Dear my stranger / 知らない男 (JA)
※※※既出のCP(ジェイ×アレン)の数年後で、片方が結婚して子供がいます。
このCPが登場する話↓
The pink elephant in the room
https://kakuyomu.jp/works/16816452220786401591/episodes/16816927860130692279
l'm on the edge of XXX
https://kakuyomu.jp/works/16816452220786401591/episodes/16816927860545402473
Four-twenty
https://kakuyomu.jp/works/16816452220786401591/episodes/16817330648046148983
わが家には知らない男がいる。
父は忙しい男で、いつも家にいなかった。帰ってきたと思えば、すぐにその「知らない男」に無言で抱きついて、しばらくそのままでいる。無口で、表情も変わらない父が、人間らしい気の抜けた姿を見せる数少ない機会だった。
知らない男は、アレン・チャンという名の、父と同い年の男である。自分が生まれる前(つまり、五年前)からこの家に住んでおり、気まぐれに自分の面倒をみることもある。そういう意味では“知っている男”だが、より詳しい素性や、この家に住んでいる経緯や理由は全く知らない。細身でアジア系の、切長の目をして、髪を短く刈り上げている右の側頭部に、蛇のようにのたくった傷痕がある──服装もこの家の中では異色なのだと思う。黒い革の上着やだぼついたシャツ、アーティストのサインが入ったスニーカー。自分に触るときは外す、トゲやデコボコのついたシルバーのアクセサリー。
父が、家でもスラックスにベルトをしめていたり、自分がサスペンダーとソックスガーターをつけているのを初めて見たとき、彼は嫌そうに舌を出していた。どうやら、自分たちがお出かけするときのような格好が苦手らしい。
今朝も、離れにある彼の寝室から、遅くに起きだしてきた彼は、なんだか知らないおじさんの白黒写真が印刷されたグレーのシャツにだらりとしたボトムをはいている。
自分は、それを見かけて、密かにあとをつけた。母は朝から用事で出かけていて、シッターがいるが、自分はおとなしくてよい子なので勉強時間中は放っておいてくれる。今は、自分の部屋の片付けをしてくれているはずだった。
キッチンに入ってきたアレンが、アルコールのボトルを物色しているのを物陰から見つめていると、振り返った彼と目があった。
「ウワッ、いたんか。……ちっこすぎて見えねーよ」
いったん酒を置くと、胸元に引っかけていた眼鏡をかけて、こちらへ歩み寄ってくる。
「坊主、今日も可愛くねえツラしてんなぁ」
そう云いながら、唇の片方の端をつりあげて、アレンは自分の頭を乱暴になでた。父と同じクセ毛が、さらにくしゃくしゃにされる。
「小難しい会議した後の父ちゃんそっくりだぜ、まったく。そんなとこ似るなっつの」
父はいつでも表情が変わらない。長い黒髪をくくっているかいないか程度の違いで、会議のあとでも寝起きでも、いつも同じに見えるが、アレンにとっては違うようだ。
日によっては、頭が痛いだの腰がやばいだのぼやきながら鎮痛剤を大量に飲んでいるアレンだが、今日は調子と機嫌が良いようだ。アイ・オープナーと呼んでいる、いろいろな酒を混ぜた液体を一気に飲み干したあと、自分のほうを見て「なんか飲むか?」と少し身をかがめて訊ねてきた。うなずくと、彼はアイランドキッチンを見わたし、それから洗いたてのミキサーを一瞥して「昨夜作ったミルクセーキなら冷蔵庫にあんだけど」
「
希望をいうと「……おまえそういうことは忖度しねーよな……」とほっぺたをつままれた。
アレンの自分に対する態度は、シッターやハウスキーパーとは違う。祖父母や叔父叔母などの親戚と会うこともあるが、それとも違う。最も近いのは、以前ドラマで観た、すこし歳の離れた兄と弟のような雰囲気だ。けれど、アレンは自分の兄ではない。
「アレンはしごとをしていないのか」
一昨日、仕事だと出ていった父のことを考えながら訊いてみると、アレンはびたりとティーの容器を傾けるのを止めて、こちらを見てきた。
「…………あのねえ、」
大きなため息をついたが、結局、お茶はぜんぶ注いでくれた。そのコップを手渡してきながら、テーブルの上から何か薄いものを取った。
「俺はこの板でなんでもできるんですよ、坊ちゃん」
そう云いつつ、薄い薄い、銀色の板を自分の方へ、銀盆のように差し出した。四角いそれは、アレンが指で触れると、液晶にいろいろな通知がポップアップする。自分が、動画を見たりするときに使うミニタブレットと似ている。
「
「しごと」
「そうそう。今は、あーそうだな、なんて云うかな。プログラミングってわかる?」
「ぷろぐらみんぐ」
「んー…プログラミングってのは
液晶上に色んなものを表示しては消しながら、アレンは少し考えて、なにかカラフルなページを開いた。
「今、お前のパパがどこにいるかはわかるぜ」
表示されたのは自宅付近の地図、その上を、青い光る
白い客間や、朱色の階段や、桃色や真珠色の廊下を通って、黒い大理石をいちめんに敷いた玄関へたどりつくよりも前に、廊下の端の紅い扉がぎいっと開いた。
客観的な評価として母よりも整った顔に、長い黒髪をたばねた父──ジェイ・ランは、その扉を開けて廊下の様子を見てとるなり、まっすぐにアレンの方へカツカツの歩み寄ってくると、上等だが暗い色のコートも、雪のついた革靴も、濡れたマフラーも脱がずにそのまま抱きついた。
「ここにいたのか、アレン」
「おう、ジェイ、俺より先に息子を探せや」
アレンに言われて、父は目線を自分の方へ向けた。「おや、いたのか、ロビン。五歳になっても小さいな、お前は」
「おい、言い方あるだろうよ……いや、似たようなこと俺もさっき言ったけどさ……」
ぼやくアレンから離れ、父はかがみ込んで自分と視線の高さを合わせた。そのまま、自分の目をまっすぐ見つめながら「ただいま、ロビン。昨日は何をした」と会うたびに必ず訊くことを訊いた。自分も常のとおり、昨日一日したこと、勉強したこと、新しく覚えたことなどを報告していると、不意に体が浮いた。脇に手を入れられ、抱きあげられている。自分の腹回りを支えている手をみおろすと、アレンが好んでつけるシルバーのブレスレットが見えた。
「教育熱心なのも大概にしな。そろそろホリデーだぜ、ダディ」
「…………そうだな」
「おい、俺のダディ呼びにちょっとテンションあげてんじゃねえよキショいな」
息子の自分もよくわからない父の表情の変化に言及してから、アレンは自分の体を軽く揺さぶった。
「坊主もせっかくのクリスマス・ホリデーくらい、ダディと遊びたいよなぁ」
「ロビンは僕と遊びたいか?」
父からも訊かれたので、素直に「クリスマスだからといって、とくべつあそんでほしいとはおもわない」と答えると、頭の上から大きなため息が降ってきた。
「五歳のガキがする返事とツラじゃねーんだわ」
「顔は当時の僕とそっくりだと父も母も云うが」
「つまりガキらしくねえってことだろ」
なあ坊主、パパがクリスマスもお仕事で、寂しくねえのかよ? とアレンに顔を覗き込まれた。だから素直に答えた。
「アレンがいるからさびしくない」
それに、母と母の友人とシッターと祖父母ともいっしょにすごすのだし、と付け加えると、アレンが「素直って残酷だよな」と半笑いでコメントした。父は真顔だったが、少しだけしおれたような気がした。毛に元気がない。
「……あそんでほしいというのなら、とくべつな日だからというのでなく、ふだんからあそんでほしい」
かわいそうだったので、抱きあげられたまま、腕をいっぱい伸ばしてよしよしと父の頭をなでてあげた。なぜかアレンがものすごく笑ったが、父はアレンに抱きつくときと似た雰囲気をしていたので、問題ないと思った。
わが家には、知らない男がいる。
彼がなぜ、結婚して子供もいる父にとってこんなに特別なのか、父以外は知らない。
だけど、それで良いと思う。
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