第20話 看病

 薬品匂に、むせこんだ集はベットから飛び起きた。


 室内を見る限り病棟の個室だ。窓際に飾られた一輪の花が隙間風でほんのりと部屋をかぐわす。


 どうして病室にいるのか。集二を見届けた以降の記憶に靄がかかり思い出せず集は諦めるように目を閉じる。自身が気絶している間のことを想像すると胸やけを覚えた。


 自身にしいられた十五の規制の内、集二と勝敗を決するまでの間に複数の規約を破っている。違反に対して、どのような処分が下るのか頭の片隅から離れない。


 絶対値のコピーから始まり持続的な能力維持。最終的には小規模とはいえ地球の軌道を逸らしかねないブラックホールの生成も含め一個人で行える能力を超えていた。


 ページ0に許された行動は大まかに二分されている。


 治安を狂わす能力者の無力化もしくは制圧に執ような事象改変が権利として許されていた。ページ0には人権は存在していない。悪とみなされれば実験体ではなく廃棄処分もありえる。


 思い返してみるなり自身の化け物ぶりがフラッシュバックする。倉庫前に立った時点からの一連の流れが感情のふたを開ける。


 言葉通じない外人相手の戦闘。

 耳栓以外にも己を抑える能力。

 オリジナルと同性能の偽物。


 白い天上をぼーっと見つめた。白はいい。思い悩む頭をクリアにしてくれる。だが自身のことを切り離すなり沙耶のことが気がかりになった。「沙耶は大丈夫かな」シェアウェブから零次のメッセージを遡るが安否が書かれたものはない。


 ぼそっと零した独り言。今更ながら唇の感触を思い出し布団で顔を覆う。


「私ならここにいるけど」


 人気を感じない部屋から本を捲る音が続き、集は跳ね起きる。


 ベット横では本に目を通す沙耶の姿があり顔が熱くなる。かける言葉も思いつかず、だんまりとした空間に二人だけという状況が心拍数を跳ね上げ話題など天気くらいしか見当たらない。


 あたふたする集を見兼ねてか沙耶はパタンと本を閉じ花に視線を送る。


「集二はどこへいったのかな」

 その問いには返事を控える。

「あいつはまた現れるよ」と断言する。

「なぜ?」と沙耶から問いが返る。

「オリジナルが夜辺 集だからかな」


 口にしてみたが集二の再来が恐怖に思えた。自身とは違う価値観で同種の絶対値を保有する彼に。次に対峙した時は今回のように都合よくいくとは思えなかったからだ。


 チームメートの支援、陽が残した指揮官の名前など配慮がなければ勝ち筋はなかったと集は感じていた。


 痛みに思考は回らず枕に頭を預ける。


「怠け者なんだから」といいつつも沙耶は、ほくそ笑みリンゴを剥き出した。


 昨夜、集二という異常事態があったというのに実力試験はおこなわれているのか勝敗がシェアウェブに通知が届く。一回戦から五回戦までDチームは勝ち星で収めたようで圧勝と書かかれていた。


 本来五人でのチーム戦のはずが現在行われている試験には零次、和希、千秋の三人が出場している。ハンデを物ともしない功績に沙耶も笑みを浮かべていた。


 夕暮れを迎え眠りについた集を横目に沙耶はシェアウェブの電源を押した。待ち受け画面には千秋からのメッセージが表示され写真が添付されている。メールボックスのメッセージに指を翳すと写真が展開された。好成績を残した三人の写真だった。笑顔で肩を組むもので安心しながらリンゴが乗る皿を手に椅子に腰を下ろす。


 ベットからは集の寝息が聞こえ幼い寝顔にくすっと笑ってしまう。


 寝ている集の無防備ぷりに昨夜の彼と兼ねる。校長室での会話も直視した戦闘もベットで寝息を立てる彼のものだった。それと同時に心臓が止まっていた自分自身の能力の恐ろしさを拭いきれずリンゴを頬張った。


 皿からリンゴがなくなり帰宅しようと沙耶は腰を上げるとこんこんと小さくノックが入る。運びこまれた夕食は病院食とは思えない高カロリーなメニューばかりだ。揚げ物の香ばしい匂いに誘われたのか集は、のそっと起き上がり橋を握ろうとしていた。だが指先の感覚がないようで幾度も橋を落としていた。


 集の姿をみこしお盆に置かれたレンゲに手を添えた。


「強がりはいいから。何から食べる?」

「め…メンチで」


 集の腹音が聞き取れメンチを崩し口へ運んだ。「おいしい?」と聞いてはみたが集は「肉汁がたらない」といつもの口調で面白味がない。「はいはい」と咀嚼を終えるごとに口元へは運ぶ。


「私。明日から学校に行くから」

 完治してるように見える沙耶だが心臓が止まっていたのだ。疲労は残っているだろうに。

「明日マナコードの発表があるからね。それにあんたの看病に飽きてたところ」


 食事を見届けた沙耶はバックを肩にかけ、病室から出ていく。集はありがとうも言えず再び布団にこもった。すっきりとしない思いに集は寝付けない。眠れずカーテン隙間から差し込む月光をよけるように寝返りをうつ。

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