Crazy Asian Lovers

★The pink elephant in the room (JA)

※性描写、軽度の暴力描写あり

※薬物、未成年飲酒などのインモラルな要素あり


攻 ジェイ・ラン(よそのこ) 人間性以外の全てを兼ね備えている才色兼備男子高校生。

受 アレン・チャン 治安と倫理観が終わっているが人間性はそこそこある不良男子高校生。




 痛い、とか熱い、とか思ったのはちょうど肩胛骨のところで、なにか固い角で引っ掻いたような刺激に、朦朧とした頭で振り返ろうとしたら、髪を掴まれて思いきり首を反らされて固定された。背中から押しつけられているテーブルの上に、もがく指を這わせれば、散らばった幾つもの駒に当たる。がらんがらんと床に落ちていくそれは、ガラス製のチェスピースだ。燃え上がりそうな身体で触れるとびくっと震えるほどにつめたく、固い。それに意識を持っていかれそうになった途端、首に巻かれた細いベルトが締め上げられ、頭の血管が破裂しそうになる。

「……っ、………、……ッあ゛……」

「まだ気を散らす余裕があるのか」

 実験の経過を確認する口調でのたまう目の前の男の、それでも潤む白眼の部分が少し充血している。あー、興奮してんのかよ、これで──俺のなかにブチ込んでるブツは随分ご立派なようだけど──酔った女みたいなおキレイな顔だち、ほんと腹立つ男だな。

 ずる、と足が滑って、踏んだのは黒の騎士ナイト。馬の頭ってぺニスみてーだよな、グロテスクな。突っ込まれたら粘膜が傷つきそう。知らねーけど。こないだ突っ込まれたドラゴンフルーツみてえなディルドとどっちがクソだろうな。

 なんて最悪の二者択一で遊んでいたら、それを咎めるようにベルトがもう一度締め上げられ、内臓を潰すように突き上げられて、目の前が真っ白になる。

「──さあ、いつものように、聞かせてくれ。今、どんな気分だ?」



 だいたい、今日のこいつはおかしかった。いやおかしいのは通常運転なんだが、せっかくのアフタースクールにいつものあの間の抜けたクソ長いリムジンに俺を引っぱり込んだ時点で、なんだか──あの鉄面皮の裏の感情を読めるようになってしまったのは癪だが──浮わついているように見えたのだ。

「ンだよ。またクッソ趣味の悪い、新しい"遊び"でも思いついたか?」

「出してくれ」

 俺をガン無視して運転手に言いはなった男の韓流ドラマ俳優みたいな横顔にブチキレそうになったが、そこに滲むわずかな愉悦の気配にぞっと背筋が凍り、言葉を一度飲み込んだ。

「趣味が悪いかはお前の判断に任せるが、別に目新しいものではない。ただ、お前とするのは初めてだ」

「……あー、そうかよ。そいつは光栄なことで」

「光栄なのか?」

「嫌みだよバーカ」

 こいつの言いたいことが意味わからないのも通常運転だ。このジェイという男は、実に人間離れした美しい殻の中に、ヒトの常識が一切通じない泥濘色の怪物を飼っている。ある意味、見た目と中身がぴったりだ。悪魔ってきっと、そういうもんだろ。

 ──同級生こいつは悪魔だ。

 どうしてこいつに目をつけられてしまったのか、思い出したくもない。この俺が、なぜ、同い年の男に完全に主導権を握られ、身体を好き放題されることを許しているのか。──そう、身体を、である。

 ジェイは俺を犯す。ついでに、煙草や酒やドラッグは当然、BDSM、身体装飾ボディ・プレイ人体改造ミューティレーション──なお、すべて不合意──思いつくそばから、靴を試すような感覚で、俺をめちゃくちゃにする。シンプルに犯罪だと思うのだが、非常に不本意ながら、他人には言えない理由で俺はこの男に逆らうことができない。そう、目をつけられた理由は結局のところそれだ。ジェイは俺の秘密を握っていて、それを装填してぶっ放す、権力という銃を持っている。ジェイの手の内にあるときにのみ、それは俺を操り人形にするに足る威力があるわけだ。

 ──それはさておきBut I digress、ジェイがこうして俺を放課後に拉致し、奴の送迎車リムジンに連れ込んだときは大抵の場合、地獄のランデヴゥの開始である。もちろん相応の覚悟が必要なのだが、そろそろ慣れというか、惰性というか、とりあえず車内の嫌みなワインレッドのソファで、くつろいでピンク・シャンパンを傾けるくらいの余裕は出てきてしまった。

 それにしても、"初めて"。こんなに怖気が走る「初めて」は、それこそ初めてだ。こいつにまだされていないことといえば──やめだ。考えるだけで吐き気が込み上げてくる。

 やがて、揺れが特別少ない車内でもわかるほどにリムジンが減速し、ジェイの屋敷についたのだとわかる。スモークガラス越しには長々と続く─まるで刑務所のそれのような─高い塀。正面玄関の車止めまではまだ少しあるが、ジェイは鞄を手に取った。

「そうだ、アレン。家に連絡はしたか?」

「………………お電話をお貸し願いたいのと、ついでに家業の手伝いをサボる言い訳のためにぜひお口添えいただけますかねェ」

「ああ。構わない」

 この車に乗った時点で、ジェイによって俺のスマホの電源は切られている。俺にできることは、奴の電話を借りて、実家のクリーニング店に連絡し「同級生の家に泊まるから今日は店を手伝えない」と棒読みで告げることくらいだ。──ジェイに出会う前は、クラブやらに行くためそういう言い訳をするたびに、嘘言うんじゃないよ危ない遊びをするのはやめなさい、と叱られたものだが。あるときから、本当に同級生ジェイの家に泊まるはめになり、ジェイ直々に俺の両親に挨拶しやがってからはずっと、あらまたジェイ君のところなの、ご迷惑おかけしないようにしなさいね、と上機嫌な母親の声に俺は苦虫を噛み潰したような顔をすることしかできない。冗談じゃねえ、この家でやらされたドラッグやら違法なあれそれが、いったい何十種類に上ると思ってんだ。クラブに行ってた方がまだマシだったろうが。

 車止めから約数十秒間、飛び石の上を歩き、やっと庭園樹木の隙間からみえる巨大な玄関扉──ドアノッカーは大人の掌よりも大きな龍の頭の意匠──を、使用人が開けるのを当然のようにくぐるジェイの後ろで、大変不本意だというのを態度に出しながら、数歩遅れて、屋敷のなかに足を踏み入れる。このとき毎度、飲み込まれた、という感覚を抱く。

 玄関ホールのド真ん中で光ってる、景徳鎮窯だかのクソ高い上にクソデカい壺──このお屋敷に呼びだされるたび、いつも唾を吐いてやりたくなる──に、今日は桃の花をつけた一抱えもある大振りの枝が投げ入れてあって、なんだよパーティーかなにかかよ、と本当に腹が立った。ジェイは花には目もくれずにホール脇の階段をのぼっていく。通りすぎる瑠璃と白の壁には麒麟の彫刻、四不象の剥製。清朝末期の爛熟した気配を漂わせる、いかにも中国風の設えは、朱や金ばかりでないぶん趣味が良いと称されるのかもしれないが、俺にとってはクソ忌々しい成金趣味と大差ない。

 目の前のこの男は──そして、俺も──生まれも育ちもアメリカのはずだ。それがなんだか、家全体にこれ見よがしによその国の文化を麗々しく飾り立てて、恐らくはこいつの親父(一代にして発展した巨大コーポレーションのトップ)の趣味だろう。そのこだわりだか誇りだかがしっかりと反映された邸宅は、まさにCrazy Rich Asiansってところで、虫酸が走った。

「アレン。ボードゲームはどのくらい嗜む」

 廊下を歩きながら唐突に投げかけられた問いに、意味がわからず「は?」と一旦凄む。

「ボードゲームだ。この場合は狭義の──例としては、チェス、リバーシ、囲碁があげられ」

「知ってるわボケ。なんでンなことお前に教えなくちゃならないんだよ」

「遊ぶからだが?」

 キレそう。というかキレた。そこらの物品に当たり散らしてないだけで。

「…………この俺が、アタマ使う類いのゲームを苦手とするようにお見えですかァ」

「外見のみでは得手不得手はわからない。しかし、そういえば、バックギャモンはお前としたことがあるな──学校の遊戯室で」

「あの埃かぶった奴な。つか、あれもなんでやらされたのか未だにわかんねえんだけど」

「俺がやってみたかったからだ」

 いっぺんこいつの脳天カチ割ったりできねえかな、そこらへんに飾ってあるガレの花瓶とかで。

「……で、どうなんだ。得意か?」

「得意なんじゃねえの。お前と戦えるほどには」

 ていうか、絶対負かしてやる。

 そう心中で吐き捨てたとき、ジェイが急に立ち止まり「ここだ」と、螺鈿の鳳凰が黒い面を這う扉に鍵を差し込んだ。

「お前の部屋、青い龍の扉だろ」

「それはベッドルーム側の扉だ。そういえば、お前はこちら側からは入ったことがなかったか?」

「……ハイハイ」

 ベッドルーム直通の扉って、モーテルかよ。と今更ながら思うが、確かに普段はそうだった。

 通された部屋は、高校生の男ひとりに与えられるにはじゅうぶんすぎるほどに広い一室だった。羅漢床風の椅子と黒檀のテーブルが置かれている。壁にはクソでかい窓、墨絵の衝立の向こうにはベッドルームに続く扉。

「普段ならコーヒーかティーかくらいは訊くんだが。今日はこれがあるのでな」

 妙に嬉しそうな声(当社比)に反射的にぞっとしながら、椅子に腰をおろす。そうして卓上に目を落として、初めてジェイの言ったことを理解した。

 そこに置かれていたのは、普通のものより広いチェス盤。並んでいたのは透明と黒のショットグラス。ご丁寧に、キングやクイーンやビショップや、図案が彫り込まれた高価たかそうな細工物だった。

「……なるほどね」

 これでチェスをして、恐らくは取った相手の駒の酒を飲むという余興だろう。酔いは回り、ゲームは破綻していく。

「回りくどいな。要するに酔わせてヤろうってことだろ?」

「いや。確かに酒もこのゲームの"お楽しみ"だが、今回のメインはゲームそのもののつもりだ」

「…………正気か?」

「お前とこんなふうにボードゲームをするのは初めてだからな」

 それでそんなにうっきうきなのかよ。幼稚園児かよ。ドン引き通り越して本気で悪寒が走った。

 ジェイは、両手で白と黒のショットグラスをつまみ、目の高さまで持ち上げる。

「ほら、アレン。

 白と黒、どちらがいいか、選べ」



 それで、気づいたら、チェス盤に背中を傷つけられながら、いつも通りあのクソ野郎のちんぽでトんでた。馬みてえに腰振ってる癖に、筋トレでもしてんのかよっていう程度の息の乱し方で、ジェイは「すごいな、今日は」とか言ってやがる。なにがだよ。てめえの勃ち具合かよ。

「随分声が大きい。マリファナよりいいのか」

「クソが、ゲームとかいいやがっ、て、あっつ、おぐ、奥でいぐっ、死ぬ、お゛っ、やめ、やめろって、死ぬ、死ぬから、っあ゛ひぃ、やばい、これヤバいんだって、あ゛ぁ、おっ、お゛っ、お゛おっ」

 あー、脳細胞死んでく感じする、頭のてっぺんから頭蓋骨の内側からジリジリ焦げてじゅぷじゅぷ溶けて、バカんなる、こんなん、おかしくなる、ケツの奥ってーか下っ腹のド真ん中が熱くなりすぎて脊髄がじゅうじゅうに熱されて、脳ミソまで炙られてるみてえ。最高。は? なにが最高だよ。やべえんだよナニしっかりジェイに負けてんだよ。でも最高すぎてやべえんだよクソがよ。死んどけもう。あーヤバい。トぶ。ていうかたぶんトんでる。自分の声聴こえないし。すげー叫んでる感覚だけはあるんだけど、喉のあたりが痛くて震えてその振動でまた脳細胞ぼろぼろ剥がれ落ちて。もうだめ。最高。どんだけイッてもちんぽが来る。俺の下半身どうなってんだ。良すぎて足の感覚とか消えてんだけど熱すぎて溶けたのかよ。あー負けたくねえ。マジでちんぽは最高すぎるけど、コイツにイカされまくってるって現状はクソすぎる。てか、こんなにイイのはクスリのせいだろうが。

「……なるほど、やはりドラッグの種類によって快感の度合いが変わるんだな」

 うっせえよ冷静にしゃべんな腹立つだろうが。腹立つとちょっと集中できなくなるんだよ。純度百パーでイキてーんだよマジで逝くってくらい頭真っ白にしてえよ。あー、もうこれ負けてんな。クソが。早くバカになりてえ。なんも解らなくなりてえ。そのあと正気にかえったら絶対にこの世滅ぼしてえみたいな気分になるけど。

「へえ、集中したいのか。…っ、そう強く締めるな。ちなみに、今日お前に飲ませたのはMDMAの一種だ。俗に云う──エクスタシーだな」

 なんで会話成立してんだよ。おい。もしかして俺全部口に出てんのかよこれ。殺してえ。いやもう誰をとかじゃなくてとりあえずブッ殺してえ。てか酒にとんでもねえもん混ぜやがって。あー、でも、こんなに気持ちイイならもういいか。のけ反ったまま、カラカラの喉が壊れたふいごみたいな音を立ててるのが、他人事みたいに耳に届く。ヒィヒィ言わされて、もう焼けつきそうだ。壊れたら責任とれよコラ。

「ああ、壊れたら面倒はみてやる。──今日使ったものの成分には、アルコールに似た作用をもつものが含まれる。新しい"商品"だと。名前は──ピンク・エレファントだそうだ」

「あ゛っあ゛、あ゛、そこ、そ、それ効く、トぶッ、な、なに、なんだって? うるせ、もっと動けよ、よけいなことしゃべってんなばか、あちょ、やめ、ダメだ今は突くな、今突くなってア゛ッ、っひーっ、ひぃ、ひい、ヒぃ───ッ」

「──っは、…もちろん、ゲームをしてみたかったのは本心だ。が……アルコールとエクスタシーの併用でどの程度お前が狂うのか、見てみたかった」

 ほざけ。クソが。ケツの奥掘られまくってもう感覚がそこしかなくなるくらいの気持ちイイに支配されて全身がガクガク震えて、突かれまくって弾け飛んだドロドロのエクスタシーが脊髄を駆けあがって脳天で破裂して感電したようにじゅうじゅうと焦げて燃えてとろけていく。壊れたからだが、快楽の電気信号を少しでもはやく脳に伝えるため、エビ反りになってつま先まで痙攣してる。背骨が折れそうなのに、脊髄を伝うコンマ数秒のラグも惜しくてもっと反ろうとする。暴走する肉体の振動が、粘膜から皮膚から深部から神経を伝って頭のなかをじわじわ犯してくとき、人間って結局アタマでイくんだなって感じる。どーしてくれんだよ。優秀で覚えの早い俺の脳細胞は、俺を犯してるジェイのせいで、とりかえしのつかない最悪の天国をインプットしちまった。ああほら今だって、したくない、したくないはずなのに、俺はジェイにしがみついて体のド真ん中突き刺されて揺さぶられながら、気持ちイイとかもっとだとか、正気にかえったら死にたくなるようなことを絶叫しているのだ。俺がどのくらい狂うかだなんて、もうとうに完全に狂ってるっていうのに、ジェイは今さらバカみたいな実験してやがる。でもセックスっていうのはお互いにバカになったときが最高なんだよ。




 ──死体になって目が覚めた。

 身じろぎしようにも体がまったく動かなくて、ずっしりと重たい手足に、きちんと感覚神経が開通するまで、数十秒かかった。神経、ぜんぶセックスに動員されてたからな。もとのお仕事にもどれよ。

 いつの間にかベッドルームに移動していたらしく、ぼやけた天井は見慣れたものだった。隣に人の気配があるのももう慣れたことで、今さら気を使ったり逆に嫌に感じたりはしない。というか、そんな余裕はない。

「目が覚めたか」

 向こうから話しかけてきやがった。ベッドの上にあぐらをかき、上半身裸で、艶溢れんばかりの濡れた黒髪をタオルで拭っている。こいついっぺんシャワー浴びてきたな。クソ、余裕かよ。俺は舌打ちしながら、枕元に置きっぱなしのジェイの腕時計を見た。

「……あ?」

 時計は七時半くらいだった。確か、グラスチェスを始めたのが五時を回った頃だったから、まだ二時間と少ししか経っていないことになる。

「朝だ」

 ジェイは猫みたいに柔軟体操をしながら──さすがに少しだるそうではあったが──ベッドからおりた。普通に二足歩行しやがって。キレそう。──ってとこで、やっとジェイの言った単語の意味が飲み込めて、ばっと身を起こした。

「半日ヤってたのかよ!?」

「正確には十時間強だな。事後にお前が失神していた時間を考えれば」

 その正確性いるか? ここで。というか、もうそれ俺のケツとか色々終わってねえ? 確認する気も起きねえけど。

 しかし、少し確かめてみれば、シーツはまっさら、枕も乾いてほどよい固さ。当然俺の体も(表面上は)乾いてこびりついた精液もローションもワセリンもない。用意が周到なら後片付けも細やかなことで、あーキレそう。これ全部使用人にやらせたんだろうな、とこれまでの経験から察するに、そろそろ人並みの羞恥の感情も消え失せた。

「一応清拭はやらせておいたが」ほらやっぱり。「シャワーの場所は教えたな」

「すぐそこにでっけーガラス張りのシャワールームが見えてんだろうがよ」まあそこまで歩いていってひとっ風呂浴びれるか、は別の話だが。あとでいいや、全身痛いし。

 それにしても、セックスドラッグとは恐ろしいものである。一歩間違えたら死んでたんじゃないだろうか。こいつとの情事の最中に腹上死なんて殺されても嫌なんだが。

 ジェイは心持ちだるそうに腰を伸ばして、普段よりも少し眠そうな目でこちらを一瞥した。

「コーヒーかミルクかティーか、そうだな。あとアイ・オープナーなら用意できるが」

「うっせえ…………」

 動かせない手足は毎度のことで、それでもなにか投げつけてやろうとやけに高級そうな刺繍つきの枕をジェイのほうへ向けて放る。ジェイは、はるか手前に落っこちたそれに見向きもしない。

「……アイ・オープナー。ラムだとかしみったれたもん入れんなよ」

「ふむ。アイ・オープナーの定義上、ラムは必須なんだが」

「頭のかてー奴。驚嘆すべきものアイ・オープナーってんなら、決まったレシピじゃ意味ねえよ」

「興味深い意見だ。では、何がいい?」

「アブサン」

「わかった」

 ……ジョークのつもりでも、言ったら出てくるんだよな、この屋敷。ていうかもしかしてそのアブサン、規制前のマジモンか?

 どこかへ消えていったジェイは、少しの後、ふたつグラスを持って、ベッドルームに戻ってきた。脇に立ったまま、ひとつを渡される。

「……謎なんだけど、お前こういうことは自分でやるのな」俺の体は使用人に拭かせるくせに。とは言わなかったが、こいつが一体なにに興味があって、なにに興味がないのか、まったく掴めないのが本当に嫌だ。

「…ああ、そうだが。どうして謎なんだ?」

 こいつに俺の言葉が通じないのもいつものことなので、答えずにカクテルをあおったが、ジェイは好奇心が刺激されたらしく──本当に厄介なことに──ベッドに腰をおろして、俺の方をじっと見つめてきた。

「こういうこと、というのは飲み物の用意だな。確かに普段は使用人にさせることだ。だが、現在はこの部屋に二人きりであるのだし、いわば後朝きぬぎぬにあたる時間だ。俺たちはそういった関係ではないが、あまり他人を介在させるのは興醒めではないか、と一般的な観点から思ったのだが。──それとも、いつも何もかも俺がした方がいいのか?」

「やかましいわ。死ね」

 ジェイは不思議そうに首を傾げている。その顔の、年齢不相応なあどけなさに心底殺意がわくものの、結局俺はこいつのされるがままになってしまうのだ。──

「そういえば、グラスチェスの勝敗が決まっていなかったな。またしよう」

絶対ぜってえ嫌だわ。死ぬだろ」

「普通のボードゲームでも嫌か?」

「……………嫌に決まってんだろ」

 ──この部屋には、目をそらしている大きな問題エレファント・イン・ザ・ルームがあるような気がする。でも、酒とドラッグで暴力的にピンクに侵されてしまった色疲れのアタマでは、もうなんにも出てこないのだった。

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