第18話 拉致事件3
倉庫から距離をとったところで沙耶は辺りを警戒し路地裏に潜り込む。疲労困憊なのは、お互い様なはずなのに沙耶は瞳に涙を為ながらも集の治療に専念していた。その姿は美しいとさえ思えたが体が動かず口説き文句の一つも出てこない。月明かりのせいだろうか気の強い沙耶の「死なないで」と涙声から集の顔が赤らむ。
いつからだろう。疲労からくる眠気に負けたのは。目を開けた先には心配そうに見守っていた沙耶に膝枕されていた。慌てて起き上がろうにも全身を襲う痛みに起き上がることもままならず頭を預ける。
「ごめん。銃痕は治療できたいけど疲労までは取り除けなかったよ」
「生きてるだけで十分だ。ありがとう助かったよ。ストーカーさん」
繰り出された張り手にも反応できず涙を浮かべた集に見かねてか沙耶が険しい顔をした。
「ここなら追っても来ないと思う。集が負けるなんて…」
「俺も予想外だ。零次が耳栓を使っていたのが広まっていたとはな。情報化社会は怖いな。一個小隊規模が相手と専門外だったとはいえ漏れた情報から欠陥もばれ…」
痛みに歯を食いしばる。
「我慢しなくていいよ。チームメイトでしょ」
ふるえる声に集は必至で涙を堪える。
「今回のは貸し。あんたの話を聞くまで死なせない」
「わかってるよ。沙耶には包み隠さず話すよ。それに陽が話してた壁に耳ありって沙耶の事だろ。大方話は聞いてるはずだから隠す必要もないからさ」
瞼を覆うようにかぶされた手は暖かく緊迫していた事さえ忘れそうな居心地に集は眠りについた。
集が眠りについてからも沙耶は回復を使い続けていた。それは自身の生命力すら、すり減らすくらいに。何時間たったのだろうか夜更けにしては街中が殺気だっていた。パトカーが走り回り軍人が通りすぎるのを視認した沙耶は集の頬を叩く。
「起きなさい。ここからはあんたの出番」
全身にかかる重みにうっすら瞼を上げる。視界の先には毛艶が悪い沙耶が覆いかぶさっている。触れ合っているせいかバトンを渡された気分に駆られ沙耶を抱き上げ心底願う。
(自分に負かされるのだけはあってはならい)
沙耶を抱え深く腰を落とす。
(3倍速)
塀を駆け上がった集の目には地獄絵図が広がっていた。敵陣地から現在地までは大した距離はない。だが追手がないという事実を考え舞先生が送り込んだ伏兵が想定できる。ページ4以上の能力者達が倉庫付近に潜伏していることはなんとなく想像がついた。
だが現状は変わらずといったところで民間人が見当たらない街並みを見る限り避難誘導を終えた警察までも駆り出される事態へ発展していることも分かる。
シェアウェブを覗くと通話履歴にチームメートの名前があり即座にタッチする。3コールするまでもなくチームメイトの顔が浮かび上がる。写し出された画面はどれも暗い街並みが背後に写し出されていた。
「今どこだ集。沙耶も一緒か」零次の焦る声。
カメラを沙耶に写し「助けてほしい」とだけいう。
溜息交じりで和希が「当たり前だろ」なんて言い出す。三人ともアナウース後、集と沙耶への連絡が不能になっている状態を知って町を駆け回っていたとのことだった。
「これからどうするの。私達になにができるのかな」
強張った声の千秋と脳筋ゴリ押しな案をひたすら提案する和希に「集に従おう」と零次がなだめる。
「作戦だが和希と千秋には遊撃を頼みたい。戦闘が行われている倉庫は空間固定が施されていて破壊することができない。だから千秋。和希の放つ矢にバリア纏わせることはできないか」
千秋は俯き顔を上げた。
「わからない。したこともないしできるかもわからない。きっと成功させてみる」
「ありがとう。次に零次には落雷クラスの稲妻を上空に打ち上げてほしいんだ」
「落雷って二百万ボルト以上ってことだろ……」
「できそうか?隠れて帯電の練習をしてたんだろ?」
「その言葉で確信した。今ならできるはずだ」
話を聞き終えた三人の表情は曇っていた。だがそれしか方法はないといった危機感から了承するように三人が頷きチームによる実践が開始された。
倉庫までの距離は身体加速した体でおおよそ十分と見積もり三人へ配置っと結構時刻をメッセージに記載し集は屋根づたえに最短距離を行く。距離が近づくにつれ銃声と爆音が聞き取れた。道に停車されたパトカーのほとんどがバンパーが開いている。
「沙耶もう一度だけ俺に力を貸してくれないか」
「なに……よ。おひめ……さまきぶんをあじわってっ……たのに」
「無駄口叩ける元気はあるみたいだな。沙耶に俺の権限を委譲する。了承してくれないか」
「なんだか……しらないけど……いいわ……わたしがかんり……してあげる」
「セキュリティの解除を頼む」
集の能力によるものなのか、それとも月明かりに照らされた集の横顔がそう思わせるのかはわからない。ただ躊躇っている場合でもないのも沙耶は理解してくれた。
屋根づたいに移動する集の足音すら沙耶の心臓に負荷がかかっていた。そんな中でも、いやそんな状況だからこそ彼の助けにならないといけないと感じ感覚のない指先で服にしがみつき上体を上げる。反応した集の顔が近くに感じ、誰に指図されたわけでもなくそっと唇を重ねた。
集は、ぴったと足を止め戸惑いながらも彼女に声をかけようとするも、すでに首元にも力が入っていない。
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