【13話】不安なこと
流夜はもうひとつのグラスにカクテルを注ぐと、蓮の前にそっと差し出す。
無言でそのグラスを受け取る蓮。
そのまま口へ含ませる様子を見ていた剛希は、口を尖らせて蓮の顔を見つめた。
「蓮君、仲間は作らないんじゃなかったのかしら」
意味ありげな剛希の発言を蓮は無視する。
剛希は深く溜息をつく。無視されることもお構い無しに話を続けた。
「しかもこんな華奢な女の子を選ぶなんて……どうかしたの?」
不満そうな剛希の問いを聞いても尚、蓮は言葉を返さない。
瑠樺はそんな二人の会話に少しの不穏を覚えながらも静かに見守る。
蓮がカクテルを飲んでいると、剛希は何かに気づいたのか目を見開いた後、その目を細くして口角を上げた。
「……もしかしてアナタ、その子に一目惚れでもしたのかしら?」
「ッ――?!」
思いもしない剛希の言葉に、蓮は変な飲み込み方をして勢いよくむせかえる。
しばらく咳き込んだ後、蓮は大きな音を立ててグラスをテーブルに置いた。
「バカ言うんじゃねぇ。一人が苦しくなってきただけだ」
「ふーん」
蓮は剛希の発言が気に食わなかったのか、慌てて少し強い口調と共に否定する。
その後詰まらなさそうに呟く剛希の態度を見た蓮が、『チッ』と舌を鳴らしたのを瑠樺は確聞き取った。
「おい剛希。その手の話には気をつけろ」
言い放つ蓮の声はいつもより低く、決して大きな声ではなかったが瑠樺や剛希に強い不快感を与えるには充分だ。
蓮の黄色い瞳は静かに剛希を見据えており、まるで鋭く睨んでいるようだ。
瑠樺には何の話をしているのかは全く分からないが、蓮の行動からして恐らく何か触れてはいけない話題に触れたのかもしれない。
「……これは失礼したわね。瑠樺ちゃん怖がってるから、この話は終わりにするわ」
剛希は深く息を吐いて、申し訳なさそうに眉をひそめた。
その後、名前を出されたことによって瑠樺が視線を向けた時、少し困ったように微笑を浮かべる剛希と目が合う。
「あ、そうそう。この間の頼まれてた件についての話があるのよ。蓮君少しいいかしら?」
「……わかった」
それを聞いた蓮は、そのまま席を立ち上がる。
瑠樺が言葉を発することなく不安そうに蓮を見つめると、蓮はその視線に込められた意味を察してすまし顔を見せた。
「悪い、ちょっと席を外すよ。すぐ戻るから」
蓮はそう言い残すと、瑠樺の返事を待つこともなく剛希と共にカウンターの裏へと消えていく。
一人残された瑠樺は何をすればいいのか分からず、膝の上に手を置いたまま俯いて椅子に座り続ける。
「えーと、瑠樺ちゃん……だったかな?」
ふと名前を呼ばれて瑠樺が顔を上げると、先ほど水を渡してくれた店員の流夜がカウンター越しにこちらの様子を窺っていた。
「はい、そうですけれど……」
突然話しかけられたこともあり、瑠樺は警戒気味に返事をする。
それを聞いた流夜は何やら楽しそうに微笑むと、背丈のある体を軽く曲げて屈み、座っている瑠樺と目の高さを少し合わせた。
「瑠樺ちゃんは、どこで蓮さん出会ったんですか?」
瑠樺は急な問いかけに対しすぐに答えることができず、水の入ったグラスに視線を落とす。
「悪い人たちに私が誘拐された先の倉庫で出会いました。蓮さんは、その時に私に事を助けてくれて……」
「なるほど……」
それを聞いた流夜は、顎に手を当てて難しい顔をする。
瑠樺が不審そうに見つめていると、その視線に気づいた流夜はニコッと笑った。
「あっ、すみません。えーと、蓮さんって基本的に仲間を作ったりしないんですよね」
「仲間を、作らない……?」
流夜は瑠樺の反応を見て表情を曇らせた。
その発言から考える限り、蓮は今まで一人だったという事になる。
瑠樺はいくつかの疑問を覚えるが、それを聞いていいのか分からず黙り込む。
「蓮さんは、昔から一人なんです。本人が言うには、とにかく人に頼りたくないらしくて……」
「まぁ、僕たちに関してははただの協力関係ということで時々頼ってくれるんですけどね」
これは蓮さんには秘密ですからね。と呟き、流夜は困ったように笑みを浮かべる。
人に頼りたくないという理由で仲間を作らない蓮の気持ちが、瑠樺には少しだけ分かるような気がした。
(でも、なんでそんな話を……)
流夜の意図が分からずに少しの沈黙が流れた後、『ちょっと待っててください』という言葉と共にカウンターの奥へ消えていった流夜がショートケーキを手にして戻ってくる。
流夜はそのケーキを瑠樺に差し出すと、人差し指を立てて口元に当てた。
「良かったら食べてください。このケーキは特別サービスですので! あ、二人には秘密ですよ?」
「いいんですか?! ありがとうございます……!」
瑠樺は嬉しそうに笑った後、ケーキの上に盛り付けられた苺を口に運んだ。
ぱくぱくと嬉しそうに食べ進める瑠樺を視界の隅で確認しながら、流夜はカウンターを布巾で掃除し始める。
流夜が拭き終わった布巾を水に濡らして洗っていると、ふとケーキを食べ進めていたはずの瑠樺が手を止めていることに気づく。
明らかに様子がおかしい為、流夜も手を止めて瑠樺を見つめる。
「どうかされましたか?」
流夜の問いかけに対し、瑠樺は視線を落とすだけで答えは返ってこない。
それでも静かに待っている流夜を見て、流石に黙ったままでいるわけにはいかず瑠樺はゆっくりと口を開く。
「あ、すみません。……ちょっと、不安な気持ちになっちゃっただけで」
ぽつりと話す瑠樺。
わずかに震えている声や身を縮こまらせる様子見た流夜は、布巾を雑に置いて黙って瑠樺の隣の席へと腰掛ける。
その様子は、きっと“話を聞きますよ”ということなのだろう。
瑠樺は流夜の優しさに少しだけ嬉しくなり、その優しさに甘えることにする。
「私、最近まで家族と一緒に楽しく過ごしてたんです。でも、ある日家に帰ったら……そしたら――!」
――違う、聞いて欲しいのはこんなことじゃないのに。
事の経緯の一部として話すつもりだったが、自分の思考とは裏腹に涙が溢れる。
それでも何も言わずに次の言葉を待つ流夜を困らせる訳にもいかず、瑠樺はゆっくりと口を開く。
「それから色々あって蓮さんと手を組むことにしたんですけれど、ちゃんとこっちで生きていけるのか心配で仕方ないんです」
よほどの事なのだろう。その表情は見えないが、左腕を握りしめている右手の指が強く食い込んでいる様子から瑠樺の不安な思いは充分に伝わっていた。
静寂に包まれる店内。俯いたまま顔を上げない瑠樺を数秒ほど見つめると、流夜は視線をカウンターの奥にあるワインの棚に移す。
「僕は大切な人を守るためにこっちに来たのですが、最初のうちは死ぬことが怖くて仕方なくて、何をやっても中々上手くいきませんでした」
思いもしない流夜の発言に瑠樺は驚いて顔を上げ、流夜に視線を向ける。
流夜は視線を変えることなく険しい顔をしており、ワイン棚を映している瞳はどこか彼方を見ているようだ。
「でも、そんな僕を仲間のみんなが助けてくれたんです」
「だから、何かあったら蓮さんや僕たちの事を頼ってくださいね」
そう言いながら流夜は体ごと視線を瑠樺に向ける。
流夜は瑠樺と視線が合うと、ニッコリと笑った。
「は、はい……ありがとうございます」
瑠樺は語尾が小さくなると共に視線を逸らす。
「どういたしまして」
流夜は嬉しそうに微笑むと、席を立ちあがってカウンターへと戻った。
安心した瑠樺が再びケーキを食べ進めていると、流夜が何か思い出したのか『あっ』と短く呟く。
「そうだ。そのケーキ食べ終えたら先に地下の武器庫に行きませんか? 蓮さんまだしばらく戻ってこないかもしれませんし……」
「射撃場もありますし、色々試して自分に合う武器を見つけた方がいいと思います」
流夜は食器を拭く手を止めることなく瑠樺へ提案した。
「分かりました」
そう言って急いでケーキを食べようとする瑠樺にゆっくり食べるよう伝えて、流夜はくすりと笑う。
瑠樺はなんだか気恥ずかしくなり、グラスの水を一気に飲み干した。
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