第19話 拉致事件4

 現場までもう一息というところで沙耶を助ける決断をし、シェアウェブでチームに「中止」とだけ記載し送信ボタンに指をかけようとした。


「諦めるにはまだ早いぞ集」

 振り返る集の背後から制服姿の零次が近寄る。

「沙耶は俺が病院まで連れて行くからお前は自身を超えてこい」


 差し出された腕に精密機器を扱うようにゆっくり沙耶を手渡す。


 沙耶は、いつも強気なチームメイトではなく身近な何かに思え、そっと頭を撫でた。そんな時間も続くことなく零次の手の震えに背を向け「助けてやってくれ」と懇願し救援へ向かった。


 屋根をづたえに浜辺沿い降りると倉庫周辺は立派な戦地が広がっていた。日本での出来事かと思えない景色も今の集には違和感を与えない。銃弾の嵐の中を足を止めることなく進んだ。


 兵隊に声をかけては能力へ転換し制圧を繰り返す。


 ようやく倉庫が見え始めたころ盾で身を守る集団が固まっていた。兵士から放たれた弾丸は拉致被害者を演じていた能力者により単なる時間稼ぎになっていた。


「その銃貸してくれないか」


 集の呼びかけに対応もしない兵をよそに集の右手には同じ型の銃が握られる。


 規約により集には武器弾薬の生成は許可されていない。だが沙耶が権限を解除したことにより三つの制限が緩和されていた。


「弾は途切れず元素を分解する」


 弾幕の中で呟かれた独り言に反応するものはいないが十五の規制の内、いくつかを解錠している集は自己認識だけで言葉を現実へと変えていく。


 集から乱雑に放たれた銃弾が盾に被弾するなり盾を分解していく。一人また一人と欠員が出ても穴を埋めるように集団は密集し陣形は乱れるまでに時間は要した。警察でも確保できる程度まで縮小した陣形に身を潜めていた警察も一斉に攻め入った。

「確保」と指示が出される頃には集は集団を横切り倉庫前にたった。


 敗北を経験してこなかった集にとってリベンジとも呼べる行動に冷や汗が止まらない。


 倉庫周辺は参事を迎えているにも関わらず以前立ち去った当時と変わらぬ外観の倉庫を前に深呼吸をし「時間だ」とシェアウェブに手を添えた。


 背後の暗がりから大量の矢が滑空し倉庫を襲う。集の計画の一つである和希の遠距離攻撃だ。戦闘機を凌駕する速度と破壊力なら、どんな能力でも綻びが生じるといった脳筋である和希にうってつけ戦略は読み通り倉庫にダメージを与え続けた。途切れることなく降り注ぐ矢の雨は倉庫内を露わにさせる。


 倉庫内には指揮官の姿はなく集二の周りには屍が転がっている。唯一敵対してるのは陽だけだ。


『遅い』とシェアウェブにメッセージが届く。陽のふてぶてしい顔からはまだ余裕があると思えた。


 集というサンプルを握っていた陽が苦戦を強いられているのもおかしな話だったが振動したシェアウェブに書かれた文字列が理由を物語っていた。


「よく戻ってこれたな。死にに来たか?」


 半身が焼きただれながらも口数は減らない集二は夜辺 集、本人で間違えなかった。集二の言葉にもじもじと頬を染め集は大きく息を吸い込みこう叫んだ。


「沙耶に、もう一度会うためにここへきた」


 気品を感じさせない笑いで腹を抱える陽を横目に背負向ける。


『なら私を預けるよ。後は頼んだよ。残金は大丈夫?』


 シェウェブの通知に「ああ」と腰のケースをポンポンと叩く。


 納得がいった顔の陽だが念を押すようにシェウェブからメッセージが入った。陽は、どこか負傷しているのか足を引きずっている。その姿がさらに集を高揚させる。


 メッセージには大事な一文と話をしなかったことの二項目が記載されていた。胸を撫で下ろす気分だが緩んだ気持ちを引き締める。両頬を叩き気合いを入れる。倉庫跡地に同じ顔、能力を持つ同士がにらみ合う。相手が話し出すのをお互い待っている状況だ。

 

 先手を打ってきたのは集二のほうだった。得意とする会話からの能力ではなく拳を構え集は顎を引く。集二の一手目は拳によるもので紙一重で避けきり集二の視線から先読みし回避行動から上段蹴りにお互い距離をとった。


((二倍))


 拳と拳の衝突。集二に胸元を掴まれ倒れ込むと同時に投げ払う。気を抜く間もなく集二の勢いある飛び込みに地面から足が離れ横たわる。乗りかかった集二が交互に拳を繰り出し息切れを狙い顎を殴った。


「なぜ能力を使わないんだ」

 起き上がり集に集二から問があった。

「能力をコピーされては意味ないしな。夜辺 集と対峙するならって考えた時の最善策さ」 


 一呼吸終えた二人が動き出すまで時間は要らなかった。


 繰り出された拳を集が払い懐に飛び込む。更なる身体加速を図った集が顎めがけ頭突きをくれる。加速による強化は頭突きですら集二の体が吹き飛ぶ程で、それですら致命打に欠けると思わされた。


 集二のバランス感覚と強度に集は打撃による戦闘を諦め話を始めた。


「俺から生まれたお前は本当に夜辺 集か?子供を利用した実験の話、聞くか?」

 集二も諦めたように言葉のキャッチボールを始める。

「今更話をしてどうなる?俺には夜辺 集が経験した記憶が息をしている。オリジナルが無下にしたことまで鮮明なままな」


「まぁ聞け。同じ時間に生まれた二人の男の子に平等に母の時間を与えたそうだ。本来なら、その二人は同一人物としての人格形成が予想されていたが言うまでもなく失敗に終わったんだ。研究者は少しずつ価値観がずれていることに気づき、実験は終了したとされていてる。結果から言うなら母の興味を引こうと向上心を伸ばした子供に対し、それを目にしてきたもう一人は劣等感から陰気な性格になったとされている」


「その実験のレポートは読まされた。だが、この場で必要な話か?」

「大事なことだ。お前という自身を正当に殺害する理由づけとしてはな。お前は何通りの絶対値を保有しているんだ」

「オリジナルが戦場で貯蓄した分。プラスα格闘戦術」

「なら自分の価値に薄々と気づいているはずだ。顔を持たない出力装置だ。装置は使い手がいなければ単なるガラクタに過ぎない」


 集はそういうとシェアウェブに目を向ける。


「上官はどうした?」

「先に逃がしたさ。あの方はこの場での役目を終えたのでな」

 返事が返り集はほくそ笑む。

「あの方か……あの方ことレイズ・ダ・シュレーガーは生後三か月の乳児だ」


 そのセリフに違和感を覚えたのか集二がシェアウェブをいじりだす。見ているのは連絡先であろう。戦意喪失したのか崩れ落ちる集二の姿を目にした集はゆっくりと近づき見下ろす。


「生態系の改変なんて俺の能力にはない……」

「正確にはタイムパラドクスだ。同じ時間軸に同一人物は存在できない。確認した段階で彼の存在は消えたんだ」

「呑気に話をしてていいのか。俺を殺す絶好の機会だろ」

「殺すのは簡単だが、お前には生まれた場所に帰ってもらうよ。そろそろ終わりの時間だ」


 予定通り零次による雷撃が数発撃ち上がり集が考案した物が現実として可能となる。

 風の動きに変化が訪れる。集の手元には、不自然に風が導かれ黒い渦が発現した。黒い球体が右手に現れ集二の半身を飲み込み始める。


「集二は先ほどの女性の能力は知らないだろ。彼女の能力は重力制御だ。だが重力制御だけでは成立しないんだ。これを実行するには莫大なエネルギーが必要される」

「カーブラックホールか。そんなことしたら俺だけじゃなく、世界が消滅するぞ」


「ならこれならどうだ」

 左手からからは白い球体が構築される。

「対消滅って知ってるか?」

 その言葉に応じてか集二は敗北を受け入れたように微動しない。

「俺とお前の違いはなんだったんだろうな」


 右半身が消え消滅寸前の集二から独り言が聞こえた。その問いに集なりの答えをだした。


「家族を亡くす気持ちも戦場での経験も、お前の記憶は思い出ではなくデータだ。悩み苦しみこともできない夜辺 集二は生まれた時点で歩みを止めている。義理の姉、悩みを共有できるチームメイトがいたからこそ俺は立っていられる」


「またリベンジにこい」と言い残し集二に背を向け歩きだす。


 規約に反した絶対値のコピー能力。それは心臓にダメージを与え体の自由を奪う。目に付いたパイプを杖代わりに海辺に出る。一歩踏み出すごとに痛みが増し導かれるように海へ転倒した。

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