第16話 拉致事件1

「集のやつどこいったのよ」


 沙耶はアナウースが鳴ってから1時間近い時を教室で過ごしていた。


 しびれを切らし教室を飛び出し、行き着いた場所は最上階へ続く階段だ。入口は頑丈な警備が張られており咄嗟に手すりに身を隠す。すると陽の登場で開いた窓から会話が漏れ沙耶の耳に届く。

 

 耳にした情報は隕石を花火に変えた誰かを特定するには十分な情報量であった。集を待っていたのも真実を彼の口から聞き出す為であったが本人に確認するまでもなかった。


「今回は米原少尉のテストも兼ねている」舞先生は握った紙を振り回しながらそういう。

「テストですか」

「君の能力は言葉で現実を歪めるものだ。日本人であれば自己暗示以外の能力も使えるが外人が相手だった場合どういった展開になるのかが今回の実験だ。上も対人兵器としての正確な機能を知りたがっている。現在まで相手が日本人もしくはツーマンセルの環境下での指令が大半であったはずだ。だが今回は違う。外国語の相手に君の能力がどこまで通用するかのテストだ。結構は本日二十時。指令書に記された座標で任務を遂行してもらう以上」

「は」と敬礼をした集は猫背で校長室を出ていく。


 気怠そうに階段を下る集が横目に入り二階へ逃げ込んだ沙耶が足音を立てずに尾行する。後をつけられていることも気づかない集は十二時から何事もなかったように学生らしい休日を過ごしていた。


 お昼にはファーストフードでハンバーガーをほうばり本屋で立ち読みをする脳天気なところまで、これから任務をこなす人間の行動とは思えないず沙耶は店内へ踏み込んだ。


 本棚を跨ぎ隣の通路で沙耶は手鏡を取り出し様子を伺うも集は手にした本に夢中で気づかない。


(対人兵器が尾行に気付かないって……集らしい)


 日も傾きだした頃、洋服店へ入る集を出入り口で待つ。話で出てきた時間まで刻々と迫る中、集は出てくる気配はなく右足が一定のリズムを刻み動き出す。集が店頭に入って、おおよそ三十分が過ぎようとした。聞こえてきた話では二十時から任務だと認知していた沙耶は店内を覗き込こんだ。

 社会人が賑わう時間帯とあり人通りが激しくなる中、パーカー姿にマスクとあからさまに集だと思える人物が自動ドア越しに見え尾行を再開する。


 任務場所まで把握してなかった沙耶はパーカー姿の集と共に電車に同乗した。


 集は老人に対して「席どうぞ」なんて親切心を見せ、これから任務にあたる人物とは到底思えず無意識に視線が行く。

 集が下車したのは海岸沿いに近い駅だった。前を歩く集からは自緊張感の欠片も感じ取れない。学園生活と変わらない猫背にゆったりとした足取りは二十時、間近でも焦った様子はなく海沿いの倉庫前に到着した。集は通信機器を首元に備えているようでこまめに首筋を触っている。


 沙耶の尾行に気付かない集は左右の頬を叩く。


 集は「任務にあたる」と言い残し手ぶらのまま手紙に記載されていた座標にあたる倉庫へ向かっていく。入口には異国人だと思われる坊主の男性二人がハンドガンを片手に周囲を警戒していた。時間帯もあり肌の褐色から日本人だと識別するのは難しく集は(倍速)と自己暗示による身体強化をかけ倉庫へと歩み寄る。


「Who is it?」

 銃口が集へ向けられる。

「ここどこですかね。交番は近くにありませんか?」

「 Is it a common person?Go away」


 英語が不得意な集は外人に向かって「手に持ってるそれ。おもちゃですよね」と能力を行使する。だがハンドガンには異変は感じられない。それどころか言葉は分からずとも敵とみなされていることだけは察知できスライドを押しぬき首筋に打撃を与える。無力化した外人を倉庫脇へ運び再び入口にたった。


「やっぱ言葉の壁は越えられないですかね」


 現状報告をする集を前に沙耶はコンテナに体重を預け半眼で集を伺う。


 集は制圧した外人から銃を拾い手慣れたように暗がりの中、銃を原型まで復元させていた。その手つきは日常的に行っているかのように見事な手際だ。門に耳を添え内部を確認する集のしぐさも沙耶には別人に見えていた。


 門に耳を当てた集には倉庫内の会話が聞き取れる。あらかじめ舞先生から頂いたケースをポケットにしまい施錠している鎖に銃口を向け引き金を引く。サイレンサーが銃声を抑え空気が抜けたような音がし扉がうっすらと開いた。


 集は中の様子を確認すべく倉庫内を覗いた。中央には拉致された人々が数十人で固められており二階からは正面、両サイドに三人の警備が配備されている。


(複数人の相手は専門外だが)


 戸を蹴り強襲をかけた。人質前でライフルを下げる者へ発砲する。背後に回りライフルで両サイドの警備を打ち抜いた。

 まずは一息と呼吸を整え乾いた瞳をいたわるように瞼を下げる。すると先ほどまで視認できなかったメガネにパーマが特徴の男性が人質前で腕を組んでいた。


「ずっと君を待ってました。軍も対外ですね。複数人相手に対人専門の君を派遣するとわ。君の目的は達成されてますから大丈夫ですよ」

「目的?俺が命じられたのは売人の排除と拉致された人たちの保護だ」

「なら既に完遂ですね。なにせ彼らは私に賛同する者達ですから」


 指揮官と見られる男の不敵な笑み。人質と認知していた人達が一斉に立ち上がり能力を発動したのを感じ取った。


「この人達はページ1のゴミですが、君の対策に当たってはうってつけの人材なんですよ。なぜだからお分かりですか?」

「言葉が通じる相手なら俺の敵じゃない」

「敵じゃない?入口の外人から、てっきりあなたへの対策はばれていたと思っていたのですが、所詮学生といったところですかね。物は試しです。みなさん射撃準備を」


 挙げられた手に二階から足音と共に複数人の外人が現れた。手にしているライフルの照準は集へ向けられる。振り下ろされ手に連動して集へ弾幕が襲い掛かった。そんな危機的状況でも平然と「その弾は跳ね返るぞ」一言で鉛玉は銃口へ帰っていく。


 ライフルが壊れ慌てふためく姿に集は勝利を確信する。だが指揮官の感に障る笑みは止まらない。


「ベクトル操作ですか。ホント万能なものですね。聴覚からの能力発動ですか。共通認識が事象そのものを引き起こす能力なんて多芸すぎて困りものです。でもこれならどうでしょう」


 倉庫内から複数の能力を感じ取り集は興味なさそうな顔で辺りを見渡した。ライフルを持った外人の制圧は済み残りは指揮官だけの状況下に任務が順調に思えた。だが認識が間違いだったのか硝煙臭と共に息苦しさを覚えた。


「次はどうです」

 指揮官の胸元から取り出されたリボルバーの引き金が即座に引かれ「弾は右へ曲がる」と虚言を吐く。だがどうだ。弾丸は曲がることなく集の肩を貫いた。

「不調ですかね」


 集には耳からではなく脳内に言葉が流れてくる感覚があった。捕虜はガスマスクを被りガスでの対抗を懸念する。


「お気づきできすかね。この空間には複数の能力が関与しております。あなたが感じたように酸素濃度を下げるなどのいわゆる、あなた個人への対策が施されています」


 倉庫内で身動きするものは指揮官のみだが声が出ない。声が出ないということは能力を活用することはできない。集は暗示による身体強化へと戦略を変える。


(三倍速なら一網打尽にできるか)


 指揮官を横切り拉致されていた能力者へと踏み込む。

 意識を刈り取るように腹部、首筋へと拳を飛ばす。呼吸が可能になったことを感じつつ保護対象を体術のみで気絶させていく。

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