【15話】P90

 瑠樺が不思議そうに蓮の顔を見つめていると、蓮が瑠樺へ向けて右手を差し出した。


「瑠樺、そのハンドガン貸してくれる?」


「あ、はい! どうぞ」


 蓮の意図が分からず、瑠樺は言われたままにハンドガンを渡す。

 瑠樺からハンドガンを受け取ると同時に、蓮は瞬時に銃を構えて数発発砲する。


 ――銃口から静かに立ち込める煙。漂う火薬の臭いと共に、的のど真ん中にいくつかの穴が開いていることに気づいた瑠樺。


「す、すごい……!」


 慣れた様子で見事な銃さばきを見せた蓮に対し、瑠樺は驚きと感動で思わずそう呟いていた。


 満足気に腰に手を当ててゆっくり息を吐く蓮。反対の右手でハンドガンを何度も握り直すと、何か物言いたげな黄色の双眸そうぼうを瑠樺に向ける。


「お前、引き金を引く時に怖がって目を閉じてるだろ。ちゃんと的を見てないと当たらないぞ」


 思い当たる節があったのだろう。それを聞いた途端に、瑠樺は『あっ』と短く呟いた。


「まぁ、最初のうちはそんなもんだよ」


 俺も最初はそうだったし。と付け足す蓮。

 当たり前の事ではあるが、蓮にも初心者だった頃があったのだろう。

 

 脳裏に浮かぶのは、先程の自身のようにひたすら拳銃を撃ち続ける蓮の姿。

 発砲する一発にすべての神経を集中させて訓練する様子までは浮かぶのだが、限りなく現実味がなかった。


「それで、何か気に入る銃は見つかったか?」


「いえ、まだ見つかってないです……」


 蓮の問いかけに、瑠樺は気まずそうに首を左右に振る。

 武器選びに来ていたにも関わらず射撃練習をしていた瑠樺。当然の如く気に入る武器にはまだ出会えていない。


「そうだなぁ……じゃあ、気になる銃とか使ってみたい銃はある?」


「ない、です……」


 返答を聞いた蓮は目を閉じるとうなり始めた。

 瑠樺は申し訳なく思いながら蓮の次の言葉を待つ。


 やがて唸ることすらやめて顎に指を這わせ、眉を寄せてただその場で立ち尽くす蓮。

 次第に気まずくなった瑠樺が話しかけようとした時、蓮は何か閃いたのか突然ハッとした様子でスタスタと武器庫へ向かう。


 置いて行かれた瑠樺が慌てて蓮の後を追いかけて武器庫に入ると、その部屋の中で蓮は壁や棚に並べられている様々な銃から何かを探していた。

 そして視線がある銃に向いた時、蓮は手を伸ばして銃を両手で持ち上げる。


「蓮さん、これは……?」


「P90って呼ばれる銃だよ。軽いし小さいから瑠樺に合うと思って」


 そしてP90を蓮から受け取った時、瑠樺は想像以上の重みに姿勢を崩しそうになった。

 比較的小さな銃とはいえ、軽いわけではない。銃を傷つけることがないように大事に抱えていると、蓮が親指で射撃場を指差す。


「ちょっと、試し撃ちしてみて」


 目をぱちくりとさせた瑠樺。言われたまま蓮と共に射撃場へ戻り、的に狙いを定めて引き金を引く。


 先程の蓮のアドバイスを聞いて的を見つめたまま発砲したおかげか、数秒間の連射を終えると狙いの的には数多くの穴が開いていた。


「どう? ブレも少ないし、撃ちやすいんじゃない?」


「これ、すごく撃ちやすいです!」


 嬉しそうに笑う瑠樺を見て、蓮は『それは良かった』と安堵の表情を浮かべる。

 だが、現在の状況を瑠樺はあまり理解しておらず、蓮の行動の意図が掴めずに困惑していた。


「じゃあ、これ貰って帰るか」


「え、貰って帰るって……」


 当たり前の事を言ったかのような表情をする蓮。

 瑠樺の頭の中にはたくさんの『?』が浮かんでおり、それはどうやら顔にも出ていたようだ。


「そのまんまの意味だよ。今日は瑠樺の武器を調達しにここへきたんだから」


「あの、私、詳しい話聞かされてないんですけど……」


 そう言えばそうだったな。と蓮は他人事のように話す。

 ここへ来る前、蓮からは行き先どころか何をしに出掛けるのかすらも聞かされていない。


 瑠樺は表情を僅かに引き攣らせたが、両腕に収まるP90は紫紺の瞳には魅力的に映っていた。


「ってことで、この銃にするよ。剛希」


 蓮が突然喋ったことによって、反射的に顔を上げる瑠樺。

 その時、先程まで確かにいなかったはずの剛希が部屋の端で腕を組んで佇んでいる事に気づく。


「――わっ?! 剛希さんいつの間に?!」


 瑠樺は思いもしなかった剛希の存在に驚いた大きな声をあげた。

 何度瞬きしてもそこには確かに剛希がおり、今まで気配が一切しなかった事に瑠樺の脳処理は追いついていない。


 状況の開設を求めて瑠樺は瞳を蓮に視線を向けるが、視線が合った途端瑠樺は固まる。


「え、剛希ならさっきからずっとここにいたけど」


「はい?」


 キョトンとした様子で話す蓮の言葉の意味が理解できず、瑠樺は目を点にして黙り込む。

 それを見た蓮もまた、瑠樺の言動を奇妙に思い言葉を失う。


 妙な沈黙の間が続いた後、最初に口を開いたのは剛希だった。


「蓮くんにはすぐ気づかれちゃったけど、アタシはわざと気配を薄くしてこの部屋に来たの。だから、普通の人である瑠樺ちゃんには気づけないんじゃないかしら」


 そこまで説明されて、蓮はやっと納得した様子を見せる。

 剛希はあえて足音を立てずに二人に接近していた。その上に気配を消して二人を見守っていたともなれば、瑠樺が驚くのも無理はない。


(そういや、さっき蓮さんが来た時も全く分からなかった……)


(この二人は、一体……)


 瑠樺は人ではない異様な何かを見るような目で呆れながら蓮と剛希を見つめていた。


「せっかくだし、今回はアタシたちからのプレゼントとしてタダでその銃P90をあげるわね」


 次からはちゃんとお金貰うけど。と剛希は瑠樺の抱えるP90を見て微笑む。

 タダという言葉に蓮と瑠樺が嬉しさと驚きの混ざった顔で見合わせていると、剛希は機嫌よく鼻歌を歌いながら武器庫へ向かう。


 その後、剛希は両手にたくさんの部品を抱えて戻ってきては、あれもこれもとひとつひとつ瑠樺に説明しながら押し付け始める。

 覚えきれずに困惑する瑠樺と、それに構わず楽しそうに説明を続ける剛希。


 瑠樺に視線で助けを求められた蓮は、少し呆れつつも嬉しそうに二人の間に入って説明のサポートをしつつ、話の終わりが見えない剛希の暴走を止めた――

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