【12話】バー
「じゃあ、行こうか」
「はい!」
蓮の言葉に、元気よく頷く瑠樺。
瑠樺の背中には大きなリュックが背負われており、蓮の元でお世話になると決めた瑠樺は生活にあたって必要な荷物をまとめたのだった。
二人は顔を見合わせると、玄関の扉を開けて外へ出る。
雲の合間から星々が顔を出す少し曇った夜空の下。そこに広がる光景を見て、瑠樺は絶句した――
「な、にこれ……?!」
その視界に映っていたのは、辺りに広がる複数の死体。
血が飛び散っていた事から激しい戦闘だった事が考えられる。だが、それよりも気になったのは。
「あ、あの、蓮さん。この人たちは一体……」
「あー、組織の奴らだよ。実は、瑠樺から連絡を貰った時には既に近くに居たんだけど、こいつらの相手してたら遅くなっちゃってさ」
蓮は表情を変えることなく淡々と話す。
銃声音がしなかった事や切り裂くような傷口から、刃物を使って戦ったのだろう。
それにしても、全く気づかなかった。
「ほら、行くよ」
驚いて石のように動きが固まる瑠樺。お構いなしで真っ赤なバイクへせっせと跨る蓮に置いて行かれぬよう、駆け足で後を追う。
そして蓮からヘルメットを渡されると、慣れない手つきで装着して蓮の後ろへ座る。
体が接触する二人の距離に少しだけ抵抗を覚えるが、蓮の背中を見つめると次第に心が安らぎ、バイクに振り落とされないようにその体に腕を回す。
「……しっかり掴まってろよ」
蓮がバイクのエンジンをかけて走り出すと、瑠樺は蓮の背中に頭を預ける。
速度を出して走る夜道、晴れた夜空に浮かぶ月は二人を優しく照らしていた。
* * * * * * *
――もう嫌だ、お願い……苦しいよ、助けてよ。
真っ暗な世界で、瑠樺は一人でたたずむ。
呆然とした怒りや寂しさ、悲しみに暮れて一人涙を流していた。
――瑠樺。
その時聞こえてきたのは、まだ聞き慣れない一人の声。
声がした方に向かって、瑠樺は真っ直ぐに走る。
すると、視界は白く染まっていって――
「……おい、瑠樺。起きろ」
蓮の声が聞こえた瞬間、瑠樺はハッと勢いよく目を覚ます。
何度か瞬きをしてから、自分は悪夢に魘されていたのだと理解した。
結局、瑠樺の家での一件があってから蓮の家で過ごしており、あれからまだ一日と経っていない。
「疲れていたのに悪いね。今日は連れて行きたい所があるから今から支度をして欲しい」
蓮はそう言うとどこかへ出かける準備を進める。
窓から見える夕焼け空を見て、瑠樺は蓮の『疲れていたのに』という言葉の意味をようやく理解した。
(こんな時間まで寝ていたなんて)
規則正しい生活を送っていた瑠樺にとって、夕方に目を覚ますのは珍しい出来事。
様々な出来事が立て続けに起こり、まだ疲れているのだろう。
瑠樺は大きなあくびをすると、ベッドからのそのそと起き上がる。
その時、頬を伝って落ちた一滴の雫。
瑠樺は思わず雫が落ちた床を眺めて、そこで初めて自分が泣いていたのだと気づく。
そういえば。と、思い出すのは先程の夢。
苦しい悪夢を見ていた時に聞こえた瑠樺を呼ぶあの声は、間違いなく蓮の声で。
(起こしてくれた……?)
悪夢に魘されている瑠樺を気遣ってなのか、はたまた偶然なのか。
瑠樺は鞄に荷物を詰め込む蓮の背中を眺めると、身支度を急いだ。
すっかり日が落ちた頃、瑠樺は蓮と二人で街中を歩いていた。
「あの、今更ですがどこに向かってるんですか?」
蓮の後ろをついて歩いていた瑠樺が口を開く。
蓮は瑠樺の方へ振り向くと、何かに気づいたように数回瞬きする。
「ごめん、そういや行き先教えてなかったね。でも、もう着くよ」
そう言って蓮はある薄暗い路地裏に入ると、そこにある木製の扉を開けた。
――カランカラン。
耳に優しく響くような入店音が鳴ると同時に開ける視界。
薄暗い部屋に程よい明るさのランプ、並べられたグラスやワインなどからしてここはバーだろうか。
「いらっしゃいませ。――あ、蓮さん! お久しぶりです」
男性にしては少し高めの声が聞こえ、瑠樺は声のした方へ視線を向ける。
――そこにいたのは白い髪と青い目を持つ青年だった。その人は蓮を見て嬉しそうに笑っている。
カウンターに立っている事や発言などからしてこのバーの店員と言ったところだろうか。
久しぶり。という青年の発言からして二人は知り合いのようだ。
「あらぁ、蓮くんいらっしゃい」
その時、カウンターから聞こえてきたもうひとつの声。
だが、瑠樺はその声の主を見て思わず言葉を失った。
「ご飯にする? お風呂にする? それとも、ア・タ・シ?」
その声の主である男は、語尾にハートが浮かびそうな声のトーンで話す。
独特な低い声に明るい金髪、そしてガタイのいい体。
ネクタイシャツの上からベストを着ており、カウンターの奥から歩いてきたことからして彼も恐らくこの店の店員なのだろう。
だが、それに似合わない口調と発言に瑠樺は体が固まっていた。
「酒くれ」
蓮は男の発言に構うことなく、カウンターの席へ座る。
瑠樺は困惑しながらも蓮の後を追おうとすると不意にその男と目が合った。
「あら、ちょっと蓮くんその連れの子誰よ! アタシという人がいるのにもう……」
男は瑠樺を軽く睨むと、拗ねたのか腕を組んで頬を膨らます。
だが、何かハッとした様子で男は瑠樺を再度見つめる。
「って、この子未成年じゃないの?! ここは未成年立ち入り禁止よ! はい、帰った帰った」
男は追い払うように手で払う動作を見せて、瑠樺に帰るよう促そうとする。
蓮は困惑する瑠樺に一瞬視線を向けると、その男と視線を合わした。
「剛希、こいつは俺の協力者だ」
「……なるほど、表の人間じゃないのね。それなら構わないわ」
蓮の言葉を聞いて男は何か察した様子だが、どうしていいか分からず棒立ちする瑠樺を蓮は手招きして呼び寄せる。
恐る恐る蓮の隣に座るが、いまいち落ち着かないのか部屋の中を見渡した後に口を開く。
「蓮さん、あの……ここは?」
「見ての通りバーだよ。ただ、ここは裏の人間が利用するバーだけどね」
蓮は躊躇うことなく話す。
理解ができていないのか、瑠樺は僅かに首を傾げた。
「例えば銃とか薬だったり、そういった表では入手できない物をここで揃えているんだ」
「まぁ、この店を利用する人間は大体犯罪者とかだよ」
口頭で簡単に説明する蓮。
さらりと話す内容は『普通の』生活を送っていた瑠樺には予想外だったこともあり、驚きを隠せていない。
ここは裏の社会で生きる人間の為に作られたバーで武器や薬物などは当然のごとく揃えられており、利用する客の中に情報屋や闇医者が居たりと裏で生きるには利用せざえるを得ない場所らしい。
やっと理解できた様子の瑠樺を見て、男が瑠樺の元へ歩み寄った。
「ねぇ、あなた名前はなんていうの?」
「あ、えと、文月瑠樺です。よろしくお願いします……」
男の問いかけに、瑠樺は躊躇することなく答える。
それを聞いた男は何やら納得したように数回頷くと、独特な笑みを浮かべた。
「なるほど、瑠樺ちゃんね。アタシは
そう言うと、剛希は瑠樺に向けてウインクをする。
相変わらず困惑したままの瑠樺に気を使ってか、剛希の隣に立っていた青年が瑠樺に水を差し出した。
「初めまして、僕は
青年――いや、流夜は瑠樺に優しくほほ笑みかける。
瑠樺は水の入ったグラスを受け取ると、緊張していたこともあり一口水を飲み込んだ。
僅かにレモンの風味がするその水は、瑠樺にほのかな安らぎを与えた。
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