玄関で暴れないで下さい・前編
『ひょ、ひょっとしてお客様というわけでは、なくていらっしゃる……?』
『あったり~。ちょっと嫌がらせにおっ邪魔してまあーす♪』
(てっきりヒス子の上司っぽいんかなーと思っとったのに――全然ちゃうんかい!)
だってすっごい偉そうな俺様神様~的なオーラ放ってたから。
ヒス子の過剰反応からしてむしろ敵キャラだったってことね。
さてここで問題。
屋敷の玄関屋根にいる現状――さらにもっというと屋根瓦に仁王立ちした敵の肩口に米俵よろしく担がれているという状況で、できる事を選びなさい。
A:抵抗する
B:放して? と穏便にお願いする
C:途方にくれる
(真面目にCしかなくない? てか実質詰んでない???)
脳内で必死に考えを巡らせてみるのだが、ゴミ選択肢しか出てこない。自分のあほさ加減を呪いたくなってくる。
(だってAは無理やろ。あんなごっつい火柱、軽々いなしよったし)
加えて、一応は成人男性のぼくを担ぎつつ瞬時に屋根上へ退避する身体能力の持ち主ときている。ゴリラはSAS〇KEにでも出とけ。下手な抵抗は死を招く予感しかしない。
(Bもアカン。ちよちゃんが上目づかいでお願いしてみるんやったらまだしも)
となるとCか、第四の選択肢として「D:諦める」しかないわけで――ふへへ二つともほぼ一緒やん(白目)
黙ってパニック中のこっちにはお構いなしに、ヒス子と敵の応酬は続く。
「――目的は」
怒りを押し殺すような声はヒス子。絶対あおすじ立ててるやつやん、見えへんけど。
「子猫ちゃんはぼくちんのお話を聞いてなかったんでちゅか~? なーんて――あはっ、べつに単なる嫌がらせだって言ってんじゃんあほなの?」
(おいおい人の尻の近くで煽るなや~)
ヒス子に
次こそはこの屋敷と敵の顔面もろとも、ぼくのケツも丸焼きにされるだろう。
「相も変わらず暇なようで」
「そーなんだよ、もうっちょー暇でさっ。久々にお前の間抜け面でも見てやろうかと思って来てみたらなんか境界ガバガバじゃん? ひひっ――その理由がまさかコレとはねー」
「コレ」、という言葉とともにぺちぺち、という感触が尻を襲った。これにはさすがに抵抗してしまう。危険だろうがなんだろうが、ほとんど反射だ。
「ちょっ、ケツ――」
「お、イキがいいなー。そーいやお尻くんさ、名前なんてーの?」
今度は「イキがいい」の辺りで尻をぐにってされた、ぐにって! 全身鳥肌!
(どういう神経してたらケツ触られながら自己紹介できるねんボケ。屁ぇこいたろかっ)
何が悲しゅうて異世界で人生初の痴漢にあわにゃあならんのか。しかも相手は野郎で人をお尻呼ばわりしてくる奴である――コイツマジでなんなん?
そこに下から鋭い警告が飛んできた。
「――教えないで!
(――まじかやばっ)
支配て。むちゃやばそうやん。
警戒に身を硬くすると、舌打ちしたクエというらしい敵が、担いでいるぼくをゆすった。
(おえっ酔いそう……!)
「っせーな。黙っとけ――オイコラ聞いてますかァケツ野郎くーん。名前名前ー」
「ちょおおおっ揺らすな揺らすな! ぼく乗り物酔いしやすいタイプやねんて放し――どわっ」
あっ、
――っっっぶな!
喚いたら屋根の上に投げられていた。固い瓦の上をバウンドした身体は、辛うじて屋根から宙へと半身を投げ出した状態で止まった。
間一髪転げ落ちなかったのは奇跡だが、過去一に体勢が不安定。玉ヒュンしたが―――な”っ……!?
「い”っ――
「オレ命令とか死ぬほど嫌いなんだわ」
衝撃のあまりほとんど悲鳴が上げられなかった。
屋根から落ちないよう必死で屋根瓦を掴んでいた手が、思いっ切りの踏みつけにあって、立ててはいけない音をたてている。
「ちょ、ほ、ね――やめっ」
「ほーらそれだよそれぇ。学べよな人間ごときがよ――名前くらいささっとゲロっちまえばいーのになーに抵抗しちゃってんの? 無駄無駄に無駄な口とかいらなくね? お望みならケツだけ残してあとはキレイさっぱり消してやってもいーんだぜ」
(――こンの、クソがっっ)
痛みに噛みしめた歯が軋む。ここへ来てすごい悪役感を出してきた。これが
「っんなにケツ好きなんやったらもうケツさんでもお尻探偵でも好きに呼べや。このホ〇が!」
ピキっ。
本当に音をたてて怒りマークよろしくアオスジたてるやつがいるとは思わなかった。
(っあ”あ”あ”手、手、手ヤバイ骨イ”ッた”……)
ゴリゴリボキッ。
という、一生聞きたくない嫌な音ランキングTOP10入り間違いなしの音が、ぼくの、身体の、一部から!!
(イタ”イ”イタ”イ”イ”タ”イタ”あぁあ”――っ信じたくなイ”ぃっ)
痛みに意識が飛びそうだった。
涎は出るわ、息も絶え絶えになるわ、散々だ。
だがこれだけの痛みを代償に言ってやった精一杯の罵倒は、敵の冷静さを打ち砕くには充分だった。ついでに骨も粉砕されかかっているが。
さてぼくは、人様の性的嗜好や生き様に関して差別意識を(そもそもぼく自身なかなかノーマルとは言い難い趣味の持ち主であるからして)振りかざすつもりはない。断じてない。
ただこの場合、どうしても相手の注意をぼくに――ぼくだけに向けさせるためには、必要不可欠な発言だったのである。
怒り狂った敵の足が持ち上がる。いよいよぼくの骨を
けれどもそれは叶わない。
なぜなら敵が片足立ちになった瞬間、その背後に、ぼくの上司が現れたからである。
これを見越していた。一瞬でいい、スキをつくれば必ずどうにかしてくれるはずだと――。
(テレポ万歳……!)
「――ッ……!?」
瓦を凄い音で犠牲にしながら、屋根を落ちていく敵。よほどの衝撃だったのか悲鳴すら聞こえない。躊躇なく頭を狙った一撃が、敵の意識を奪ったのだろうか。
ぼくは慌てて身を縮め、すぐわきを通過していく敵を避けることに成功した。
ヒス子ときたら攻撃のたびにぼくをちょっと巻き込まずにはいられないらしいが、今は感謝の念しか湧き上がってこない。よくやったヒス子。ありがとうヒス子。
「感謝はぜひ口頭でどうぞ」
また心を読まれた――でもまあええわ。
今気になるのは手の痛みと、ヒス子が手にしたブツである。
「っえ、鈍器」
その手には、なんだかやたら赤々とした長い金属棒が握られていた。
細身の棒の先端はカギ状になっていて、そこが灼熱を体現するかのように真っ赤だ。煙、煙出てる! ほんまに熱いんかい。
その禍々しい形状は完全にバールのようなものと一致している――というかまじバールである。
「いえ、火かき棒です」
「火かき棒!?」
「バールとやらはもっと太いはずですよ」
意外に鈍器に詳しいらしい。いや鈍器ちゃうけど。
「そ、そういやそうか――っていやいやいや火かき棒て」
「術を使うと屋敷が灰になりそうだったので」
(あっ、そういう理由ね)
別にぼくに当たらないよう配慮してくれたワケではないらしい。わかってたけど。
急にどっから出したのかは不明だが、灼熱の火かき棒を両手に構え直したヒス子は頼もしく言った。
「立てるなら後ろへ、なるべくわたしから離れないでください」
「っへいへい――アイツ死んだんかな」
「そうなら楽なんですがね。あいにくそんなにヤワではないんですよ」
ぼくは痛みをこらえてどうにか立ち上がり、ヒス子の背後にまわった。入れ替わるようにヒス子が屋根のヘリに立って下をのぞき込む。
敵はぼくらがいる屋根の真下に落ちたらしい。ちょうど玄関の戸の前に居ることになる。ヒス子が鼻で笑った。
「伸びてますね」
「鈍器つよ」
火かき棒万歳である。
「アイツどうすんの?」
「追い払います」
めちゃめちゃ頼もしい――と感心していたらガラガラ、という予期せぬ音を耳が拾った。引き戸の開く音。
え?
「なになになんなの? お兄さん誰!? なんでお外こんな焦げてるの~っ!?」
「う”ぅ~ん……あ”? お前ナニ?」
――ち”よ”ち”ゃ”ん”!!!!
※7/3タイトル微変更。
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