第3生 ー導 憩吾ー

1:無情、非情、激情

 喫茶店『unibirthalyアニバーサリィ』。

 店長の時雨しぐれ 吾朗ごろうことシークは、スイーツや料理の試作品を人間に振る舞う為に、ここを営業している。



 といっても、住所不定でクローキングも施されている、神隠しを体現した店なので(夏澄美かすみ曰く『キラパテ◯並み』)。

 基本的には死神や希亡きぼうしゃ、その関係者(静空しずくの友達や家族など)しか足を踏み入れる事は無い、文字通り隠れた名店である。



 そんな秘密の場所で、たった今、俺は5歳くらいの少女と向かい合って座っている。



 断っておくが、静空しずくの妹の守晴すばるではないし、そのクラスメートとかでもない。

 というか、家族の家族とか、友達の友達とかに『unibirthalyアニバーサリィ』は、入店どころか知覚も不可能なので、ここに来れるはずい。



 となれば、彼女の正体は二択に限られる。

 希亡きぼうしゃ、もしくはその関係者だ。



 俺としては、こんな身空の子は出来できれば後者であって欲しかったのだが……。

 なんとも信じがたことに、彼女は前者。



 ようは、この少女、生我きが 未来みくこそが希亡きぼうしゃ

 この年齢ですでに生きることを、生まれた事を放棄しようとしている、自殺志願者なのである。



「あっと……なんか食うか?」



 俺が出したメニューを掴もうとして、未来みくめた。

 そして躊躇ためらいがちに目を泳がせたあと

 子供用スマホを操作し、無邪気に俺に画面を見せた。



『おしゃべり

 いいの?』



「……」



 ……なるほど。

 これは、聞きしに勝る異常事態だ。

 あの夏澄美かすみが、珍しく真顔で『気を付けろ』と、俺に注意を促すだけはある。



 白状しよう。

 俺は、この子と生約せいやくを結んでいない。

 無論むろん夏澄美かすみ静空しずくも。



 この案件は、命王めいおうさま直々に回されたのだ。

 俺は、すでに署名された生約せいやくしょ、そして未来みくを渡されただけ。

 他には、一切のタッチもしてない。

 さらに言うなら、この件を知ってから、まだほんの三十分程度しか経過していない。



 そして俺は、この子の事に関しては、名前しか教えられていない。

 なぜ希亡きぼうしたのかも、家族構成も、心願しんがんさえも不明なのだ。



 これは確かに、きなくさい。

 付け足せば、同じく妙な事に、ここに入って忽然と、俺のスマホが壊れた。

 これでは、夏澄美かすみ静空しずくと連絡が取れない。

 この場に居る死神は、俺とシークだけ。

 別にシークを侮ってる訳ではないが、中々どうして困難な状況である。



 どうも、いやな予感がする。

 生まれたばかりの俺にアレな試験を受けさせた、あの命王めいおうさまが絡んでるってのが、どうしても胸をざわめかせてならない。



 俺はテーブルで両手を組み俯き、その上に頭を乗せる。

 そして、暫し熟考(表現的には誤りだが、精神的、体感的には正しいので、敢えて熟考とする)した後、切り出す。



「……未来みく

 折り入って、頼みがある」

『なに?』

「これからは、遠慮しなくてい。

 普通に、しててくれ。

 スマホも、俺の許可も必要無い。

 普通に、言葉で、お喋りしてくれ。

 俺は君の敵じゃない。

 君が俺をどう思ってるのかは分からないし、いきなり会ったばかりだから、怖がっても変じゃない。

 それは仕方の無いことだ、怒ったりしない。

 ただ……どうか、間違えないで欲しい。

 俺は君のこと、まだ全然、知らないけど。

 少なくとも俺は、君が悪い子だとは思ってないし。

 これからもきっと、思わない。

 つまり、俺は……一緒にるだけで君が素直に笑っていられる。

 そんな、君の味方になりたいんだ」

「……?」



 おかしいことを言ってる相手を見る目を俺に向けたあと

 未来みくは再びスマホを打ち、俺に提示した。



『ありがとう

 やさしい

 おにいちゃん



 でも

 ごめん

 できない



 だって

 そしたら

 みく

 すぐ

 しんじゃうんでしょ?』



「ーーは?」



 怒りが、沸々と込み上げてきた。

 俺の願いを無視した未来みくに対してでも、上手く伝えられなかった俺に対してでも、こんな案件を強制的に引き継がせた命王めいおうさまに対してでもない。

 彼女をここまでかたくなに追い詰め、自分に好都合にコントロールする為に根も葉もない、それでいて信じるしか無い恐怖のデマを刷り込ませた存在。

 今回の件の、得体の知れない、諸悪の根源に対してだ。



「……どういう、ことかな?

 よかったら、説明してくれないかな?」



 一旦、頭を冷やすべくグラスを満たしていた水を飲み。

 顔が強張らないように注意しながら、俺は努めて優しく言った。

 コクッとうなずき、未来みくは三度、スマホに手紙をしたため、俺に届けた。



『ママ

 いってた



 ゆめかちゃんも

 のぞみちゃんも

 ひかりちゃんも

 あすかちゃんも

 みゆきちゃんも

 


 みくのともだち

 みんないなくなっちゃったのは 

 おしゃべりしたからだって

 おしゃべりがうるさくて

 かみさまがおこったから

 だからしんじゃったんだって


 

 だから、みくも

 おしゃべりしちゃだめだよって

 ママが』 



 ガシャンッ!!



「きゃっ!?」



 俺が使っていたグラスが、割れた。



 別に、落としたわけじゃない。

 そもそも壊すもりなんてなかった。

 気付いたら、壊れていた。

 それくらいの握力で、憎しみで、俺がにぎった所為せいだ。



 てのひらからなく血が溢れ、テーブルを赤く染めて行く。

 それでも、収まらない。

 どんだけ自分に言い聞かせても、どんだけ気持ちを整理しても、落ち着かない。

 激しい憤怒が、明確な殺意が、迸って沸騰して、止まらない。



憩吾けいご!!」

 キッチンに居たシークが慌てて駆け付ける。そして、俺に何度も訴える。

「魔法を使え」と、「なんで自然治癒を働かせないんだ」と。



 けれど、答えない。

 答えられない。

 未来みくが言う、『ママ』とやらの誰かに対しての負の感情に支配され、それ以外の気力が失せたから。



 俺の様子ようすが変わらなかったので、シークが仕方しかたく紙ナプキンで応急処置を始めた。



 その時。



「あ……。

 あっ……」



 俺の向かい側にいた未来みくが席を立ち、後退ずさる。

 その原因は、俺の渋面でも、腕力でも、血でも、いきなり現れたシークでもない。



「みく…。

 おしゃべり、しちゃっ……!?」


 

「「!?」」



 嘘……だろ……!?

 まさか、今みたいなのも……!?

 咄嗟の悲鳴でさえ、今まで、禁止されてた、のか……!?



 お前……その若さで、そこまで健気に、懸命に、今日まで自分を封じていた、てのか……!?

 なんの根拠も、関連性も、信憑性も、確率もない、あんな……!

 あんな適当な、取って付けたような嘘の……!

 お前を縛るためだけの言い付けの所為せいで……!?



「やぁっ……!

 …… やぁぁぁぁぁっ!!」



 やにわに未来みくは我に帰り、そして口を塞ぐ。

 慌てて片手で口を覆い、ボロボロと泣きながら、スマホを操作する。

 


『ごめんなさい

 ごめんなさい

 ごめんなさい

 


 みく

 まだ

 しねません

 


 みんなに

 おともだちに

 あえてません



 みんなとまたおしゃべりする

 みくのおねがい

 かなってません



 かみさま

 ごめんなさい



 もう

 おしゃべり

 しません



 みくを

 おばかなみくを

 ゆるして』



「……っ!!

 い加減に……しやがれぇぇぇぇぇっ!!」



 堪忍袋の尾が切れた俺は、たまらず未来みくのスマホを奪い取り、血みどろの手で握り潰した。



「違う……!!

 そうじゃないだろ、未来みくぅっ!!」



 かがみ、不安そうな未来みくと目線を合わせ、彼女の方を揺すりながら。

 俺は全身全霊で、俺のすべてをもって、賭けて、思いをぶつける。



「お前じゃない!!

 お前は何一つ、間違っちゃいねぇ!!

 お前は絶対ぜったい、お馬鹿バカなんかじゃねぇ!!

 そんな寝惚けたことお前に吹き込んだのは、どこのどいつだ、お前の『ママ』か!?

 『ママ』は今、どこにる!?

 今すぐ俺が、ぶっこ」



憩吾けいごぉっ!!」



 激情したあまり早まった言葉を口に出しかけた。

 そんな俺を、シークが壁に抑え付け、力尽ちからずくで止める。

憩吾けいご!!

 前々から思っていたが、お前は感情的ぎる!

 目先の、一瞬の衝動に踊らされぎだ!

 今日は、取り分け、そうだ!」

「……でもっ!!」



 反論しようとした俺を、シークは再び壁に押し付け、今度はクールに語る。



「……憩吾けいご

 お前は、なんために死神をやっている?

 希亡きぼうしゃと関係者の心を救い、笑顔を守り、幸せなまま人生を幕引きさせる為だろ?

 だったら、気付いてくれ。

 その子は今、どんな顔をしてる?

 どんな様子ようすで、お前を見てる?」

「……え?」



 シークに諭され、俺は未来みくを見る。

 彼女は、こっちを見て、無言で呼び掛けていた。

 『やめて』と。

 『ママをころさないで』と。

 


「俺は……。

 未来みくの、心を……」

「そうだ。

 憩吾けいご……お前は言った。

『俺は未来みくの味方だ。未来みくを笑顔にしたいんだ』と。

 だったら……完遂かんすいしてみせろ。

 彼女の心にも、お前の信念こころにも、俺の期待こころにも、応えてみせろ」

「シーク……」



 返事は要らない。態度で示せ。

 そう、シークの目が語りかけた。

 そして彼は、俺を離した。



 俺はうなずき、気持ちを新たに、未来みくと。

 彼女の心、彼女の直面した現実と向き合った。



未来みく……ごめん。

 間違ってたのは、兄ちゃんの方だ。

 もう、あんなこと、二度と言わない。

 それとな? 未来みく

 実は……未来みくのお友達を奪ってた神様は、お兄ちゃんなんだ」



 未来みくを助けたい一心で、口からでまかせを言う。

 こういう時、俺の中の人間味とやらに、敬意を表したくなる。



「……ホント?」

「ああ。本当ほんとうだとも。

 未来みく達が随分ずいぶん、楽しそうにお喋りするもんだから、混ざりたくなっちゃってさ。

 でも、お兄ちゃん、死神かみさまだから。

 急に未来みく達の世界に来ちゃったら、他の人達、びっくりしちゃうだろ?

 だから、お兄ちゃんの世界にお招きしてたんだ」

「……パーティ?」

「そう。

 パーティをしてるんだ。

 みんなでお菓子やジュースを一杯を好きなだけ楽しんで、ずーっとゲームしてるし、沢っ山お喋りしてる。

 みんな、笑ってる、笑い合ってる。

 未来みくのママにも伝えといたんだけど、どうやら勘違いしちゃったみたいだな。

 ごめんな? 許して、くれるか?」

「……うん。

 無事だって、分かったから」

「そっか。

 ありがとな、未来みく



 未来みくの頭を撫でると、未来みくは擽ったそうに微笑ほほえんだ。

 ようやく、彼女の心からの笑顔が見られて、俺もホッとした。



 ……その時だった。

 いきなり、ブラック・アウトしたのは。

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