第21話 校長

 すーと開いた扉の音がするなり布団へ侵入した誰かを感じた。背後に暖かな膨らみを感じ身動きとれず声をかけてくるのを待つ。


(もしかして…沙耶か)


 それから心拍数が上昇すること数時間。添い寝する誰かは動くことはなく、集は目の下に隈を作りつつ目は見開いていた。まだか、まだかとゆっくり呼吸を繰り返す。


 お昼を知らせるチャイムが鳴り響き「夜辺さん」とノックが入った。つい振り替えた先にいたのはなんと見たこともない肉ダルマの姿だ。太っているという意味ではなく腕を見るに筋肉質な体だ。「やあ」とさわやかな挨拶をされても幻滅しか覚えることができず集は肩を落とす。


 看護婦の食事配給もありベットから降りたガチムチはソファーで腕を組んだ。


「食事時に悪いが私も多忙な身でね。話をさせてもらってもいいだろうか」


(忙しいならベットに潜り込むな)


 添え物のグリンピースをスプーンですくい口へ運ぶ。野菜が好きとはいえない集は咀嚼することなく飲み込む。ソファーからの視線を無視し食事を続けた。


「今回の一件は私の顔を立てる形で君の処罰は保留となる予定だ。安心して食べてくれたまえ」


(初対面のガチムチを前に安心とはなんだろうか…)


「今回の一件は君の非ではないと思っているんだ。クローン技術の発展もそうだが可変する絶対値を持った人間を培養できる技術が、この段階で存在していたことそのものが問題だ。上層部も認知してなかったからね。君は禁忌を犯した。それは欲望からでないことも陽を含め証言を得ている。重力操作のコピーは陽さんから許可したとも報告書があがっているのも大きい」


 朗報なのか悲報なのか煮え切らない話しっぷりに食べることを止めない。「桐生さん」と彼の口から沙耶の名前が出て、お膳に置いてあった水を一気に飲み干した。


「桐生さんと君はこれからどうするんだい。君が彼女に与えた権限は短期的なものではないはずだ。ページ0にはマナコードが存在しない。だが君が彼女に与えたものはマナコードの一種だ。君の場合はマナコードが権限として機能しているからね」


「はい」とはいえず食事を再開する。


「保身の為に、これから彼女を守らざる負えない状況に陥ったのを理解しているのかい?」

 その言葉に疑問符が湧いた。

「なぜ俺が沙耶を」

「まだ事実説明がないので少佐相当である君にも公開できない情報だ。マナコードがあふれる世の中が存在しうるとしてその危険性の話だ」

「はぁ」としか反応できない。


 なぜなら情報が過不足すぎるからだ。可変する絶対値と言われる心の病についても口伝での情報が多く公式的な発表や授業での説明は濁してある。


 一般公開されているシナリオだと一人の少女が可変する絶対値を得たところから始まっている。自分が抱える悩みを共有したいと願った少女の思いを汲み取り現実的な形で能力者が増殖されたという少々現実味にかけた話だ。だが核弾頭の一斉発射など宝くじを当てるより低確率で可変する絶対値が可能にしたとしか思えない。


 能力者も一般人もその話をうのみにしたわけではないが、その少女が願ったように能力を持つがゆえの苦悩と持たざるゆえに劣等感を抱く者に分かれたことで秩序が揺らいだ。電子パルスの放出時に仮想空間を利用していたか程度の些細な違いが人間を区分した世界を作り上げたのは理不尽だろうか。それとも盲目に生きてきた人々が望んだ形なのかは賛否両論で答えはまちまちだ。


 能力者に共通していたことは仮想空間でゲームをしていたこと。これが根源の渦にあたる。


「話は置いといて今回、君の所属するチームには功績に見合った報酬を与えました」

「報酬ですか?俺はいただいてませんが」

「報酬を与えたのはリーダーである赤坂 零次、彼一人でした。詳細は学年対抗試合で見ていただければと思います。それと一点。君達が利用していたヴァーチャルグランドから遊んでいたゲームを調べさせていただきました」


「人災当時のゲームですか?」


「ええ。ゲームにもジャンルは多いですからね。君と桐生 沙耶、中島 千秋、林道  和希の三人はMMO,赤坂零次君はアクションゲームをしていたようです。桐生 沙耶さん以外課金方式の大手ゲームソフトを利用していたみたいですが桐生さんは兄の経営する製作会社のテストプレーをしていたみたいですね。彼女が持っていた聖剣はご存じで?」


「おおよその能力は把握してるつもりです」

「あの聖剣。現実に存在しないのですよ。ゲームって神話や英雄を絡めるものが多いのですが、彼女の所有する聖剣はゲームオリジナルのものみたいです」

「オリジナルだと問題があるのですか?」


「実在するものとは大違いです。可変する絶対値にカリバーンを投影する能力者は多いです。ですが、あれは所詮逸話の産物です。ゲームのような付加価値もなければ鞘に不死機能があるわけでもない。単なる剣にすぎません。ですが持ち主に英雄を交霊させる絶対値なら話は変わるかもしれませんね」


 元ゲームマニアであった集には心躍る話に手が自然と止まった。


「桐生 沙耶が投影する剣は存在しません。ゲームの中だとラスボスの攻略報酬で錬金できる武器だったみたいですね。回復と炎を主る二頭の竜がボスだったとか。彼女のお兄さんが鍛代上げた聖剣…思い出ですね。その為、独自性が高い」


「それで回復と炎を扱えるのか。基本的に絶対値は単一なはずなのに」


 話に引かれ歩み寄る男性に危機感など消え去っていた。


「人間って面白いです。弓道を上達する為にアーチャーをしていた林道もそうですが千秋さんに限っては製作側の人間であったなんて経歴もある。課金重視のプレーヤーが能力の代償に金銭が必要なんてできすぎてると思うくらいに」


 話も大方終ったところ集は今回の考慮について深々と頭を下げる。禁忌を犯した自身のこともそうだが賛同してくれたチームメイトへの気遣いから赤の他人とはいえ御礼の一言では済ませることができなかった。


「頭を上げてください。貴方たち生徒を守ることも校長である私の務めですから」

「校長…」


 空いた口がふさがらない。よく見ればスーツを着こなしチーム構成とフルネームを記憶しているところからも納得できる。


「それと忘れ物と請求書です」


 バックから出てきた見覚えのあるケースと赤切符の支払台紙を受け取り順に開封する。ケースの中には現金が入っていると錯覚していた集は突如震えだし「10億……」と口にし顔がひきつる。


「では明日迎えに上がりますよ。制服は壁にかけておきましたので」


 校長の声は届くことことなくベットにケースと紙が転がった。

 ケースの中身はクレジットカードだったのだ。

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