【16話】裏の人間

 星空の輝く夜。白い明かりのついた部屋に置かれたベッドで、瑠樺は横たわりながら剛希から貰った銃のP90を見つめていた。


 天井にかざすように腕を上げて銃を見つめる瑠樺の様子が視界に入った蓮は、机で作業していたノートパソコンのキーボードで文字を打つ手を止め視線を移す。


「それ、そんなに気に入ったのか?」


 不思議そうに問いかける蓮。

 深い青の瞳で銃を見つめている瑠樺のその表情からは、険しくも強い覚悟を感じられた。


「気に入ったってのもあるんですけど……これで簡単に人を殺せちゃうんだなって思うと、なんだか不思議で」


 瑠樺はP90を胸元に寄せて抱きしめる。

 目を閉じたまま黙る瑠樺からは不安が感じられ、蓮は一度パソコンを閉じて眼鏡を外すと溜まっていた疲れに息を吐いた。


「……人を殺すのは嫌か?」


「相手は私から家族を奪った人達です。なんとも思いません」


 瑠樺は体を起こすと、蓮と視線を合わす。

 その瞳の奥に感じる強い意志に、蓮は机に置いていたコーヒーを飲み干した。


「覚悟が決まったようで良かったよ」


 蓮は安堵から大きな欠伸をする。

 瑠樺も体を伸ばすと、眠たくて目を擦った。


「明日はよろしくね。瑠樺」


「――はい!」


 瑠樺は眠いながらも嬉しそうに笑う。



 ――夕方、バーを出て家に帰る途中で蓮は瑠樺に翌日の夜、組織のアジトを襲撃するということを話していた。


 蓮は瑠樺に最後の確認として手を差し出すと、『一緒に来てくれるならこの手を掴んでくれ』と話す。


 瑠樺が蓮の手を掴まない訳がなく、家に帰ってきてからは準備をしていたのだった。


「じゃあ、俺はもう少しアジトのマップを調べるから、先に寝てて」


 休憩を終えた蓮は眼鏡を掛けるとパソコンを開く。

 調べ物や特定が得意な蓮は、家に帰ってきてからずっとパソコンと睨めっこしてアジトの情報をひとつでも多く集めようとしていたのだ。


「わかりました。おやすみなさい、蓮さん」


「おやすみ」


 そう言って瑠樺は蓮のベッドへ潜る。

 気を使って蓮が部屋の電気を消すとパソコンの光だけが部屋を僅かに照らす。


「よし、やるか」


 蓮は気合を入れなおすと、瑠樺の睡眠を邪魔しないよう静かにキーボードを打ち始めた。



 * * * * * * *



 日が顔を出したばかりの朝早く、鳥のさえずりで瑠樺はぼんやりと目を覚ます。

 もう一度眠りにつこうと寝返りを打った時、瑠樺は机に突っ伏して寝ている蓮に気づく。


 夜遅くまで作業をしていたのだろうか。パソコンを開いたまま眠っている蓮に、瑠樺はそっと毛布を被せた。


 寝息を立てて眠る蓮を見つめると、瑠樺は嬉しそうに笑ってベッドへ戻る。

 そして布団を被りなおすと、夢の中へと落ちていった。






 何かが聞こえる。この声は、私の好きな落ち着いた声。

 いや、そうじゃなくて、この声は――


「瑠樺、そろそろ起きろ。この調子だと日が暮れそうなんだけど」


「蓮さん?! わっ、すみません今何時ですか?!」


 目を開けると、視界にはこちらをのぞき込む蓮の姿が。

 その近さに瑠樺が飛び起きると、蓮は安心した様子で立ち上がる。


「お昼だよ。夜までまだ時間があるから安心して。それにしてもよく寝てたね」


「すみません。自分でもこんなに寝てたとは思いませんでした……」


「別に構わないよ。それに、色々と疲れてるだろうからね」


 蓮の言葉に、瑠樺は安堵した。

 机で作業をしていたのだろう。欠伸をしながら椅子に座る蓮。


 まだ高鳴る鼓動を無視して瑠樺は大きく背伸びをすると、ゆっくり立ち上がり身支度を整えることにした。



 * * * * * * *



「よし、着いたぞ」


 蓮に声を掛けられて瑠樺が気づいた頃には、ある工場らしき場所に到着していた。

 その片隅にバイクを止めると、蓮はジャケットから早速ハンドガンを取り出す。


 瑠樺も銃を持つと大きく深呼吸をして緊張で高ぶる気持ちを落ち着かせた。


「瑠樺、準備できた?」


「はい、大丈夫です」


 蓮の問いかけに、瑠樺は落ち着いた声色で答える。


 その様子を見た蓮は、短く息を吐くと工場の脇にある倉庫の入口へ向かう。瑠樺も置いて行かれないように小走りで後を追うと、開いたままの大きなシャッターの近くで止まった。


 入口付近に人がいない事を確認すると、蓮は瑠樺と目を合わせる。

 互いに頷くと、蓮はニカッと笑って倉庫へ突撃した。


 倉庫内で作業する人に話をしている人、皆がこちらの存在に気づくと迷わず拳銃を取り出して構える。

 蓮は倉庫内を一直線に走りながら両手のハンドガンのトリガーを引いて発砲し、そこにいる人たちの頭を的確に撃ち抜いていく。


 何人もの人間が蓮に狙いを定めて発砲するが、蓮の動きの速さと予測できない動きに合わせることができず弾が当たることはない。


 倉庫内に積み上げられた荷物を踏み台に高く飛び上がると、蓮は一人の男に素早く照準を合わせる。

 目を見開いたその男と視線が合わさると、蓮はニヤリと笑い的確に頭を撃ち抜いた。


 その片隅で瑠樺も負けじと銃を撃ち続けるが、銃の扱いに慣れていない瑠樺では数人倒すのがやっとの事。


 一つ分の弾倉を打ち終わると、瑠樺は物陰に隠れて弾倉を付け替える。


 短く息を吐くと、瑠樺は勢いよく物陰から飛び出して照準を合わせようとしたが――


(なッ――!?)


 いつの間にか駆け付けていた数人の仲間が瑠樺に拳銃を向けて待機しており、その勢いに瑠樺は思わず怯む。


(まずい――!)


 早く撃たなければ。そう思い瑠樺が銃を構え直すよりも早くに男たちが不敵な笑みを浮かべて引き金に添えた指に力を込める。


 そして間もなくして響いた数回の発砲音。

 次の瞬間に瑠樺が見たのは、頭から血を飛ばして倒れていく男たちだった。


 瑠樺が驚いて視線を男たちの奥へ向けると、倉庫内を駆け巡りながら視線をこちらに向けている蓮と目が合う。


 余裕の笑みを浮かべながら戦う蓮の姿に安心を覚えた瑠樺は、気を取り直して銃の引き金を引いた。



 宙を舞う血飛沫と倉庫内に響き渡る銃声に悲鳴。


 気づいた時には倉庫内は火薬の臭いで充満しており、聞こえていたはずの怒鳴り声も今は静寂に包まれていた。


「よし、これでこのエリアは全員殺したかな」


 弾倉を付け替えながら呟く蓮。


 結局、瑠樺が倒した人数は決して少なくはなかったが、蓮に比べれば僅かな数で倉庫内の人間のほとんどは蓮が倒していた。


 自身も戦うようになり、改めて蓮の強さが身に染みる瑠樺。

 戦いにひと段落がついて息を荒げている瑠樺に対し、蓮は息を荒げるどころか落ち着いた様子で次の場所へ向かう。


 瑠樺に構うことなく歩いていく蓮の後を、瑠樺は小走りで追いかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悲願のバレット むつき。 @KurosakiSirokuro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ