【14話】仲間

「それで、頼んでいた件はどうなった」


 バーの奥にある物置部屋で、蓮は剛希に強い眼差しを向けた。


 剛希はポケットから煙草を取り出して口に咥えると、ライターで火をつける。

 静かな部屋にカチッという音が響いた後、剛希は煙草を指で挟んで深く息を吐いた。


 部屋に充満する煙の向こうで剛希が少しだけ瞳を伏せる姿を、蓮は黄色の瞳で捉える。


「あなたから依頼されていた“ピエロの男”について別の方向から調べていたのだけれど、残念ながらやっぱり組織との関連性はなさそうだわ」


「なっ、それはないはずだ! だって、あいつは――!」


 蓮はそこまで話して口をつむぐ。

 以前、蓮はある人物について組織との関連があるか調べてほしいと剛希に依頼していた。


 答えはおおよそ分かっていたが、剛希の口からは想像とは正反対の事が告げられる。


 蓮は心の奥に湧き上がる黒い感情を抑える為に、まだ傷の痛む右手を左手で力強く握った。


「まぁでも、簡単な話よ」


 終わったと思っていた話を続ける剛希に、蓮はわずかな希望を求めて顔を上げる。


 二人の視線が絡み合うと、剛希はその容姿からは想像がつかないほど真剣な眼差しをこちらへ向けた。


「組織と全く関係がないか、もしくは――組織の重要人物か」


 アタシにはこれくらいの予想しかできないけどね。

 と言って、剛希は笑いながら煙草の火を消す。


 その言葉を聞いた蓮は静かに目を見開く。

 確かに剛希の言う通り、重要人物であればその存在を隠している可能性もあるだろう。けれど――


「まだ、掴めないのか。ピエロの男アイツの正体は……!」


 期待外れな結果に、蓮は肩を落とさずにはいられなかった。

 蓮は歯を食いしばって爪が肌に食い込むほど拳を握りしめる。


 そして言葉もなく地面を見つめる蓮の姿に、剛希はわざとらしく溜息をついた。


「まぁ、そういうことだから今後も組織の人間という前提で調査してみるわ」


 剛希の放つ言葉に、蓮は反射的に顔を上げる。

 その蓮の瞳には期待が込められており、剛希の顔に穴が開くほど見つめていた。


「どんな事情があったかは分からないけど、それだけ蓮くんが必死になる“理由”があるのでしょう?」


 その言葉の続きを剛希が話すことはなかったが、最後に片目を一瞬だけ閉じてウインクしたことから意味を理解する。


 それなら、自分にももっと協力させてくれ。という事なのだろう。

 以前から変わらない剛希の性格――その優しさに、蓮は目を閉じて静かに笑った。


「……ありがとな、剛希」


「また何か情報が掴めたら報告するわね」


 蓮は剛希にお礼を告げて、部屋を立ち去ろうと剛希に背を向ける。

 その時――


「待って」


 突然、剛希に呼び止められて蓮は振り向く。

 話はもう終わったと思っていたのも理由ではあったが、何より剛希が普段発さない不安な声色に振り向かずにはいられなかったのだ。


 剛希の不安そうにこちらを見据える瞳に、蓮もつられるように緊張感を覚える。

 蓮が様子を窺っていると、その肩に剛希はそっと手を乗せた。


「――蓮くん。もっと、アタシたちの事頼っていいんだからね」


 剛希の視線が、一瞬だけ包帯の巻かれた右手に向けられたのを蓮は見逃さない。

 頼るという言葉に蓮は強く反応して、剛希の腕を強く払った。



「一人で、平気だ。だから俺に構うな」



 蓮は先程と同じ人物とは到底思えないような冷たい視線で剛希を見据える。その背中が凍るほど冷たい反面、限りなく切なそうにも見えた。


 数秒の間沈黙が流れた後、剛希は少し躊躇ちゅうちょしてから再び口を開く。


「……ねぇ、瑠樺ちゃんのこと、どうするつもりなの」


 その問いに対して、蓮は視線を逸らして黙り込む。


「あなたの事だから、何か理由があって傍に置いてるんでしょう?」


 蓮の無反応にも構わず問いを続ける剛希。

 だが、相変わらず無言を貫く蓮。俯くことによって前髪で目元が隠れ、その心情は分からない。


「あの子の事、大事にしなさいよ。仲間なんでしょう?」


「――勘違いするな。仲間なんかじゃない、ただの協力関係だ」


 仲間、という単語に分かりやすく反応を示して、蓮はバーへと戻っていった。

 一人残された剛希は、大きく溜息をついてもう一本の煙草を取り出して口に咥える。


「全く、分かりやすい子なんだから……」


 剛希のなげきは、誰かに届くことなく消えていった。



 * * * * * * *



「うーん……」


 バーの地下にある射撃場で、瑠樺は一人頭を抱えていた。


 溜息を吐くと共に下ろした両手には一丁のハンドガンが握られており、瑠樺は深呼吸をすると息を殺して照準を的に定める。

 そして、引き金に添えていた指に力を込めると、ハンドガンは爆音を立てて銃弾を発砲した。


「っ、また外した」

 

 これで何発目だろうか。的の右側を通り過ぎる銃弾を見て、瑠樺は肩を落とす。


 あれから流夜にこの地下へ案内してもらい銃の扱いを教わっていたのだが、その最中に頼まれていたことを思い出したらしく、流夜がバーへと戻ったのは今から約数十分ほど前の話。


 一人残された瑠樺はあらかじめ用意されていた銃を順番に試し撃ちして自分に合う武器を探すつもりだったのだが、あまりにも弾が当たらないため目的を変更して射撃練習をしていた。


(どうして……あの時は確かに当たったのに)


 瑠樺は自宅で組織の人達に襲撃された時のことを思いだす。

 あの時は蓮を守るために必死だった瑠樺。当然、どんな感覚だったかなんて覚えていない。


 ――正確には、あまり思い出したくなかった。


(もう一度――!)


 瑠樺は気合を入れ直して再びハンドガンを構え、何度も発砲する。

 だが、何発撃っても的に変化はなく、瑠樺は自分の不器用さに嫌気が差して銃口を下ろしたその時――


「ハンドガンはこうやって構えたらいいよ」


 突然蓮の声が耳元から聞こえたと思ったら、蓮は瑠樺の腕を掴んで正しい姿勢へと誘導する。


 驚きと思いもしない異性との距離感に瑠樺は心臓が飛び出そうだというのに、蓮が容赦なく瑠樺の後ろから覆い被さりハンドガンを構える瑠樺の手に自身の手を重ねるものだから、瑠樺は自分の心拍数があっという間に上がるのを感じた。


「瑠樺、このまま撃ってみてくれ」


「ひゃ、ひゃい!」


 蓮の発言で少しだけ我に返った瑠樺は、慌てて返事をしたが舌を噛んでしまい顔を赤らめる。

 今の状態から一刻も早く抜け出すために、言われたまま引き金を引いて発砲した。


 銃声音が鳴りやんだ後、瑠樺が恐る恐る目を開けるとどれだけ撃っても当たらなかった的の中心に命中し、穴が開いていることに気づく。


「当たった……!」


 感動して目を大きく見開きながら的を見つめる瑠樺。

 瞳をキラキラさせて的と蓮を交互に見つめ、言葉を発することなく必死に『当たりました!』とアピールする瑠樺。


 蓮はその必死さを見てくすっと笑うと、瑠樺の頭にポンっと触れる。

 その衝撃で咄嗟に顔を上げた際に、蓮が何かを思い返すような含みのある微笑みを浮かべていたのを確かに見逃さなかった。

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