玄関で暴れないでください・中編


勝って兜の緒をしめよ、ってこういう時のための教訓なんかな。


『なになになんなの? お兄さん誰!? なんでお外こんな焦げてるの~っ!?』

『う”ぅ~ん……あ”? お前ナニ?』


頭部への火かき棒アタックで屋根からログアウトした敵は、見事に玄関前にのびていた。

しかしそののびちゃった姿が、台風の日に玄関前に置配されたAmaz〇nの荷物ばりに発見者を愕然とさせることになろうとは……。

発見者=罪なきちよちゃんは玄関戸を開けるなり、コゲた男が倒れているのを見つけて目を丸くし、次いでお外の一部もコゲてくすぶっているのを目撃すると――大声をあげた。まあ当然よな。


かくして敵は覚醒&ピンチの再来、というわけ。

ここまでが前回のおさらいです――さあ、これからどないしよ?



「ちよちゃん逃げ――っ」


(っア――しもた名前……っ!?)


焦ってうっかり名前言うてもうたがな!

何という凡ミス――クエは名前で人を支配すると教えられていたのに。

一気に血の気がひく音がするようだった。


「っあ”~痛ぇなくそっ、――『ちよちゃん』ねえ? お前もここに住んでんの」


案の定、秒で復活した敵。話しかけられてしまうちよちゃん。万事休す。

彼女からは屋根上のこちらがわからない。同様にこちらからも、玄関口の詳しい様子がわからない。

――わかっているのは彼女が危ないということだけである。


「お兄さん誰? さっきけー」


ぼくの声がしたはず、と言おうとしたに違いない。

ここで彼女が敵前にぼくの名を呼んでしまったとして、それはしょうがないことだ。さっきのぼくの凡ミスは最悪という他ないが、彼女はやつが敵であることすら知らないのだから。

しかしだからと言って、躊躇などしないのがヒス子である。


烈火閃れっかせん


聞こえると同時、迸る光が目を焼いて走った。閃光。

厄日というものがあるとしたら、敵にとってまさに今日がその日だったのではないか。


ヒス子がやったことは目にも止まらぬ早業だった――片手でそばにいたぼくの襟首をふんづかまえ、屋根のヘリから飛び降りざま、もう片手で振りかぶった火かき棒でもって、敵に強襲をかけたのである。

真上から、再びの頭部への一撃。

灼熱をまとう火かき棒での、雷が閃くかのような打撃――敵はもろにくらい、なすすべもなく地に沈んだ。


「どあっ!――まっ、たケツぅ~」

うーん、ぼくの尻にとっても今日は厄日なんかな。

着地と同時にヒス子が襟首を離したため、支えを失ったぼくは玄関前に盛大に尻もちをつくはめになった。頭打たんかっただけ幸運かもしれんけど……。


(いったいもんはいったいっちゅうねんっ)


急に現れたかと思えば尻を押さえて呻くばかりのぼくに、ちよちゃんが驚いている。

「け――モガっ」

空いた手ですかさず彼女の口を塞ぎ、名前もれ阻止に成功したのはまたもヒス子であった。いやヒス子様と呼ばねばならないかもしれない。

(すみませんね庇っていただいてっ)

こういうとこ意外にコイツは行き届いているというか――ウン。まあ、頼りにはなるんよなあ。


(技名は中二っぽいけども……てかやっぱ愛称でもバレたらまずいってことか?)


ヒス子は鋭い目線をくれるとともに、しいっと警告をよこした。

「黙って――くれぐれも互いに名前を言わないように。二人は家の中に入って戸を閉めてください」

「わ、わかった」

急いで立ち上がろうとし、むちゃくちゃフラついてしまった。

身体を支えようと、うっかり踏みつけにされた方の手を地面についたのがいけなかった。のどの奥から情けない悲鳴が迸る。

「大丈夫!?」

「い、いけるいけるこんなん。はよ中行こか」

心配そうなちよちゃんを促し、玄関の内側へと急ぐ――どんくさくてごめんね!


「おいおいおいおいいいい? ちょ待てよなぁあああああっ」


地を揺るがさんばかりの絶叫。

倒れ伏していたはずの敵だ――まったく回復の早い!

(――キ〇タクかいっ! 寝とけボケ!)

反射的に振り返ると、すでにヒス子が両手に火かき棒を構えて敵に向き直っている。

「早く中へ!」

ヒス子が短く叫んだ。言われた通りするより先に、勝ち誇ったかのような大声が鼓膜を叩いた。


「『ちよちゃん』よお、そのニンゲンをこっちに寄こしなア!!」


(――しまった)


ちよちゃんを見る。と、ちよちゃんもぼくを見、互いの視線どうしがかちあった。

身を退いて避けようにも間に合わない――距離が近すぎる。

白く美しい腕がぼくの腕を掴んでひく、強く。

その見た目に似合わない力――ぼくは心の底から後悔を覚えた。


(ぼくが名前呼んでもうたから……っ)


――こうなるともう怪我をした手でなくて良かったなと、せめて自らを笑うことしかできない。


腕を強くひかれたことによる重心の移動。ぼくは逆らえずに、たたらをふんだ。

多分ちよちゃんはぼくなんかより余程力が強い。

かちあった彼女の視線は光を失い、茫洋としていた。


「ちよちゃん頼むて、しっかりしてくれ――っ」


無駄と知りつつ叫ぶ――と、


「ふ、あ?」


ぱちぱち、という表現がぴったりな閃きをみせる長いまつげ――瞳が瞬く。

次の瞬間にはちよちゃんの瞳に意識の光が戻ってきていた。


「あれ、今あたし――?」

「おぉいイ、何してんだ『ちよちゃん』よぉ!」


何だか知らんがやった――と思いきやそこで再び、怒髪天をつくような咆哮があがった。

同時に、金属どうしがぶつかり合うような音が響いてくる。

恐らく背後では人外な連中による壮絶などつきあいが行われているのだろう。敵にはまだこちらを気にする余裕があるのk――ヒス子様がんばってええええ!


(だぁっ、くそがっ!)

返す返すも、敵に名前を知られている状況が舌うちもんだ。ぼくのせいやねんけどね!

ちよちゃんの瞳がまた翳った――もうこうなったら。

ぼくは意を決し、細い身体めがけて全身タックルをキメた。


「っ――」

「ごめんやでちよちゃん」


前傾姿勢からのタックルは見事にきまり、彼女の胴にぼくの肩口がぶちあたった。

衝撃で吹っ飛びかけたところを、無事な方の腕ですばやく抱え込み――数歩先のくせに果てしなく遠い気がする玄関までまっしぐらに突っ込んだ。


(――いっそげええええ!)


だって――敵は瞬間移動できるんやから。


「どうなってる?」


すぐ間近に聞こえた声に冗談抜きで心臓が止まりかけた。

半開きのままだった玄関に身を滑り込ませるまで、あと半瞬というタイミングだったのに。

凍りついたぼくの目の前で無慈悲にも引き戸が閉められた。

ピシャンって。


(――最悪かよ)


ぼくらの退路は断たれた。

目前で閉ざされた引き戸にあやうく額をぶつけそうになり、危うく踏みとどまる。

間に合わなかったのは腕で、どうしても戸についてしまった――それがまたダメな方の腕やったとか!


(アイタアーッ!)


ぼくは無意味な肘鉄を戸にくらわしただけで、その衝撃と傷みに叫びそうだった。


(どうせやったらコイツに肘鉄食らわしたりたいっっ――!)


「動くなよ」


片手にちよちゃん、もう片手は戸に肘鉄という不自然きわまる体勢で凍り付く。凶器を突きつけられたわけでなし――なんでこんな怖いん?

それだけコイツことクエの声には、なんともいえない緊張感が漲っているのである。

おそらくは警告――無論こんな格好のつかないぼくではなく、背後にいるであろうヒス子への警告なのだろうが。


(アイツまさか負けたんか?)

振り返りたくてしょうがないが、警告通りにしなければ敵がどうでることか。

人外同士の戦いだ。そう簡単に決着がつかないはず――そうでなければクエの警告が意味をなさない。

しかし敵が瞬間移動テレポしてくるほどのスキはあったのだから、さしものヒス子でもひょっとして――という嫌な可能性が頭をよぎった。


「何がしたい凶会くえ

一切の感情を押し殺したような声が背後から響いた――ヒス子である。ひとまず口はきける状態らしい。


「どのみち貴様が我が屋敷に手出しするなど、寸毫すんごうすらも叶うまいが――このうえその二人に害をなすというのなら、わたしも容赦しない。おとなしく帰ったほうが身のためだぞ」

「へえどうするって? 大事な大事なお屋敷ごとこの新顔どもも燃やしちまうってのかよ――できもしねえことばっか言ってっと吠え面かくことになるぜ、子猫ちゃん」


(うおお、怖ええええ)

なんの因果でこんなよくわからん事態に、よりによって人質(?)ポジにおさまってるんやろぼく。うっかりGどもに囲まれてた昨日が恋しくなってきそう。

(殺気ってこういうのー? 修羅場ってこういうことー? ぼくらに影響しない余所でやれや~っ)

まともな思考を放棄したくなってきたが、一つ有意義な情報がもたらされた以上そうもいくまい。

意図的に会話に入れたのだろうか、とすればヒス子はやはりできる上司らしい。


(コイツは家の中には入られへん――ってか)

ならば一歩でも屋内に入ってしまえばこっちのもの、ということなのかも。

いやきっとそうだ――急に慇懃いんぎんさをかなぐり捨てた話し方に、『寸毫すら』という絶妙な匂わせニュアンスワード。絶対ぼくへのメッセージだろう。

なぜ以前やったように脳内電波テレパシーを飛ばしてこないのかは不明だが――。


わずかでも望みがあるならと、イチかバチか逝ってしまっている腕をそろそろと動かしてみる。

(どうにか足を入れる隙間でも作れたら――)


「だから動くなっつってんのよねオレは。お前耳ついてる?」

「つ、ついてましゅ……」


ガシャアンッ!

という派手な音がたったのは、敵が壁ド――いやドアドン(?)してきたからですよ。足でね! こっわ。

どうにか戸は無事だが、一瞬でバレた。心臓ヒュってなって手が痛んだだけで超無意味な悪あがきでした。

(コイツの目を盗んで家に入るとか――すまんヒス子オレには無理やわ)


「あっそほんと? なら聞くから答えろよ。なんでオレの術をお前が上書きできんの」

「へっ、あええ?」

「急にアホになるなよ耳削ぐぞ」


ピリっとした痛みが耳の裏に走り、つーっと何かが首筋を流れていった。

何かってアレやねうん。汗やったら良かったけどコレは血ですね!


「そそ、そこは何とかや、やめていただく方向で」


うかつなことを口走るとまた「命令する奴☆ぶっコロ」ムーヴをかまされるので非常な低姿勢にならざるを得ない――みっともなく声が震えるのはご愛嬌ってやつ。


「やめてほしけりゃ早く疑問に答えてくんねぇとさ。オレの爪が間違ってお前の耳とか首とかに喰いこんじまうかもしれねーだろ。あーあとこっちの『ちよちゃん』にもかなー? 見るからにやわっこそうだもんなア」

「――っうぅ、ん」


クエに名前を呼ばれたからか、意識を失っていたちよちゃんが反応をみせた。

可憐な唇がぼくを呼ぼうとして苦し気に動き――そうになる前に慌てて呼びかける。ぼくの名前までバレたら敵の思うツボだ。


「ちよちゃんごめんやけどまだ喋らんといてや――っ」

「――っ?……ん、」


朦朧として辛いだろうに、ちよちゃんは微かに頷き、ぼくに預けていた体重を自分自身で支えようと身じろいだ。

そこへまた敵の手が伸び――


「キャッ!?」

「ほらあ、ソレだよソレぇ。今またやったよなぁ?」


――ムカつくわー。


クエの一際低い声が、血を流すぼくの耳にこだました。







※7月から3日に1回更新にかわります。次の更新は7/3です。

※7/3に6/26~30までの短文をまとめ、加筆修正更新しました。タイトルも変更。


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