【11話】私のせいで
銃声音が止んだ時に息をしているのは瑠樺と蓮の二人だけで、瑠樺は緊張の糸が切れたのかその場に座り込む。
二人の荒い呼吸が響く部屋の中、瑠樺は自分の心臓が飛び出そうな感覚を覚えていた。
目の前で血を流して倒れる男を見て瑠樺は本当にこの手で人を殺したのだと強く認識する。
その事実に激しい手の震えと吐き気、そして強い罪悪感を覚える。だが、不思議とその感情の中に後悔はなかった。
「っ……暁羽さん!」
それは、痛みに怯んで動けなかった蓮を守れたからかもしれない。
むしろこの行動に出なければ、瑠樺は今ごろ本当に後悔していただろう。
瑠樺は右手を抑えて屈む蓮の元へ近寄ると、そっと様子を窺う。
「暁羽さん、大丈夫ですか?!」
「……俺は大丈夫。それより瑠樺、怪我はないか?」
心配する瑠樺に気を使ってなのか、蓮は額に薄く汗を浮かべながらも余裕そうに笑みを浮かべる。
「私は、怪我してないですけれど……」
「なら良かった」
安堵したのか蓮は息を吐くと、ハンドガンを左手で拾ってゆっくり立ち上がろうとした。
「ッッ……」
その時、蓮は顔を引き攣らせる。右手の傷口が痛むのだろう。
心做しかその様子は、緊張が解けたことも合わさって先程よりも痛みが増しているようにも見える。
「あの……傷、見せてください」
目を閉じて痛みに堪える蓮の傷口に響かないよう、瑠樺はゆっくり話しかけた。
その言葉を聞いた蓮は、傷口を抑えていた左手をそっと剥がす。
露わになった傷口からは血がだらだらと流れており、見ているだけで思わず自分の手も痛くなってきた気がしてしまう。
「痛そう……早く手当て、しないと!」
私でよければ手当てしましょうか。とつけたして少し自信なさげに話す瑠樺。
蓮は首を横に振る。その表情は僅かに苦笑いしているようにも見えた。
「ありがとう。手当ては自分でするから、道具だけ貸してくれないか?」
その言葉を聞いた瑠樺は、返事もせずに壁際の棚を開ける。
いつも置いている場所から救急箱を取り出して、蓮の元へ駆け足で戻った。
蓮が一人で器用に傷の手当てをしている間、瑠樺はいたたまれない気持ちで隣に座る。
まだ興奮状態が完全に落ち着いていない事もあり、目の前で起こった出来事にまだ理解がいまいち追いついていない。
人を、殺した。いくら蓮を守るためとは言えど、この手でひとつの命を奪ったことに違いはない。
そもそも蓮の忠告を素直に聞きいれていれば、蓮が右手にひどい怪我を負う事も、瑠樺が人を殺す事もなかったのかもしれない。
「お待たせ。道具、貸してくれてありがとね」
違和感があるのだろうか。蓮は包帯を巻いた右手を広げたり曲げたりしてその感覚で遊んでいるようだ。
声を掛けられた事によってハッと我に返る瑠樺。蓮は、今回の事をどう思っているのだろう。
「怪我、もう大丈夫ですか……?」
「まだかなり痛むけれど、もう平気だよ」
蓮の返答に、瑠樺は胸を撫で下ろす。
けれど、目の前にある包帯の巻かれた手は、瑠樺の“自分のせいで怪我をさせてしまった”という罪悪感を増加させる。
「それと瑠樺、さっきは助けてくれてありがとう。命拾いしたよ」
落ち込んでいる瑠樺を気遣ってなのか、はたまた偶然なのか。
蓮は瑠樺に正面から向かい合うと、困ったように笑みを浮かべた。
「そんな、とんでもないです! それよりも、私のせいでこんな事になってしまって……」
瑠樺はそう言いながら顔を俯かせる。
ごめんなさい。
本当はその一言が言いたいだけなのに、胸が苦しくて言葉が出ない。
ああ、涙が溢れそうだ。
また自分のせいで、誰かが傷ついてしまったんだ――
「そんなこと気にしてたのか? というか悪いのは組織の奴らだろ。大体、瑠樺たち家族が何したって言うんだ」
まるで当たり前のことでも言うような口ぶりで、蓮は話す。
確かに間違いではないのだが、今はそういう話をしているのではない。
自分のせいで、本来負わなかったかもしれない怪我をさせて、その上に手間もかけさせた。
「顔上げろ、お前は何も悪くない」
蓮の言葉に、瑠樺はハッとして顔を上げる。
驚きと共に思わず零れた瑠樺の涙は、音もなく床を濡らした。
そんな瑠樺を眺めると、目を細めてくすりと笑う蓮。
そして大きく息を吸い込み、蓮は口を開いた。
「瑠樺、君に改めて聞くよ」
そして、目をゆっくりと開けて瑠樺の紫の瞳を見つめると、蓮は今しがた手当てした右手を瑠樺に差し出す。
「俺と一緒に、組織に復讐しないか」
あの時の瑠樺には答えられなかった提案。
瑠樺は目を閉じて深呼吸すると、覚悟を決めたのか強い目付きで蓮と視線を合わす。
「はい。一緒に復讐させてください――暁羽さん!」
瑠樺は傷が痛まないように蓮の右手を優しく握ると、少し恥ずかしそうに――けれど嬉しそうに微笑む。
だが、蓮は何かもどかしい様子で少し唸り、きょろきょろ周囲を見渡した後に瑠樺の右手握ったまま再び目を合わせた。
「名前、蓮でいい……」
もしかしたら。いや、もしかしなくても蓮は今まさに照れているのかもしれない。
顔色は何ひとつ変えず、強いて言うなら不満げな表情を浮かべていたが、それらの仕草も含めて瑠樺はなんとなく照れているんだと確信した。
「分かりました、蓮さん!」
機嫌の良くなった瑠樺に名前を呼ばれた後、満足したのか嬉しそうに蓮が笑ったのを、瑠樺は見逃さなかった――
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