第3話
「へえ、案外良いとこ 住んでるのね」
我が家にたどり着いたイゼルナはそう言い放った。
「悪かったな、貴族のお屋敷じゃなくて」
「どう見ても貴族じゃないじゃない。せいぜいが街の破落戸。ならば十分に贅沢な家よ」
「そうか、なら落胆させずに済んでなによりだ。とっとと入れ」
俺はそう言うと、玄関の鍵を開け明かりを灯した。すっかり普及したとはいえ、まだまだ高価な魔道灯が、ささやかな大きさの玄関ホール兼応接となる一室を照らした。
「余計なものは多いが、残念ながら住人は今のとこ俺一人だ」
「中は随分と小奇麗なのね。掃除婦でも雇ってるの?」
「いいや、俺がやってる」
「とてもそうは見えないわね」
「よく言われる」
イゼルナは俺に警戒しつつも家の中に興味があるのか、視線を泳がせている。
「風呂の準備をする。そこら辺に座っておけ。見るのは構わんが調度品には触るな。何が起こるかわからん」
「え、ええ……」
俺はイゼルナをその場に残し、奥の部屋へと向かった。
しばらくして風呂の用意を終わらせた俺がホールに戻ってみると、イゼルナはなぜか床に座り込んでいた。
「なにかあったのか?」
「……なにも触ってないわよ」
イゼルナが疑うなとでも言いたげに睨みつけてきた。いや、そうじゃねえ
「それはどうでもいいが、なんでそんなとこに座ってるんだ?」
「そこらに座ってろって言ったじゃない」
「お前の目は節穴か?このソファーが見えないのか?ソファーに座ると死ぬ病気なら奥に椅子があるだろうに」
俺は呆れるように言い放つが、イゼルナはさらに呆れたような顔をして返した。
「奴隷に椅子を与えるの?あんた正気?」
それがさも常識であるかのように言い切った。俺は天を仰いだが、そこに空はなく天井が見えるだけだ。ため息しか出ねえ。俺はゆっくりとイゼルナに向き直した。
「ああ、ああ。わかった。まずは納得した。だが、話はあとだ。立て。」
「はいはい」
イゼルナが立ち上がるのを待たずに彼女の残された左手首を掴むと歩き出した。突然手を引かれた彼女は躓きつつも俺の後を追った。
「な、なにすんのよいきなりっ」
「風呂だ風呂。流石に臭くてかなわねえ」
「臭いって言うな馬鹿っ」
「言うなったって臭いもんはしょうがねえだろ、ほら急げ」
「死ねっ」
悪態は吐くものの、自分が臭いことは十分理解しているようで、頬を赤らめながら睨みつけるのが精いっぱいのようだ。
「怒ると語彙が減るな。悪い癖だ。怒った時こそ冷静になれ」
「なら怒らすな馬鹿」
「お前の怒りポイントなんか知らねえよクソアマ」
低レベルな言い争いを続ける間に浴場に到着した。扉をくぐると室内を満たした湯気が視界を曇らせた。平民にはとても手の出せない個人宅の浴場がある時点で、この家がそれなりのものであることは間違いない。そんなことに感心していると、掴まれていた手が離れた。
「ほら、さっさとその汚ぇ服を脱げ」
「いやその前に出てけよっ、なんでアンタがここにいのいるのよっ」
イゼルナは突然の命令に驚きつつも俺に抗議してきた。理由は分からんでもないが。
「洗ってやるって言ってるんだよ」
「言ってないわよっ!てか自分で洗えるわ子供じゃあるまいし、馬鹿じゃないのっ」
「片手でどうすんだよ。半端に洗われてもこっちはこっちは気分悪いんだよ。だいたい裸ならさっき散々見せただろうが、今更何言ってんだよ腐れ処女が」
「しょしょしょしょしょじょでわわるかったわねだいたいアンタね——」
「そういうのはもういいから早くしろ」
俺はイゼルナの貫頭衣を一瞬で脱ぎ取った。彼女は呆気にとられた後、前を隠そうとしたが、左腕で胸を、尺の足らない右腕で下半身を隠そうとしたため、大事なところが丸見えだ。年相応に茂った陰毛が湯気と汗で湿り、これで臭いさえなければ、なかなかに魅力的ではある。
「努力は認めるが、腕逆じゃね?」
言われて気付くイゼルナは、慌てて腕を差し替え胸と下半身を隠し直した。
「死ね馬鹿っ」
情けない姿勢で悪態を吐かれてもなんの迫力もねえな。
「ほら、いいからここ座れ。床座るんじゃねえぞ洗いづれえからな」
「わ……わかったわよぉ」
イゼルナは諦めたのか、大人しく小さな木椅子に腰を下ろした。両腿をぴっちり閉じ、胸は隠したまま。俺は木桶で湯船の湯を掬い、彼女の頭上に運ぶ。
「湯、掛けるからな。乳と股隠すのはやめとけ。ちゃんと濡れねえと洗いづれえ。」
「み、見ないでよっ」
「はいはい。何をいまさら」
「それでもよっ」
「随分偉そうな奴隷様だなあオイ」
「知らないわよっうぷっ」
イゼルナが喋っている最中に頭から湯を落とした。口に入ったのか咽てやがる。
「な、なにすんのよいきなりっうわっぷひゅ」
二杯目も口に入ったらしい。さっきより大口開けてたから、なかなかの大惨事だろう。
「洗われてるときくらい大人しくできねえのか子供かよ」
「げほっ、げほっ……う、うるさいわねっ。ってまた喋ってるときお湯掛けないでちょうだいよっ」
「おう悪い悪い。どうにも黙らないからそういう趣味かと思ったわ」
湯のたっぷり入った木桶を掲げながら肩をすくめておどけて見せる。イゼルナは頬を膨らませて無言の抗議をした。頬が赤いのは湯のせいか。今度は頭からゆっくりと湯を垂らしながら、髪の毛を解すように梳く背中の中ほどまである赤い髪は脂でごわついているものの次第に指通りが良くなる。余った湯は背中に掛けてやった。
続いて石鹸を取り出し木桶の湯を掬いながら泡立てる。
「おら、目ぇつむっておけよ」
泡立てた湯で髪を梳いていくと、先ほどより指がよく通るようになった。髪全体を泡立てて、丁寧に解したのち、泡を洗い流す。真っ黒に汚れた湯が排水溝に流れ込んでいった。この分では、どれだけ洗っていなかったのかと呆れる。
洗い流したら、再度石鹸で泡を作り、今度は髪を泡立てながら頭皮のマッサージを加える。時折イゼルナがびくりと反応したり、声が出そうになるのを我慢しているようだが、指摘すると作業が中断されそうなので無視することにした。髪と地肌を揉みほぐし、再び泡を綺麗に流し切る。
「終わった?」
「いいや、まだこれからだ」
イゼルナが不安そうな声で聞いてくきたが、それをばっさりと否定した。これだけでも髪の汚れは落ちたのだが、ここで終わるとすぐに髪が痛むらしいので、面倒ではあるがまだまだ終われない。
続けて用意した小瓶は三つ。そのうち二つは、それぞれを湯に溶かし髪に塗り込んでから洗い流す。使用する順番が重要らしいが、中身が何なのかすら俺は知らない。石鹸ともども家の保管庫に長いこと置かれていたが、一見中身の劣化は無いように見える。流石は国有数の保管庫と自慢されていただけのことはある。薬湯はどちらも若干の異臭がするが、それも効能のうちだと言われていた。その臭いが無くなるまで洗い流さなければいけないらしい。
最後の小瓶は花の香りを纏った香油。これは仕上げの化粧のようなもので、気分によっていくつかの種類を使い分けていた。どれが良いのかはさっぱりだったので今日は適当に選んでやった。イゼルナが気に入れば、自分で選ばせればよいだろう。
「どら、これで髪は終わりだ」
「な、なんか変な匂いするわね」
イゼルナはそう言いながら恐る恐る自分の髪に手を伸ばすが、俺はそれを軽く叩いて払い落した。
「なにすんのよっ」
「汚ぇ手で触んな」
「なっ……!」
一瞬怒気をあらわにするものの、すぐに手を引っ込めた。汚い自覚はまだあるようだ。
香油を丁寧に揉みこんだ髪を纏めて、身体に掛からないよう頭の上に結わえる。さらさらになった髪は纏めにくいが、身体が覚えているのでて手惑うことはなかった。
「次、身体洗うぞ」
「……いいわよ。さっさとやって」
触れずとも、明らかに自分の髪が変化させられたことに諦めたのか、大人しくなった。俺は桶に湯を汲み、手に付いたままの香油を綺麗に落としてから、石鹸を泡立てた。
「ほら、触れるぞ。暴れるなよ」
イゼルナが縮こまるのがわかる。男に触れられるのは慣れていないのだろう、処女だし。
俺はまず肩に手を触れ、そこから背中に向けてゆっくりと洗い始めた。イゼルナが変な声を出すが、無視だ無視。恐怖に怯える声が、だんだん違うものに変わるのが分かった。そりゃそうだろう。ここらじゃあ風呂に入るなんて月に一度あればマシ、水で体をふくことさえ数日おきが当たり前。ましてや石鹸で、他人に身体を洗われるなど、貴族ぐらいでなければ味わえない贅沢だ。
「前も洗うぞ」
「……い、いやっ」
「嫌、じゃねえよ。今日は洗われとけ命令だ。自分で出来そうなこと出来そうにないこと、全部身体で覚えとけ」
「う、うう……」
命令と言われては従うよりほかはなく、身体を固くさせたイゼルナを見るに、なかなか難しそうだ。
「前、回るぞ」
一応の断りを入れてからイゼルナの正面に移動した。イゼルナは目をつぶり口をへの字に固く結び、今にも泣きそうな顔をしている。僅かな嗜虐心が沸いてきたが、ここはぐっと我慢する。
イゼルナの左腕を優しく持ち上げ、泡を手に取り擦り付ける。快感が沸かない、それでいて痛くない程度の力加減を心掛ける。彼女の肌に合う加減かはいまいちわからないが、反応を見つつ調整しよう。
右腕を持ち上げると、イゼルナが顔を歪めるのが分かった。痛みではないのだろうが、そこを意識することで嫌な記憶が呼び起されているのかもしれない。俺は左腕で掴んだ力加減を僅かに快感寄りに微調整する。次第に彼女は顔を赤らめ、口元が緩んできた。
「痛むか」
「いや……大丈夫……よ」
イゼルナは選んだ言葉を絞り出すように答えた。気持ちがいいとは口が裂けても言えないだろう。しかし、その表情で何を思うかは丸わかりだ。
右腕を優しく下ろし、鎖骨に触れる。既に先ほどまでの拒否感は感じられないが、弛緩しきっているわけでもなく、不安と期待が入り混じっている顔になる。目は閉じたままだが、この後の展開は理解しているようだ。
俺は泡にまみれた両手でイゼルナの鎖骨からゆっくりと、胸の双丘をあえて避けるように、その周辺、そして腋からあばらにかけて丁寧に泡を纏わせていく。引きつりの残った傷跡には細心の注意を払うが、彼女が言ったように既に痛むことはないようで安心した。一向に胸に触れてこないことに不安な表情を浮かべるが、これはそうさせるための手順であり儀式。俺の期待通りの表情を浮かべてくるイゼルナに感謝しつつ、手を動かし続ける。
俺が両手を胸の下部に僅かに触れるくらいまで移動させると、イゼルナの表情は不安から期待に変わった。だが、俺はその期待には応えず、その手を腹へと移動させる。期待から一気に失望へと表情を変えたイゼルナ。ああ、面白い。が、そろそろ勘弁してやるとしよう。
俺はいったん手を離し、木桶から泡を掬いあげた。そして、手では触れず、泡だけをイゼルナの乳房に押し付けた。
「ひゃんっ……」
想像と違った感触に声を出すイゼルナ。数瞬おいて、俺は彼女の乳房を掌で優しく包み込み、指に少しだけ力を込めた。予想外のタイミングで訪れる左右合わせて十の感触は彼女の理性を瞬時に溶かした。
「あっ……」
小さな喘ぎとともに半開きになった口の端から零れる涎が美しい。こじらせ処女の割にはいい表情をするじゃねえか。案外膜を捨てる以外には多少経験しているのかもしれない。
このまま快感に溺れされることもやぶさかではないが、それでは意味がないので、俺は再び指先の力加減を変えた。快感を生まなくなった両手が、作業のように単調な動きで乳房を滑る。しかし、それでもイゼルナにとっては感じるものがあるのか、平静を取り戻すふうな表情を作りつつも頬が緩んでいた。流石に乳首に触れたときは声が洩れたが、それは彼女を責めるのは酷というものだろう。
胸の攻略が済んだら腹へと手を伸ばす。傷だらけではあるが程よく割れた腹筋は、長い奴隷生活の末に若干ゆるみが感じられた。檻の中で鍛えることも出来ていたただろうが、食事を正しく摂らなければ、鍛錬をしたところで効果は薄い。おそらく十全に戦場を駆けていた時にはさぞ美しい腹であったに違いない。
腹の下、濡れそぼった茂みにはあえて手を出さない。ここだけはたとえイゼルナ本人が懇願したとしても自分で洗わせるつもりだ。将来的にはその限りではないが。
太ももから足先にかけては、その一本づつを俺の膝に載せ、揉みほぐすように丹念に洗う。足指の間を泡の付いた指でくぐらせた時には変な声が聞こえたが、それは覚えておく程度にとどめ、指摘することもなく作業を終わらせた。
「これで身体は終わりだ」
「えっ……まだ……」
イゼルナから縋りつくような声が出た。うん、分かってる。洗い残しがあるよな。そこはお前が一番期待していた場所だろうし。
「そこは自分で洗えよ」
「え、ええ……そうよね」
イゼルナは一瞬失望の色を見せるが、自分が何を期待していたのかと恥じ入り顔を赤らめつつも納得してみせた。
「見ててやるから早くしろ」
「ちょっ、なんで見るのよっ!!あっち向いててよっ」
「自分でどれだけ洗えるか確認するんだよ。ちゃんとできなきゃ俺が洗ってやるから安心しな」
イゼルナの抗議も無視してわざと下卑た笑顔を向けてやる。彼女の射殺しそうな視線も一刻振りくらいか。とはいえ全裸泡まみれでは怖さ半減だ。
「ほれ、石鹸。使い方はわかるな」
「そ、それくらいわかるわよっ」
ぷりぷり怒りながらも石鹸を手渡されたイゼルナは、俺を睨みつけながらも、手桶から湯を掬い泡を立て始めた。
「なによこれくらいっ……ん?…………なにこれ。この石鹸って……」
泡立ちの良さと泡のきめ細かさ、そして香り。そのどれもがイゼルナにとっては未知の体験だったのか、怒りすら忘れて驚愕に目を見開いた。
「いいだろう。兵士の年給が軽く飛ぶ程度の代物らしいぞ、それ」
「らしいぞ、ってアンタ……ちゃんと知りもしないのになんでこんなもの持ってるのよっ」
「前の住人の置き土産だ」
「前の住人って……」
「……さあ、な」
イゼルナが呆れたように問いかけてくるが、それには曖昧な返事で返す。前の住人の正体は、俺も知りたいくらいだ。遠い過去馳せる想いを振り払い、思わずなっていた真顔を崩す。
「さあさあ、手早く済ませろ。それとも焦らしオナニーショーでも見せてくれるのか」
「そっ、そんなわけないでしょっ!」
イゼルナは俺から視線を逸らし、うつむきながら泡まみれの自分の手を股間に突っ込み、洗い始めた。
「尻もちゃんと洗えよ。臭かったら、やり直しだ」
「わかってるわよっ、臭いって言うな馬鹿っ!!」
うむ、これくらいぷりぷりしてた方が、やはり可愛げがあるな。
イゼルナは出来るだけ俺に見えないよう腿を閉じながら手を動かしているが、そも泡まみれでは見たくても見えない。行為そのものを見てほしくない、という気持ちには同意するが、そこはそれだ。やがて尻と股間を洗い終えたらしい彼女は顔を上げた。
「……終わったわよ」
「洗えているようには、見えたな。流さないとわからんが」
「ちゃんとやたわよっ!」
「わかったわかった」
俺は手を軽く振ってイゼルナの抗議を流した。そして手桶を手元に引き寄せ、石鹸を取り上げて泡を立て直す。
「あとは顔だ。くすぐったいかもしれねえが、目と口ちゃんと閉じとけ」
「ん」
俺が手桶から新しい泡を掬いながら言うと、イゼルナは首肯しつつ瞼をきつく閉じた。
額から、目元、鼻筋、口元、顎へと順に洗い、それが済むと両耳をつまむように指を添え、耳裏と耳のしわ耳の中へと指を這わせた。耳裏に触れたときにイゼルナの変な声が聞こえた。最後に首筋に手を伸ばす。目をつぶっている状態で首に触れられるのは恐怖を感じるものだが、すでに彼女はそれを思い出すだけの余裕がなくなっているようだ。
「じゃあ流すぞ。もう少しだけ我慢しとけ」
手桶で新しい湯を汲み直し、髪になるべく掛からないよう生え際から湯を流し、手を使い泡を洗い落す。耳の泡を落とした時にまた変な声が聞こえたが、どんだけ弱いんだ。首元まで丁寧に洗い流したら、あとは身体に景気よく湯を浴びせかけた。
「ほれ、立ってみろ。検分だ」
「本当にするの……?」
「当たり前じゃねえか。臭ぇのは嫌いなんだよ」
イゼルナは、心底嫌そうな、それでいてもはや諦めたかのような表情で確認してきたので、俺も心底嫌そうな表情で返してやった。彼女はのろのろと立ち上がり、脚を開いた。検分の意味は奴隷生活で嫌というほど理解しているだろう。
俺は膝立ちになり、イゼルナの股間に顔を近づけた。
「変なことしないでよねっ」
「するかよ」
涙声で精一杯の抗議が頭上から聞こえるが気にしない。息がかかるくらいまで顔を近づけ、陰毛を手で梳いた。頭上から変な声が聞こえた。
「この程度で声出してんじゃねえ」
「だ、出してないわよっ」
嘘を吐くんじゃねえと呆れながらも、手は止めない。陰毛から股間へと指を這わせ、その割れ目を軽く開いた。
「やっ……やめっ……」
「一番大事なとこじゃねえか。ちゃんと洗ったのか?」
「あっ当たり前じゃないっ……あっ……アンタに洗われるくらいならっ……うっ」
「俺に洗われる恐れがなきゃ洗わねえってか?」
「洗うわよっ、お風呂なんて久しぶりだったしっ…あぁんっやめっ……」
軽く開いただけでこれか。前言撤回、膜以外の経験もゼロだなこりゃ。どんだけ箱入りだよ。俺はため息をつきつつ手を離した。
「尻を向けろ」
「……」
男に股間を弄られる快感を突然失って、羞恥に悶える暇も洗得られず次の命令。吐き出す言葉も見つけられず、イゼルナは大人しく体の向きを変えた。俺の目の前に突き出された尻は、丸みを帯びながらも筋肉が詰まっているのが分かる。俺は尻を鷲掴み、尻穴を露出させるよう左右に広げた。
「ぐっ…」
頭上からうめき声が聞こえた。おそらくは今日一番の羞恥に染まった表情をしているに違いない。不快な臭いはせず、尻穴がひくつくたびに石鹸の香りがした。どうやらイゼルナは尻穴の中まで洗ったようだ。そこまで求めたつもりはなかったが、少々無理をさせてしまったらしい。俺は尻から手を離し、立ち上がった。
「よし、問題ない。毎日風呂が使えるかはわからんが、風呂に入ったら自分の股座ぐらい必ず洗え。髪はその手じゃ無理だから俺に任せろ。身体は……そのうち一人でできるようになんとかしてやるから、それまでは我慢しろ」
「……わかったわよ」
「じゃあとっとと湯船に浸かっとけ。時間かかりすぎて冷えただろ」
俺はイゼルナの背中に声を掛ける。彼女もそれを思い出したようで、少し身震いしながら湯船に入っていった。安心したような声と深いため息が浴室に響く。それを見て、俺も少しだけ安心した。
「ゆっくりしとけ。寝ちまっても運んでやるから安心しろ」
「じっ、冗談じゃないわっ」
イゼルナは顔を背けた。俺はそれを見てニヤリと笑い、おもむろに服を脱ぎ始めた。背後からのがさがさと不穏な音に気付いた彼女は慌てて顔をこちらに戻した。
「なっ、なにしてるのよっ!アンタまさかっ……」
「ついでに身体洗うんだよ。濡れて気持ち悪ぃんだ」
「そっそんなのっ……」
イゼルナの顔が恐怖に歪む。
「おいおい、この恰好のまま出てけってか。酷いやつだなお前は。」
「いやそうじゃなくってっ……そのっ……」
俺は呆れながらそう答えるが、イゼルナはまだ納得できないようで、拒否する口実を探している。
「安心しな。期待してるようなことはしねえよ。残念だったな」
「き、き、ききき期待だなんてっうぅぅぅうるさいっ」
一瞬で朱に染まった顔でイゼルナが叫ぶ。青くなったり赤くなったり、本当に忙しい。
「ははは、元気だなあおい。あんま興奮するとのぼせるぞ」
「だだだだっ誰のせいでっ!!」
「ともかく、だ。俺は身体を洗う。見たくなきゃ目ぇつぶるかあっち向いてろ。第一、俺はお前の裸見たんだ、お前も俺の見とかなきゃ……損だろ?」
「見ないしっ!てか見たくないしっ。てかそんな粗末なものなんてお断りだわっ」
「言ってくれるねえ」
イゼルナが背中を向けたのを確認して、俺は服を脱ぎ去り身体を洗い始めた。彼女の姿を視界の端に捉えてはいいるが、こちらを見ることはないようだ。手早く洗髪まで済ませ、頭から湯をかぶった。さっぱりした俺は立ち上がり、湯船に歩み寄った。近づく気配に彼女が怯えているのが分かった。
「おい、入るぞ」
「嫌っ……って言ってもやめてくれないんでしょ」
「おう、わかってるじゃねえか。ちょっとだけ立ち上がれ。湯船から出るんじゃねえぞ」
イゼルナはそう言われると、立ち上がるものの、肩が僅かに震えていた。俺は彼女の背後から湯船に入り、腰を下ろした。
「いいぞ、しゃがめ」
背を向けたまま無言のイゼルナは湯船に腰を下ろし、俺の両足の間に座る。膝を抱え、小さくなっている姿は迷子の子供のようにも見えた。
「そのまま、背中をこっちに倒せ」
「……」
イゼルナはしばし無言の抗議を続けたが、俺の次の言葉がないことに諦めたようだ。ゆっくりと倒された背中と頭が俺の胸にあたった。結い上げられた頭髪からは香油の香りがした。彼女は俺に身体を預けないよう必死に耐えていた。仕方なく、俺は両腕で彼女の肩を抱き込み、引き寄せた。
「諦めろ」
優しいが拒否を許さない言葉でイゼルナの意思を奪う。彼女が肩越しに何を思い、覚悟し、諦めているかを知ることはできない。ここで泣きださないだけの分別はあるようだ。
「なあ、イゼルナ」
俺は初めてイゼルナの名を呼んだ。彼女は肩を震わすが、それは名を呼ばれたことへの動揺だったか。
「最初に言っておく。俺はお前をそういうことのために買ったんじゃない。そうしたくなることは今後あるかもしれないが、イゼルナの意思を尊重したい、とは思ってる。不可抗力はまあ、勘弁してくれ」
「……じゃぁ、なぜあたしなんかを……?」
不安げな声での問いかけ。
「そうだな、あの場で一番生きたそうに見えたから、じゃあ駄目か?」
「生きたそう?」
「生きたい。というか死にたくない。ついでに……殺したい」
「……なにそれ」
「どんなことしてでも生き延びて、殺したい相手がいるんじゃないか、と思ってな」
「……そんな奴…いないわ」
即答できなず僅かに言葉を濁すのは否定か、肯定か。
「そうか。だったら……俺を殺してくれ」
「……はぁっ!?」
俺の突然の懇願に呆れた声が返ってきた。
「何言ってるのよっ、死にたくてっ……殺してほしくて奴隷買う馬鹿なんてどこにいるのよっ!!」
「ここにいるんだなあそれが」
怒りのあまり振り返ったイゼルナに俺はおどけて見せるが、その目が笑ってないことに気付いた彼女は少しだけ真剣な顔になった。
「冗談……じゃないのね」
「残念ながら」
「話……はしてくれるのかしら?」
「気が向いたらな」
「それって、どういう……っ!!」
どうやらイゼルナは目の前にあるものに気付いたようで目を見開いた。彼女の視線は俺の首から下に注がれていた。
「悪い、驚かせるつもりはなかったが」
「いやっ、でも、これは……」
「どうせいつか見るものだ。今、見ておいてくれ」
俺はそう言うと、イゼルナから手を離し、湯船の縁に腰かけた。それを見たイゼルナは口をあんぐりと開け、言葉を出せずにいた。俺の首から下、服に隠されていた場所には、大量の傷跡があった。それも切り傷や刺し傷ばかりではなく火傷や、どうしてつけられたか不明な抉れや塞がらないまま癒えたであろう穴まである。傷のいくつかの変色は、薬品や毒によくものかもしれない。
「……酷い」
「としか言えないわな、これを見れば」
「どうしてこんなに……」
言いかけて、イゼルナははたと気付いたのか自分の身体と見比べた。どちらも傷だらけではあるが、その傷の質は明らかに違う。
「戦傷、じゃないわね」
「ああ……だったら?」
答えはもう出ているだろうに、俺をそれをあえて求めた。
「……拷問ね」
俺はあえて否定も肯定もせず、イゼルナを見つめた。彼女はそれを肯定ととらえたようだ。間違いではない、が正しくもない。説明は難しく、受け入れがたいものだろう。彼女続けた。
「ねえ、お金、あるんでしょあんた。なんで治さないのよ?」
当たり前に出てくるであろう問いに、俺は苦笑いを返す。
「これは、絆……というか証みたいなもんだな。消すわけには、いかない」
「絆?証?なにそれ……あ」
イゼルナはようやくたどり着いたようだ。無数の傷に紛れていた、一番重要な傷に。
「それって……奴隷紋ね。あんた、奴隷なの?」
俺の左胸、心臓のあたりに刻まれた奴隷の証——奴隷紋にイゼルナの視線が注がれる。侮蔑とも同情ともとれる奇妙な表情になるイゼルナ。
「ああ。だが、記録上、俺はもう奴隷じゃあない」
「奴隷じゃないって、その奴隷紋はなんなのよ?奴隷じゃなくなれば消えるんでしょっ?」
イゼルナは語気を強めた。世の常識として、奴隷でなくなったものからは奴隷紋は消える、そういう契約魔術の筈だ。その法則を逸脱するなど、あり得ない。
「記録上、と言っただろう」
「どういうことよ?」
イゼルナの不満そうな問いはもっともだ。もったいつける必要もないが、説明はいささか難しい。簡単に、簡単に。
「記録上、つまり俺の奴隷契約書は消滅している。契約者の死とともに」
「間違いなく消滅?紛失とかじゃないの」
奴隷契約における三者、奴隷商と購入者、そして奴隷は契約時に魔術的なつながりを持つ。それは契約書にも適用され、たとえ世界のどこにいようとも、その存在を確認することができる。細いながらも絶対的な繋がりだ。契約書紛失程度で消えるようなものではない。
「役所にも無論確認済みだよ。」
「わけわかんないわ」
「だろうな。俺だってわからない。だが間違いなく契約は……いや、制約は、残っている」
そこまで聞いて、イゼルナはようやく理解したようで、少し悲しそうな顔になった。
「残された制約……自死の禁止ね。だからアンタ殺してくれって」
「理解していただけたようで何よりだ」
ただし、それは結論であって求める過程ではないが、今それを離す必要はない。
俺は満足して立ち上がる。勢いよく目の前に現れた股間のものを目にしたイゼルナは、慌てて顔を逸らした。いやいや今更?さっきから見えてたじゃねえか何思い出したように乙女ぶりやがってこの腐れ処女が。心の中で悪態を吐くが、顔には出さず紳士を装う。
「さ、湯あたりしないうちに出るぞ。拭いてやるから早くしろ」
イゼルナの背中に声を投げかけてさっさと浴場を後にした。
俺が脱衣所で身体を拭き終わったころ、ようやくイゼルナが浴室から出てきた。顔だけでなく、体中桜色に染まりなかなか色っぽい。しかし呆けているのか、身体の大事なところを隠すでもなくふらついていた。彼女は、ふらふらした足取りで俺の方に近づいてくると、いきなり力なく崩れ落ちた。それを慌てて支えると彼女の顔が、肩に触れた。かなりの熱を帯びているようだ。
「本当に湯あたりしやがったよ」
俺はイゼルナの体を抱き寄せたまま拭き上げ、ローブで包み寝室へと運んだ。
「やれやれだぜ」
そう呟いても返ってくる声はない。
++++++++++
「……ここ、どこ」
目を覚ますと、見知らぬ天井。視界の隅には魔法灯の優しい光。高級そうな壁紙に僅かに揺れるカーテン。身体を包むふかふかの感触は羽毛かもしれない。額には冷たさの残ったなにか。頭を動かすと、それがするりと落ちた。絞られた手拭いのようだが、肌触りが違った。
けだるさが残る身体をゆっくり起こす。あたしはどうやら見たことない部屋で寝ていたらしい。夢、だろうか。ならばこんな幸せな場所でそのまま、いつまでも眠りにつきたい。余りに辛い現実など捨てて。出来ることならば、生まれ変わって再び戦場を駆け抜けたい。いや、どうせなら綺麗な花嫁にもなってみたいかな。子供は、うーん……沢山でいいや。
そんなとりとめない妄想に、笑みがこぼれる。
「おい、起きたと思ったら変な顔で笑ってんじゃねえぞ」
「なっ!?」
恐る恐る振り向くと、そこには現実がいやらしい笑みを浮かべていた。
あたしは買われたんだった。このクソみたいな男に。そして、殺してほしいと願われた。
……死にたいなら勝手に死になさいよ。
++++++++++
冒頭で書いた通り、この物語は始まったところで終了です。
先の展開を思いついたら、続きが生まれるかもしれません。
ある奴隷の話。 じょん @cap_ori
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