように、うっとりとげる命王めいおう

 その、純粋で自然で静かな狂気に俺は、本来なら感じないはずの吐き気をもよおした。



無論むろん、私とて馬鹿バカではありません。

 これまでは陰で、そのためだけに人間を作り、それで楽しんでいました。

 しかし、またしても悪魔がささやいたのです。

『それは偽物だ。もっと深く、味わいたくないか?』と」

「だから、今度は……本当ほんとうの人間を、じかに食ったのか?」

 俺の横に立つ灯羽ともはが一歩、前に出て問い詰める。



「ええ。

 勿論もちろん、最初は私とて、気が咎めました。

 私の使命は、少しでも人間を満足させて旅立たせること

 己が醜い欲望を満たす為に、そんなことをするのは、流石さすがに抵抗がありました」

 再び玉座に頬杖を突き、命王めいおうは不敵に笑う。



「が……そんな時に、現世うつしよの、とあるニュースを耳にしたのです。

『一組の男女が、30もの人間を食していた』……とね」



 空気が、流れが変わった。

 命王めいおうが、やにわに震え出した。



「その時、私は初めて、『怒り』という感情を本当に覚えました。

 認識し、記憶しました。

 私の心は激しく叫び、私に訴えました。『なぜ私の足元にも及ばない、人間風情ふぜいが、私に出来できないことを平然とやってのけるのか』。

『なぜなんの魔法も使えない、なんのルールにも縛られていない、命にさえかせい私に、その自由が、甘美が与えられないのか』。

 とね。

 だから、やったまでです」



 イカれてる。

 そう、痛感した。



 最初の頃はともかく、今のこいつには、何を言っても無駄だ。

 こんな事を、いつもと変わらない様子ようすで、調子で、笑顔で、悪びれる色など一切、見せないまま、ほざけるのだから。

 まるで万引きでもするような感覚で、殺しを始めとしたみずからの罪を、自白しているのだから。



 いや……ひょっとしたら今の話は、単なる動機、方便なのかもしれない。

 こいつは本当の所、はなからそのもりだったのかもしれない。

 そんな風に俺を疑い深くさせるくらいには、今のこいつは、狂ってる。



なんで……なんで、守晴すばるを殺したの!?」

 


 静空しずくが俺の横に並び立ち、迫真に、赤裸々に、本音をぶち撒ける。

 それを、命王めいおうは鼻で笑った。



「何を熱くなっているのやら。

 どうせ、あなた達が生き返らせ、記憶も書き換えたのでしょう?

 あれは単なる悪い夢、現実ではなかったのだと。

 ぐ忘れられるよう、記憶と歴史を改変したのでしょう。

 だったら、もう過ぎたこと

 どうでもいじゃないですか、そんな瑣末さまつこと

 まぁ……そうじゃなくても、別に眼中に無いのですが。

 未来を見通し、私は知っていたのですよ。

 彼女達が、死神の力をもってしても大した心珠しんじゅを生み出さない、なんの実りも豊かさもい。

 それでいて月並みな幸せに永住し現状維持に徹し展望を試みない、死ぬまで惰性的にチープな人生しか歩まないことを。

 まぁ……唯一、守晴すばるちゃんは例外ですが。

 彼女は、憩吾けいごを追い詰めるための道具として、利用させて頂きました」  

「っ……!!」

静空しずく



 杖を使い、魔法を使おうとした静空しずくを、灯羽ともはが目で制する。

 静空しずくは、なおも鋭い眼光、殺意を命王めいおうに向けつつ、魔法を解除した。



「ありがとうございます、灯羽ともはくん。

 そうですよねぇ。まだ、事情聴取が終わっていませんもの」

「無駄口を叩くな。とっとと続けろ」



 命王めいおうを狙って、魔法で生み出した拳銃を構え、灯羽ともはげる。

 やれやれ……とかたすくめ、命王めいおうは従う。



「もう予測済みでしょうが。

 あの子達は全員、私の玩具です。

 人間というのは、どこまでも卑しく、愚かで強欲ですねぇ。

『買い取ったあとも、好きなだけ、報酬を与える』。

 そう誘っただけで、すべての人間が、その場で私に譲ってくれました。

 なんなら、予約も出来できたんですよ。

 先んじて契約を結び、最初から提供前提でこしらえさせ、食べ頃になったら、時間を越えて収穫するだけ。

 やってみれば、実に容易たやすかったですよ。

 私は晴れて、好きなだけ食べられる様になったのです。

 ただ……どうやら私は、食事中に他者の声などを耳にすると気が立つ、夢から覚めるタイプのようでしてねぇ。

 ようは、あなた達が目障り、耳障りだったのですよ。

 特に……高石たかいし 灯羽ともはぁっ!!

 あなたが一番いちばん、憎らしいぃっ!!」



 それまで優雅だった命王めいおうが、ここへ来て初めて、激情を露わにした。

 彼女は肘掛けを叩き、この部屋を揺らし、突風を巻き起こし、灯羽ともはに啖呵を、メンチを切った。



なんなんですか、あなたはぁ!?

 私が墓場に入れない様に防御壁をもうけ!

 憩吾けいごの辿る未来シナリオをリライトし!

 ハッキングにより墓場のデータを改竄!

 私しか入れない墓場を他者でも侵入が出来る仕様に変更!

 おまけに、独自のルートで、何重ものトラップで隠蔽した私の秘密にまで辿り着いた!

 大方おおかた、私の正体も、お見通しだったのでしょう!?

 彼に死事しごとを依頼した時には、すでに!」

馬鹿バカ言うなよ、最初からに決まってんだろ。

 出会った時から、妙に引っ掛かってたんだ。

 その、どこぞの憩吾けいごの生まれた時よりも酷かった、貼り付けたような、作画崩壊、駄コラとしか言い様の無い、薄気味悪い笑顔が。

 まぁ正直、あそこまで非道ひどい本性だとは、流石さすがに思わなかったけど。

 能登のと 裕子ゆうこみたいな声してるくせに、くだらねぇことしやがって。

 でも、感謝するよ。

 これで心置き無く、手前てめえを消せる。

 正直、御免だったんだ。死神になってまで、ルールで縛られるなんざ。

 っても、手前てめえほど馬鹿バカをするもりは無いし、そもそも興味も無いけど」

「あぁ、そうですか!

 私も、あなたのことがいけ好かなかったですよ!

 出会った時から欠かさず、今日までずっとねぇ!

 よくも私の計画を、ここまで派手に、面白おかしく、ぶち壊してくれましたねぇ!!」

「……計画?」



 俺がリピートすると、やつは膝を組み一旦、冷静になり、余裕綽々と返した。



「ええ。

 ぼちぼち本気で鬱陶しかったので、あなたを消そうと思ったのですよ。

 それも、二度と出来でき損ないにならぬよう、入念に、徹底的に心を砕いた上でねぇ。

 そのために、何度も何度も何度も何度もループさせ、その度に死体を増やし、百回くらい繰り返し、身も心もボロボロになり、精魂尽き果てさせ。

 極め付けに守晴すばる静空しずく、そして灯羽ともはの亡骸を送り付け。

 絶望し切った、『殺してくれ』とみずから私に泣き付いて来たタイミングで、殺そうとしたのですよ。

 その体を、私への恐怖、服従心で満たした上でねぇ」



 そろそろ限界、臨界に達しようとしたが、俺は質問を続ける。

 まだ、一番いちばん大事なことを、聞いていないから。

 


「……未来みくたちから言葉を奪ってたのは?」

さっきも言ったでしょう?

『私は、食事を邪魔されるのをもっとも嫌う』のです。

 喘ぎ声以外なんて興醒めでしかないので、不要でしょう?

 だから、封じた。それだけです」

「じゃあ、なんで魔法で縛らなかった?

 自分が人間じゃないのが露見するのを恐れた訳じゃないだろ」

「まさか。

 ただ、一興だっただけですよ。

 私の前でしきりに、頑としてしゃべらず、咄嗟の声や悲鳴、その一つ一つにビクビクする少女達を見るのが。

 魅力的な前戯、前菜として……ね」



「……っ!!

 手前てぇめぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇっ!!」



 すべての真相を目の当たりにした俺は、剣を構え、勢いよく飛びかかる。

 同じく灯羽ともはが拳銃、静空しずくが魔法で後方支援を開始する。



 そんな俺達に対して命王めいおうの動作は。

 片手を肩の高さまで挙げ、てのひらを広げただけ。



 本当ほんとうに、たったそれだけ。

 時間で例えれば一秒も要さないアクションで、命王めいおうは俺達の魔法を解除。

 地に伏せさせ、動きと言葉を封じた。



「やれやれ。

 よもや本気で、命王めいおうである私を相手取れると?

 愚かですねぇ。

 あなた達は全員、戦闘用には作られていないというのに……。

 まぁ、いでしょう。

 あなた達の仲良しごっこにも飽きていました。

 ここらで、終わりにして差し上げましょう」



 ようやく腰掛けるのを辞め、命王めいおうは立ち上がり。

 今度は右手を宙に向ける。



 そこから、ブラック・ホール染みた、真っ黒い巨大な球体が発生。

 それは、この部屋の装飾を見る見る飲み込んで行き、どんどん肥大化して行く。

 規模を、驚異を増大させて行く。

 そんな、嵐のど真ん中でも聴こえるように魔法を掛けた声で、命王めいおうは宣告する。


  

「ここまで来れたことは、称賛に値します。

 その頑張りに免じて、全力で潰しにかからせて頂きます。

 命王めいおうの名の下に、あなた達に最後の任務を命じます。

 精々せいぜい、未来永劫、果て無き虚無に抱かれ、終わりと当ての無い旅に身を窶してください。

 あなた方の施したシールドを解き、かならずや私はまた、食事を楽しみますので。

 それでは、さようなら。

 ーー永遠に」



 命王めいおうが、巨大な球体を俺達に向けて放った。



 逃げることも悲鳴を上げることかなわず。

 今際いまわの言葉や手を交わすことさえ出来できず。

 ただ目線を動かすことだけが許された状態で。

 俺達は誰となく、目を瞑った。



 そうして静かに、甘んじて、最後を。

 みずからの死を、受け入れた。



 灯羽ともは静空しずく

 こんなことに巻き込んで、ごめん。

 お前たちだって、俺にさえ出会えなければ、もっと普通に生き長らえる未来が、まだ残っていたかもしれないのに。

 本当ほんとうに、本当ほんとうに、ごめん。

 けど……最後まで俺なんかに付き合ってくれて、ありがとう。



 シーク。

 お前は多分、今回の件で命王めいおうを怪しむかもしれない。

 或いは、命王めいおうによって、今回の件、そして俺達に関する記憶を消されるかもしれない。

 けど、それでい。

 どうかお前は、静かに生きてくれ。

 俺達みたいに、勝てる見込みも皆無な状態で喧嘩を売ったりして、生き急がないでくれ。



 これまで俺が出会った人達。

 あんた達からも、俺との記憶が、俺の魔法が消えるかもしれない。

 その所為せいで沢山、苦労するだろう。

 際限い悲しみに、苦しみに暮れ、さいなまれるだろう。

 それでも、頼む。どうか、生きてくれ。

 生きて、生きて、生き延びて。

 最後は笑顔で、誰かに見守られながら、満足してってくれ。



 最後に……未来みく、そしてみんな

 ごめん。

 やっぱ兄ちゃん、結局の所、単なる嘘吐きでしかなかったようだ。

 俺が命王めいおうに歯向かったことで、もうお前達は二度と助からないだろう。

 ……すまない。本当ほんとうに、すまない。

 でも、頼む。せめて死ぬ間際まで、あきらめないでくれ。

 希望を、笑顔を、捨てないでくれ。

 ひょっとしたら俺の仲間が、お前達を助けてくれるかもしれないから。

 限界でも、絶望しても、死にたくなっても、どうか。

 ……どうか、最後まで足掻いてくれ。

 生きることに、生き続けることに、縋り付いてくれ。

 頼む。



 そんな風に、俺は祈りと懺悔を捧げた。



 そして、不思議に思った。

 これだけの時間を、猶予を、情けを、あの化物がくれるものだろうか……と。



「……え?」



 視線を上げ、声を出せた事に驚愕する暇も無いまま。

 その先に広がっていた光景に、俺は息を呑んだ。



 命王めいおうの作ったブラック・ホールが、消失したことにでもない。

 ましてや、命王めいおうのにやけ面が剥がされていたことにでもない。



「シー……ク?」



 この場にもう一人……俺の仲間が、駆け付けていたことにだ。



「『命王めいおうの名の下に……』。

 か」



 俺達を金縛りから解き、命王めいおうの術を打ち消した死神。

 シークは、いつも通りクールに語りつつ、命王めいおうを見据えた。



「そいつは不可能だ。

 なぜならば、貴様は……本物ではない」



 シークが命王めいおう目掛けて手を伸ばし、握り潰す。



「がっ……!?」



 刹那せつな……命王めいおうが頭を抑え、悶え苦しみ。

 椅子いすから転げ落ち、のたうち回った。



「まさか……!?

 まさか、お前は……!?

貴方様あなたさま』、は……!?」

「ふっ」



 命王めいおうの変貌振りに大した動揺も表さないまま、シークはフィンガー・スナップを決める。

 瞬間、命王めいおうの全身が、真っ白い炎に包まれた。



「ぎあぁぁぁぁぁ!!

 あぁ、あぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」

「口の聞き方がなってないな。

 どうやら、調教が足りんらしい」



 火達磨ひだるまになって壁や床に体をぶつけ、けれど決して燃え移らない。

 消火も鎮火も、かなわない。

 命王めいおうだけを標的に定めた白い炎は、どんどんやつの肉を削って行く。



「貴様は俺にとって最初、最大、最低の失敗作だ。

 今までのような、生温い懲罰で済むなどと、たがえるな。

 もう二度と、俺たちの前に現れぬよう、この場で完全に焼き尽くしてくれよう」



 シークの怒りに同調し、更に大きさ、密度が増す炎。



 やがて、シークの意思により炎が消えた頃……命王めいおうは、痩せこけていた。

 さながらミイラのような、痩せ細った不気味な姿で。

 黒焦げになった、枯れ木の小枝みたいな右手をシークの肩に置き。

 最後の一言を振り絞った。



「めぇ、おぉ……さまぁ……」



 シーク……改め、真の命王めいおう

 彼は、瞳を閉じて女の右腕を掴み。

 その肉体を、跡形も無く焼失させた。



「……もう遅い。

 何もかも……手遅れだ」



 命王めいおうかたる、何者かの、純然たる死。



 真実を知ってから存外、早くもたらされたそれをもっようやく。

 長きに渡るむごたらしい悲劇が、幕を下ろした。

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