2:死神になれ

「こ、こは……。

 ……どこだ……?」



 『unibirthalyアニバーサリィ』にいたはずの俺は、気付けば真っ黒い荒野を歩いていた。

 そこは丁度、ナイトメアー・ビフォア・クリスマスのような。

 殺風景な、荒廃した場所だった。



 当てなく移ろっていると、やがて俺の足が何かにぶつかった。

 視線を下げると、見覚えのある後ろ姿が横たわっていた。



「……っ!?

 未来みくっ!!」



 急いでしゃがみ、引っくり返す。

 その瞳は閉じられており、生気が、熱が一切、感じられなかった。



 未来みくはーー死んでいた。



うそ……。

 だろ……?」



 ……なんで?

 だって今、普通に話してたじゃん?

 途中まではともかく、最後は笑顔だったじゃん?

 なのに、なんで?



 俺が……そそのかした、から?



 まさか本当に……この件には、死神が関与してた……?

 本当ほんとうに、死神が、未来みくの友達の命を、刈り取ってた、てのか……?

 それで、俺が邪魔して来たから、頭に来て、見せしめに未来みくまで殺した……のか?



「……ぇ?」



 何故なぜか分からないが、何かに呼ばれた気がして。

 俺はふと、周囲を確認した。

 そして、言葉を失った。



 未来みくだけじゃない。

 彼女と同い年くらいの女の子が、他に五人、倒れてる。



 まさか……この子達が、未来みくの……!?



「そう。

 お兄ちゃんが殺した、未来みくのお友達」



 唐突に、足元から、先程まで聞いていた声が聴こえた。



 驚く暇さえ与えられないまま、視線を下げた先には。

 死んだとばかり思っていた、未来みくがいた。

 その顔は、俺への果てない恨みで歪められていた。

 会話の不慣れさ、幼さもく。



「嘘き……!!

 嘘き、嘘き嘘き嘘きっ……!!

 ……嘘きぃっ!!」



 未来みくの叫びに呼応してか。

 暗雲が立ち込めていた世界で、雷が轟音を上げて無数に降り注ぎ、嵐が巻き起こる。



 突然、荒れ始めた天気をバックに。

 どこからともなく用意したナイフを不気味に光らせ。

 未来みくは、俺を執拗に糾弾する。

 そのオーラに押され、俺はバック・ステップを踏むも、やがて何かに阻害された。



 俺の背後にあった物。

 それは、墓。



しるべ 憩吾けいご』の名前が彫られた……。

 俺の、墓。



「『パーティしてるだけ』って言った!

 『お喋りしてるだけだ』って!

 みんな……みんな、笑ってるって!!

 許さない……!!

 許さない、許さない、許さないっ!!

 みんなじゃない……!!

 お前が、死ねば良かったんだ!

 殺してやる……!!

 殺してやる、殺してやる……!!

 殺してやるぅぅぅぅぅっ!!」



「うわぁぁぁぁぁっ!!」



 腰を抜かした俺に向けて、未来みくがナイフを振り上げる。



 そして、また……。

 視界が、黒いインクで満たされた。





「ねぇ、ねぇ、どれにする?」

「うーん……パンケーキ♪」

「えー、またー?」

「いいじゃんー。

 おいしいじゃん、パンケーキー」



 いつの間にか『unibirthalyアニバーサリィ』で寝ていたらしい俺を、少女達の楽しそうな声が呼び覚ました。



 導かれ、視線を上げると、そこに居たのは未来みくを含め、6人の少女達。



「無事だったのかっ!?」



 身を乗り出し、夢中で6人を抱き締める。すると、その中の一人が、俺を切り離し、遠ざけた。

 マセてるらしい。



「ふしんしゃー!

 セクハラー!」

「ち、違っ……!?」

「ねー?

 『セクハラ』って、なーにー?」

「しらなーい」

「ダメよ、みんな、きをぬいちゃ!

 ママがいってたでしょ?

 おとこはみんな、わるいやつなんだって!」

「よーし!

 じゃあみんなで、こらしめちゃおー!」

「「「「「「おー!!」」」」」」

 


 などと話し、全員が俺の腹部に突撃を仕掛しかけ、ボコスカと可愛く、弱々しく攻撃して来る。




 そんな中、俺は見逃さなかった。

 今、『ママ』と言ったのは、未来みくじゃないことを。

 そして、それに対し、五人が肯定していたことを。



 つまり……この子達の言う『ママ』は、同一人物の可能性が浮上して来たのだ。

 


 俺は、6人から遊ばれつつも、スマホを確認した。

 案のじょう、電源が入らないまま。

 これでは、援護も救援も望めない。



「……」



 これは……『ママ』とやらからの、挑戦状なのか?

「6人を傷付けずに、それでいて嘘もかずに、助け出してみせろ。その上で、自分に辿り着いてみせろ」とか、そういう感じの……?

 だから、SFみたいな感じで、少し形は変わったが、ループしてるのか……?



「……ふっ」



 舐められたもんだなぁ。

 こっちがまだ6年位しか生きてなくて、仲間の助力が無いと熟生じゅくせい出来ないからって、もてあそんでやがるのか……?

 夏澄美かすみが可愛く見えるほどの、性根の腐りっ振りだなぁ……。



「うぉぉぉぉぉっ!!」

 床で倒れていた俺は雄叫びを上げ、6人を強制的に離す。

 そして、悪そうな大人をイメージして表情を作り、怪しく近付いた。



一番いちばん、悪戯したのは……どの子だぁっ!?」

「「わぁぁぁぁぁ♪」」

「「「きゃぁぁぁぁぁ♪」」」

「はーい」

「こっちこないでよ、ロリコン!」



 こうして俺と少女の追いかけっこが始まり。

 数分後、俺がシークに拳骨をもらう形で終息した。





なんで、だよ……」



 あれから、およそ30分後

 俺は再び、例の墓場めいた場所にた。 



 今度こそ、成功したはずだった。

 誰にもチャチな嘘はいてないし、やはり『ママ』が共通した人物であるという言質を取ったはずなんだ。

 そして、「じゃあ、何者なんだ?」って聞いたと同時に、ここに問答無用で飛ばされた。



 どうやら、今度は深く踏み込みぎたらしい。

 随分ずいぶん、神経質、気まぐれな敵だ。

 戦いにくいったらありゃしない。



「勘弁してくれよ……。

 また、未来みく達が死んでるの、見ろってのかよ……」



 こんな発言をしていたからか、俺の足元に再び、何かが当たる。

 不安になりながらも見下ろし……戦慄した。



 そこに居たのは、未来みくじゃない。

 ゆめかでも、のぞみでも、ひかりでも、あすかでも、みゆきでもない。



 今まで俺の見た事の無い……新たな少女の、死体だったのだ。



「……っ!!」



 いや……その子だけじゃない。

 10、20、30……ざっと見て、100人近く。

 それだけの人数の、まだ小学生にも満たない少女達が、亡くなっていた。



なんなんだよ……!!

 なんなんだよ、これぁ!?」



「被害者だよ。

 今回の件の」



 足音、そして声が聴こえた。

 それは、久し振りに聞いた、男の声。

 そう……約6年振りに耳にした、あいつの声。



「……灯羽ともは



 俺の前に現れた、夏澄美かすみ改め灯羽ともは

 彼は、哀れみを帯びた眼差しで周囲に転がった死体の数々を捉え、全員を蘇生させ元の世界に帰した後、俺を見た。



「ロックは外れたみたいだね。

 それじゃあ……本鬼ほんき殺気ほんきで、相手してやるよ」



 いつもの気怠そうな雰囲気を一切感じさせない真剣さで、灯羽ともはは俺を睨み。

 次の瞬間、ワープで至近距離に移動し、いきなり拳を振りかぶった。



「……っ!?

 お前……なん真似マネだ!?」



 殴られるすんでの所で、条件反射でかわし、空振りさせ、真意を問う。



「は?

 それはこっちの台詞セリフだ。この、アマチュア」



 続いて灯羽ともはは、俺を魔法で縛り付け、動けなくする。

 その状態で近付き、回し蹴りをお見舞いして来る。



「がっ!」



 流石さすがに避けられず、今度は真面まとももらってしまう。

 脇腹を押さえ立ち上がる俺に、灯羽ともはは冷たく言い放つ。



「お前……『ママ』とやらも救う気なんだろ?

 だから、いつまでも、いつまでも、こんなことを続けてるんだ」

馬鹿バカ言え……!

 俺は、未来みくたちもてあそぶそいつが許せない!

 殺したいくらいだ!」

「でも、本気ではない。

 だろ?」



 今度は俺をワープさせ、ぐに膝蹴りを仕掛けて来る灯羽ともは

 続いて魔法陣を展開し、プロミネンスに似た炎を放つ。



「そもそも、おかしいんだ。

 なんだかんだで敏い、いつものお前なら、もうそろそろ、気付きづいてるはずだ。

 自分のスマホが使えないのなら、シークのを借りればいだけだと。

 なのに、お前はそれをしなかった。

 それどころか、シークに、自分のスマホが使えなくなっていることも、シークのスマホでも似た現象が起きている事も、伝え合ってない。

 怖かったんだろ? ママに辿り着いたら、自分がどうにかなってしまいそうなことが」

「……黙れぇぇぇぇぇっ!!」



 向こうが本気である以上、誤魔化ごまかしは通じない。

 そう確信した俺は、本音を晒し、拳を構える。



「何が悪い!?

 俺は希亡きぼうしゃだけじゃない!

 希亡きぼうしゃの関係者も、救いたいんだ!

 それがたとえ、希亡きぼうしゃを未来で自殺にまで追い詰めるような、最低最悪の屑《クズでもなぁ!!」



 先程のお返しに、今度はこちらから炎を出し、灯羽ともはを狙う。

 しかし、灯羽ともはの体をすり抜け、やがて炎は消滅した。



「なっ……!?」



 俺が気を取られている隙に、俺の頭上から灯羽ともはの右手が迫り。

 灯羽ともはは、俺の体を地面に押し付けた。



い加減、気付きづけよ。

 いつまで、ヌルゲーで満足してるもりだ。

 今回は、イージー・モードじゃないんだ。

 今までの、なんだかんだでハッピー・エンドだった、おこちゃま向けみたいなチュートリアルとは、わけが違う。

 これまでとは、ステージが変わったんだ。

 次のステップに進む時が、もう来たんだよ」



 俺の体を蹴り上げ、吹っ飛ばし、灯羽ともはは言い当てる。



憩吾けいご

 お前は決して、馬鹿バカじゃない。

 本当ほんとうは、もう気付きづいてんだろ?

 今回の黒幕が誰なのか。

 今からお前が戦うべき相手が、どいつなのか。

 なのに、お前は逃げてる、逃げ続けてる。

 やつから与えられた幾つかの恩の所為せいで、お前に与えられた人情味の所為せいで、躊躇ってる。

 最後の一歩が、踏み出せずにいる」

「〜っ!!」



 図星、だった。

 灯羽ともはの読みは、正しい。

 分からないはずが無いのだ。

 俺の記憶の中では、俺を遥かに凌ぐ魔法を有した死神なんて、一体しか存在しないから。

 でも……それでも、俺は……!

 俺、はぁ……!!



「……」



 目を閉じ、涙を流し、それでも声を押し殺す俺。

 そんな俺の倒れた体、そして地面との間に、新たに死体が増える。

 それも、今日よりも前から……5年間も見続けていた、大切な少女の亡骸が。



「すば……る……?」



 そう。

 そこに居たのは、甘城あまぎ 守晴すばる

 静空しずくが、みずからの命を代償にしてまで手に入れた、大切な妹。

 その子が、今……俺の前で、絶命している。



「……っ!?」



 ……違う。

 守晴すばるだけじゃ、ない。

 目を凝らし一望してみれば、少女達の無惨な姿が、先程よりも増えている。

 見る見る、どこからか転送させられて来ている。

 そのさまに衝撃を受けたのは、俺のみならず……。



「あの女……!!

 ……どこまで、命を冒涜する!!

 いや……嘲笑は、こっちに向けてか!!

 あからさまに、喧嘩けんか売ってるのか!!」



 激昂しつつ、灯羽ともはは俺の首を掴み引っ張って無理矢理、立ち上がらせる。

 そして、真摯な眼差しで、真っ直ぐに、涙ながらに語る。



「今だけでい……!

 本物の死神になれ……憩吾けいご!!

 死ガキでなんて、いられない!!

 もう、一刻の猶予も無い!!

 これ以上の暴走を許すな!!

 あいつを殺すことでしか、事態は解決しないんだ!!

 悠長に手段を選んでる場合じゃない……!!

 こうして迷ってるうちに、被害者はどんどん、増えて行く!

 その内、魔法の蘇生さえ妨害される可能性も有る!

 今までみたいに、話し合いや時間移動だけでどうにかなるレベルじゃないんだ!!

 同情の余地なんて、うに無い!

 あいつは、それすらも、みずから望んで、率先して放棄してんだよぉっ!!」

「〜っ!!」



 灯羽ともはに体を持ち上げられ。

 決して自分の足では立ってない状態で、俺は考える。



 それしか無いのか。

 あいつを倒すのではなく殺すことでしか、この悲劇の連鎖を、血の惨劇を止められないのか、と。



 ほんの数分だけとはいえ。

 頭の中で、みんなの笑顔が、みんなとの思い出が蘇る。

 あの時間が、彼女達の未来が、かけがえのない命が、こんな形で潰されるなんて……絶対ぜったいに、あってはならない。

 到底、許されない。

 たとえそれが、死神であったとしても。



 未来みく

 改めて、お前に誓うよ。

 お前を、お前の友達を、そして俺の大切を苦しめ、貶め、死に至らしめたやつを、俺は断じて許さない。

 今度こそ、気休めなだけの適当な嘘でも、その場凌ぎの蘇生でもなく、ちゃんとした形で。

 お前を、お前達を救ってみせる。

 お前達をかならず、未来につなげてみせる。

 命を懸けて。



「……やってやる」



 地に足を付け、灯羽ともはの手を離し、下に向けていた目線と顔を戻し、俺は決意した。

 涙を流しながら、灯羽ともはに宣言した。



「あいつを……殺す。

 今、この時だけ……俺は、死神になる。

 手を貸してくれ……灯羽ともは



 俺が手を伸ばすと、灯羽ともはぐに掴んでくれた。

 初めから、予知していたように。



「でしたら、私もご一緒します」



 それまで俺と灯羽ともはしかなかった空間に、もう一人の仲間……静空しずくが現れる。

 彼女は、俺達がつないだ手の上に、自分の右手を重ね、確かに意思表示した。



静空しずく……。

 常夜とこよで待ってろって言ったろ?」

「そうはいきません。

 憩吾けいごくんと灯羽ともはくんが危険に晒されようとしてるのに、黙ってるだけなんていやです。

 それに……私も一枚、噛まされたので。

 非常に腹立たしいことに」



 未だに増え続ける犠牲者、中でも守晴すばるを見詰め。

 全員を蘇らせ、現世うつしよに戻し。

 そして、揺るぎない覚悟を胸に、静空しずくは振り返った。



 こういう時、女はずるい。

 おれより余程、強い。



「……分かった。

 灯羽ともは静空しずく

 ……頼む。力を、貸してくれ」

「ああ。

 6年前から、そのもりさ」

「右に同じです。

 私も憩吾けいごくん、そして守晴すばる、あの子達を助けたいので」



 灯羽ともははクールに、静空しずくは晴れやかに微笑み返した。

 実に頼もしい。



「で? 実際の所、勝算はあるのか?」

「……ワンチャン、Vファイブれるかもね。

 こっちも、そこそこ経験は積んでるし。

 間違っても、シックスことは無いでしょ。

 あんなの、序盤も序盤だし」

「……灯羽ともはくん。

 ごめんだけど、何言ってるんだか全然、分かんない」

「……」



 灯羽ともはの、ゲーム脳め。

 おかげで、シリアスなムードが台無しだ。

 俺達らしいっちゃあらしいが。

 少なくとも、今は相応ふさわしくない。



「お遊びはそこまでだ」



 俺が手を叩くと、二人はスイッチを切り替え、気を引き締めた。

 そして俺達は上空。

 正確には、これから戦うべきラスボスの待つ場所を、見詰める。



「行くぞ」

「あいよ」

「はい」



 被害者が来たと同時に復活し、常夜とこよに帰還するシールドを、灯羽ともはが施してから。

 俺達は墓場を出て、最終決戦の場へと、移動した。

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