第17話 拉致事件2

 残り五人となったところで一人だけガスマスクを被らない者が目に入る。


「残忍ですね。気絶するほどの痛みって経験したことはあります?」


 指揮官の発言と共に全身に痛みを覚え入口まで跳ね飛ばされた。零次との手合せで見せた力場の復元を思い出させる。


 痛みにうっすら目を開くと鏡から出てきたんじゃないかと思えるほど夜辺 集と瓜二つの男が立っていた。背格好も顔つきもドペルゲンガーじゃないかと思えるほどに。


 だが彼と対峙する前に攻め入ってくるその他を無力化する必要があった。鍛え抜かれた体を見る限り身体能力向上系の可変する絶対値。

 やむおえず事象改変を起こそうと口を開いた時、集が感じとったものは発声ができない事実だった。振動操作系統の能力だろう。


 仕方なく意識を刈り取ることへ専念する。だが加速能力に阻まれ肉弾戦へ突入した。

 足の動きから蹴り軌道を予測し間合いに腕をいれるも、速度も一発の重みも耐えるだけの肉体強度は集になく、あげく加速によるドーピングの副作用から全身の筋肉が悲鳴を上げている。


 現状の打開策が検討もつかない集は両手を挙げた。


「どうです私が用意した戦友は。あなたを完全封殺していることにお気づきでしょう? あなたの能力は言葉による事象改変と暗示による身体加速が売りだと密告がありました。なのでそれなりの対策を用意させていただきましたよ。話ができないなら身体加速でなんて野暮な考えは止めていただきたい。この空間には肉体強化系、ガス発生、酸素濃度の調整など君の対策が詰め込まれてます。あなたが帰還する術はないと断言しましょう。任務など忘れて私の仲間になりませんか?」


 沈黙する集にさらに問いを投げる指揮官。


「あなたの自己暗示による加速能力は実質、速度そのものを上げるものではない。体を一つの個体と定義づけ体感速度を操作するものだ。人が超えることができない壁を消しているだけです。身体強化との大きな違いは肉体への過度の負荷でしょう」


 パンパンと指揮官は胸の前で手を叩いた。


「そうそう。ここからが本題です。この方誰だかわかりますか?」


  集によく似た彼が指揮官の影から現れ横並びに立った。異色な髪色をしている点を除けば自分だと錯覚を覚えるほど集に似た彼。


「彼の名は夜辺 集二。あなたの染色体から生み出したクローンですよ。千を超える素体の中で唯一の生き残りです。完成度をあなたを凌ぐ人材です。規約をかけられ不完全な、あなたと違い偽物が故に本物を超える集二。どちらに軍配が上がるか興味が絶えませんね」


 指揮官は口角を上げ夜辺 集二に視線を送る。


「集二あいさつを」

 名を呼ばれてか集二が一歩踏み出した。

「あなたがオリジナルか。銃を複製」


 集二の手元に現れたライフルは先ほど破壊したものと同じ型式のものだ。トリガーにかけられた指が引き金を引くことにためらいを感じられない。降り注ぐ銃弾が集を射抜き痛みに顔を歪める。倒れることはなく、致命傷であった腹部を押さえコンテナの陰に転がり込んだ。


 背後のコンテナは絶え間なく金属音を響かせ防戦一方の状態は続いた。集は思考を止めず集二との違いを自問自答し続ける。


(言葉が能力発動の鍵となっている点は俺と同じだ。今まで考えたことなかったが自分自身を打倒するにはどうしたらいい。零次が戦術として耳栓を用いた前例があったが会話が成立する相手が複数人いるのは大問題だ。活路があるとしたら代償を使い切るまで能力を行使させることくらいか…)


 自身の対策など思いつくわけもなく退路を確認するべく方位を確認する。入場してきた門はシャッターが下り二階の窓枠は鉄板で封鎖され逃げ道は見当たらない。

 必死の中なぜだか笑いが込み上げた。


(ここまで対策されてはお手上げだな)


 そんな考えも束の間、集二の行動は止まり再び耳鳴りに近い声が頭に流れ込む。


『彼の完成度はどうですか?この世界に同一の能力は二人もいりません。ここで死するか、軍門に下り我々 rejection Absoluteの一員として活躍するか選んでください。これは余命先刻です。返答次第では、あなたは偽物に殺される』 

 

 水無月 陽が軍に所属している以上、恩人である彼女を裏切りことは頭になかった。可変する絶対値で身近なだれかを救えればと過酷な任務に身を投じてきた集にとって断固として組織を許せるものではない。だが現状をみるに首を横に振った瞬間にはコンテナごと蜂の巣になる予感がある。


 この空間には発声という概念をかき消すよう複数の能力で細工されている。それを考慮しても逃げおおせる手段はない。陽を裏切る決意を固め集は両手を上げ身をさらそうと心に決めた。


 緊迫感の中、金属音が入口のシャッターから轟き救援の期待を込め踏み止まる。シャッターには斜めに切り込みが入り沙耶が心配そうに「集」と呼びながら駆け寄ってきた。


「大丈夫。今治療するから」


 白昼夢に思える光景の中でも優しい言葉。尖った声はまさしく彼女のものだった。

 なぜここに沙耶がいるのか、そんなことを考える余裕もなく握られた聖剣に手を添える。


『ここから逃げて救助を呼んでくれないか』

 声が出ない状況と脳内に流れる集の言葉に沙耶はあたふたしている。

『これは指揮官の能力テレパシーだ。とわいえ範囲も狭いしあまり使い身はないな』

 使い慣れない能力に沙耶は金魚のようにぱくぱくと口を開けていた。

『対象をイメージして考えるだけで会話は成立するから』

 沙耶は集の顔をじーっと見つめると漸くコツを掴んだように話は進む。

『嫌よ。救援が来るまであんたが無事で済む保証はないでしょ』

『このままだと共倒れ……』

 頭をよぎったのは沙耶の逆刃に能力だ。

『ここだと俺は無能だ。だから沙耶。お前にこの場を破壊してほしい』

 沙耶は首を縦に振る。

『破壊?』

 疑問符を浮かべる沙耶へ現状説明と打開策を伝える。

『この空間は酸素濃度が薄い上、振動制御により会話が成立しない。だからコピー能力まで使ってテレパシーで話をしているわけだ。はっきり言おう俺はもう動けん。だから聖剣の逆刃に宿る能力の使い道を教える。指示した通りに動いてくれないか』


 沙耶が頷く姿に安堵する。同時に彼女だけは逃がさないといけないと義務感を感じる。


『君の逆刃には発動者しか消火できない炎が備わっている。酸素の薄い密閉空間なら発火させるだけで倉庫は消し飛ぶはずだ。手前の二人に聖剣を見せつけてくれ。それで解決するはずだ』


 沙耶はコンテナ裏から集二の前に飛び出し両手を広げ前線に立つ。現在まで医療方面を伸ばしてきた沙耶の聖剣は合図もなしに炎を纏う。


『面白そうな能力だ。もらおうか』


 集二の手元にも炎が出現しコントロールがきかない炎が敵陣を飲む込む。後方では炎に焼かれ地面に転がる人々の姿があった。沙耶の能力をコピーした集二も消せぬ炎に半身が燃え上がっている。


 解析で判明していた沙耶の能力は大きく分けて二つ。周囲からの生命力を治療へ転化する表刃、逆刃には術者しか鎮火できない炎を生成する能力が宿っていた。


 だからこそ集二への対応策としては十分だった。


 集の絶対値コピーは絶対値の一部をコピーするものだ。だからこそ、沙耶にしか操ることができない能力に勝算を見出した。集はあえて沙耶へ逆刃に宿る能力を使わせた。


 沙耶の能力は聖剣を通じ炎の鎮火が行える。炎のみをコピーした集二に鎮火することはできないと集自身の欠点からきた発想だった。


 炎が充満した密閉空間であった倉庫は大爆発を起こす。だが空間は固定の領域内にあるのか建物は崩壊することはなかった。致命傷を負っている指揮官は腕を切断してまで炎を落とし集二も半身が焼きただれ嗚咽を上げている。


 沙耶の『逃げよう』という提案に肩を預け集はおぼつかない足取りで浜辺から離脱した。

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