★Four-twenty (JA)

こちらのCPの数年後、2人とも成人してからの話です→

https://kakuyomu.jp/works/16816452220786401591/episodes/16816927860130692279





「なーぁ、ジェイ。明日の夜ヒマだよな?」

 広いベッドに腹這いになって、ラップトップを叩いているアレンが、確定事項のような口調でそう訊くと、ジェイは振り返った。

「空けることは可能だ」

「明後日も空けとけよ」

「それは難しい」

「じゃ、在宅にしろよ。どうせ例のくだらねー経済学者たちの踊る愉快な会議だろ」

 だるそうに言いながら寝返りを打つと、身体の下からクシャクシャのキャンディの包装紙が出てくる。それを拾ってゴミ箱に捨てるジェイの肩を掴み、その耳元でアレンは「楽しーことしようぜ」と囁いた。



 明日の夜、というのはつまり、世間でいうのなら週末の夜ということだった。

 アレンの先導で、さらに珍しく徒歩で、ジェイが連れていかれたのはチャイナ・タウンの近くの繁華街だった。

 ディランズ・キャンディ・バーのようなカラフルな、ロッククライミング・カフェの上階。

 ヌガーにロック・チョコレートを突き刺したような、外壁にへばりつく不安定な階段を登った先の扉には、古びて傾いたピンクのネオンサインで「vOOm」の文字。

 その下にさがる、Four-twenty dayと書かれた小さなプレートをじっと見つめるジェイの肩に、アレンがチェシャ猫のように笑って手を回す。

「マリファナだよ」

 形のよい眉を少し持ち上げたジェイの肩を抱いたまま、強引にアレンは扉を押し開けた。

 ピンクのシャツにバービーのようなメイクをした青年が、彼らを一瞥して目を──ただでさえ蜘蛛のような付け睫毛に縁どられた目を──さらに大きくする。

「あれ、珍しい顔じゃん」

「ちょっと風向きがね」

 青年とハグをして、アレンはジェイに肩をすくめてみせる。「コイツがここのオーナーのBB、賢いバカだ」

「どうも」

 手を差し出してきた青年を、不躾なほどに真っ直ぐ見据えながら「ジェイだ」と名乗る。

「あんたがアレンの──へえ、なるほどね」

「ここはどういった場所なのか、説明を求む」

 ずばんと切り込んだジェイに、「聞いたとおりだ」とひとしきり笑ってから、BBは「会員または紹介制。詮索と揉め事はご法度。酒とドラッグと煙草──ちゃんと分煙だぜ。はダメだけどは本番OK、お互いほどよくハメを外しましょう」と店の奥を指さした。

「なんだっけ、ハプニング・バー? ニッポンの文化らしいぜ」

「そ。シンジュクってとこで行ったんだけど、あれはよかった。会員制だからヤバいヤツを弾けるし、客からしたらパーティー開くより手軽だしな」

 もうやってる? と訊ねるアレンに、ああ、面倒起こすなよ、と吸引器を渡しながら、BBはジェイに細めた目を向ける。「あんたもやるのか?」

「やるよ」ジェイが答える前にアレンが言い放つ。何をだ…と考えているのが聞かなくてもわかる眉間の皺をとんとんと指で叩くと、アレンはジェイの腕を掴んで店の奥まで進む。

「あれは誰だ」

「あ? 知らねーの? お前俺のことなら全部調べてやがるのかと思ったよ」

 そうでもないぞ、と言うジェイの無表情が、少し不満そうなのをアレンだけがわかる。

「昔、州の科学フェアで知り合った奴だよ。すげえぜ、少年院内のスクールから出場してたんだ。宇宙・天体の部門だったかな…」

 椅子のない高いテーブルばかりが、夜に光る菌糸類のように青白く点在する店内で、アレンは慣れた手つきで吸引器を操作する。隅には時代遅れのジューク・ボックスがインテリア代わりに置かれていた。既に数人がおり、硬い床に座り込んで笑いあっている者もいる。

「ほら」

 差し出された吸い口に、表情こそ変えないが、ジェイは無言で首を振った。

「おいおい。ここまできて吸わねえってのはナシだろーよ」

「これがお前の言う『楽しいこと』か?」

「……なに? 今さら。ヤクだのなんだの使いまくってたのはそっちだろ」

 言いながら、不機嫌そうに吸い口を咥えたが、不意にその薄い唇を離して弧をつくった。

「……期待しちゃってたわけ?」

「なにを」

 言いかけたジェイの手首を握り、アレンはチェシャ猫じみた笑みを浮かべて扉のほうを指さした。

「じゃあ、行こうぜ」



 生肉のようなてらてらと光るピンクのソファ、流れているのはドープなEDM、扉の向こうとは雰囲気が明らかに異なる。勝手知ったる、という風にアレンは奥へ歩いて行くと、半円の、ベッドほどの大きさがあるソファにどさりと腰をおろす。

「喉渇くんだよな、マリファナ。煙だけでも」

 カウンターで買った大きめのミネラルウォーターのボトルを三本、ソファの足元に置くと、アレンは珍しく積極的にジェイの手を取って遊ぶように指をくっつけたり離したりし始めた。

 アレンが興奮してジェイに触れてきたのなんて、国際学生科学技術フェアISEFで賞を勝ち取ったとき以来だ。最優秀賞の発表の際、名前を呼ばれて、抱きつかれて快哉を叫ばれたときはジェイは─賞にではなく、アレンの勢いに─固まっていた。7万5千ドルだぜ! おい! 叫ぶアレンの首の、蜥蜴のタトゥーが、紅潮した皮膚の上で汗ばみうねっていた。

 今も目の前にある、タトゥーの這う首筋にあたるブルーとピンクのライトに視界と思考が染められていく。自分の耳孔にねぶる舌先が侵入して初めて、感覚が現実に返ってくる。

「──ここでするのか」

「あ?」

 何を今更、と眼差しの表情だけで語るアレンは、その視線をふとジェイの後ろにやり、片目を細める。振り返ると、カップルがこちらを見ていた。怒るかと思ったアレンは肩をすくめ、舌を出す。「カワイーイ」女の声がして、男が含み笑う。

「……そもそもそういう目的の店か、ここは」

「今更かよ。こういうの、よくあるだろ。てか、あるんだよ」

「こういう店に来ることが?」

「あー、違、なんてーの? 見られそうなとこで、とか、複数人で、とか、パーティーでハメ外して、ときどき…たまに…おい、髪どけろよ」首に甘く噛みついてやろうとして、ジェイの頸に垂れた髪に顔を顰める。

「こういう場だけでなく、普通の──誕生日のホームパーティーなどでもそういうことをするのか?」

「ああそうさ、地下室とか、オーディオルームとかある家ならサイコーだよな。多かれ少なかれ誰かしらが女連れ込んでヤってるもんさ」

 ま、俺のダチみてーな連中だけの話かもだけど──口はよく回るようだが、切れ長の目はじっとジェイの顔を見上げていて、不意に薄い唇に舌が這う。獲物をどこから喰らうか考えている肉食獣の眼だった。

 髪が邪魔だ、とアレンの体を少し離して、ジェイはヘアゴムで髪を括り直した。

「一体どうしてこんなところに連れてこられたのか、説明してくれ」

 ローションをぬちぬちと手にまぶしていたアレンはため息をついて、もはや癖のような鋭い目つきでジェイを睨みあげる。

「お前最近クスリ盛ってこねえじゃん。それに正直マンネリっつーか、やれそうなことほぼほぼやっちまったし。今より危ないことされたら俺死にそうだし。─そういやこういう店来たことなかったな、と思ってさァ」

 とろとろと垂れるローションと同じようにとりとめなく喋りながら、アレンの指がジェイの白い肌にねばりつくように触れてくる。冷えたら冷めンだろ、早くしようぜ。

 隣のブースで誰かが喘ぐ声がする。隣だけじゃない、チェーンの向こう、歩きながらキスをするカップル。

 また女の声がする。あの子たちカワイイ、バンタンのメンバーみたい。韓国人? 聞こえる声にアレンが中指を立てる──ローションにぬめる深爪。女性たちの軽やかな笑い声、「ゴメンねぇ。肌キレイだからさ」「バーカ、ヤク漬けだよ」──アレンも笑って返し、ジェイの耳の下に口づけた。頸動脈に舌を這わせ「ドキドキしてんじゃん、ガラにもねー」と擦り合わせるようにハグを仕掛けた。薄い布ごしの鼓動は驚くほどお互いに激しく、内側から肋骨を叩くようだった。

 慣れた手順も人前だと思うと、羞恥による興奮を増大させ、快感への耽溺を鈍らせもする。ないまぜになったたくさんの感覚のなかで、性急に事を進めようとすれば、互いの獣性のようなものが垣間見え──結果、否応なしに昂ぶる。

 アレンが商売女のような手つきで扱きあげると、すぐに硬くなるものに満足そうにキスをする。「いい子じゃん」

「…どういう意味の『いい子』だ、それは」

「感度」あー、お前が人前じゃ勃たねえみたいなナイーブ坊ちゃんじゃなくてよかった、と歯を見せる。捕食者の笑みだった。

「お前」

 チェーンの隙間から視線がすり抜ける。刺さる、刺さる、不特定の欲望の目が。

「どうするよ? 人、増やすか──」

 その言葉を遮り、ジェイは覆いかぶさるようにアレンの身体に抱きついた。

「───ッ、」

「っあ、…どーしたよ、なに、見られて興奮した?」

 アレンの指がジェイの腰を叩き、汗でずるりと滑りながら前後する白い尻を掴み、足を開いて奥へ導こうとする。その強請りに乗れば、ひくついた喉で、明け透けに笑いと喘ぎの混じった声をあげ、アレンはジェイの腰に爪を立てる。

「………う」

「あ? なに?」

「違う」

 脚を掴み、折り畳むような姿勢をとらされる。嫌いな体勢なので、遠慮なくキレてやろうとジェイの顔を睨みあげると、背筋に火花が奔るほどに美しい顔、その顔に生々しいひずみと汗の滴りが視界を支配して思わずその顔を掌でつかんで唇に噛みついた──肌はやはり熱かった、口の中と同じように。ジェイの舌が分かりやすくこちらへ入ってこようとして、そんなに侵したいならはやくこの半端な位置で焦らしている腰を振ればいいのに、暗喩のように少し硬くなった舌の厚みに自分の同じ器官をからみつかせて吸う。欲より甘えたい気分なのだとしたらちょっと可愛いかもしれない。そんなふうに考える余裕ももうすぐ無くなるのだろう。

 息継ぎのために唇が離れて、それでも額が触れあうほどの近さでジェイはアレンの両眼を見つめている。その視線を受け止めて、どろりと溶け落ちるように、アレンの唇の隙間から二股の舌が這い出る。

「──なに、嫉妬した?」

 答えは肉体で返された。堪らずあげた笑い声が悲鳴のように掠れて聞こえ、あたりの音が遠ざかる。帰ってからまたしようぜぇ、と汗でぬめるうなじを掴んで囁けば、歯を食いしばっていたジェイは低く「はやく、帰ろう」と、ほんの少しだけ──さみしそうに呻いた。





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