第42話 お風呂でのご褒美
「ぐふふふふ……」
湯気の立ちこめる浴室にスケベ男の笑声が響く。
ここはフレーズ邸の大浴場。その洗い場の椅子に、無一は腰にタオルを巻いただけの姿で腰掛けて待っている。
『素っ裸で俺の背中を流せ』
『やってやろうじゃないの!』
そんなやりとりをフレーズと交わしたのは、もう半月以上も前のことか。
だが無一は、その約束を一日たりとも忘れたことはなかった。
フレーズとは年齢が離れている。率直に言うと、一緒にいても小娘と感じることの方が多い。だから普段は彼女に“女”を感じることはあまりなかった。
だが、裸を見たくないかというとそれは違う。
むしろ、めちゃくちゃ楽しみだった。
もちろん無一はその気になれば気づかれずに風呂を覗くことくらい朝飯前だ。だが、そんなことをすれば天下の大泥棒の名がすたるし、第一面白くない。
これから始まることは、ただの覗きとは訳が違うのだ。あの生意気なフレーズが、一糸まとわぬ全裸で自分に奉仕してくれる。女の身体の秘すべきところ、恥ずかしいところをすべてさらけだして。
きっと恥じらいに頬を染め、涙すら浮かべるに違いない。そんな表情をこそ無一は見たいのかもしれない。
……いや、それは言い過ぎだ。やはり一番楽しみなのは裸だ。無一はフレーズの裸体を想像して鼻の下を伸ばす。くびれた腰を、ミルティーユほどではないが十分に育った乳房を、その先端の初々しい色を、そして自分好みのむっちりとした尻を。
それらすべてが、あとわずかで自分の目の前に惜しげもなくさらけ出されるのだ。
「……お、お待たせ。いまからそっちに行くわね」
緊張に震える声が、扉の向こうの脱衣所から聞こえてきた。
(――来た!)
思わず拳を握りしめる。だが、無一はあえて平静を装うように小さく咳払いをした。
「ちょっと待った。ちゃんと約束は覚えてるだろうな?」
「わ、わかってるわよ。ちゃんと言うとおりにしたわ」
「するともう、素っ裸か」
「……そうよ。ちゃんと下着も脱いだわ。本当よ」
どこか観念したような声だった。無一はその答えに満足する。
「ま、正義の女騎士サマが約束をたがえるなんてことはしねえよな」
「と、当然でしょう。アンタこそ、約束通り椅子から動いちゃ駄目なんだからね? あと、万が一触ったりしたらただじゃ済まないわよ」
「わかってるって。俺は約束を守る男だ」
言われなくてもそのつもりだった。ミルティーユがこっそり監視している可能性を考えると下手には動けない。殺される危険を冒すくらいなら、たっぷりと視姦して楽しむだけにとどめておいた方が得策だ。
「ほら、早く来いよ」
「うぅぅ……」
「そう焦らすなって」
言葉ではそう言ったものの、無一の期待感は焦らされることによって高まっていた。これだけ恥じらうということは、フレーズは本当に裸なのだろう。あと少し……扉が開かれるまであと少しだ。
「……ひとつだけ、約束してくれる?」
「なんだよ?」
「その……私がいいって言うまではこっちを見ないでほしいの。まだちょっと恥ずかしいっていうか、心の準備っていうか……」
無一は少し考えてから言った。
「一分だ。風呂場に入ってから一分間は振り向かないと約束する。だがそれ以上は待たねえ。大事なところを手で隠すのも無しだ。いいな?」
「わ、わかったわよ。もう、本当にエッチなんだから……」
覚悟を決めるような間が数秒あって、それから満を持して風呂場の戸が開けられる音がした。
「うへへへへ……」
ひたひたと裸足で歩み寄ってくる気配。無一は思わず頬を緩める。
が、ふいにその顔に違和感が浮かんだ。歩み寄ってくる足音が、ひとつではない……?
「お待たせいたしました、無一様♡ もうこちらを向いてもいいですわ」
「な……ミルティーユさん⁉」
振り向いた無一の目に、バスタオル一枚で裸体を包んだミルティーユの姿が映った。
次いで彼女の肩の横からひょっこりとフレーズが顔を突き出す。
「フフン、お待たせ♡ じゃあ、さっそく背中流すわね」
「わたしもお手伝いします!」
ひょいとポミエがフレーズの後ろから飛び出した。彼女もまた、裸にバスタオル一枚という恰好だ。
「ちょ、ちょっと待った! なんでおまえたちが――」
「あら、わたくしたちがいてはお嫌ですか?」
「い、いや。そういうわけじゃないが……うへへ」
すぐ後ろでかがみこんだミルティーユの胸の谷間が見え、無一はデレッと鼻の下を伸ばす。バスタオルで下半分が隠れているとはいえ、ものすごいボリューム感だ。ふたつの乳房それぞれが並のスイカほどはある。
「って、違う! フレーズ、隠れてたら見えないだろうが!」
「あら、私はどこも隠してないわよ?」
フレーズはミルティーユの背後で勝ち誇ったように言ってのける。裸の肩が見えているので確かに服は着ていないらしいが、大事な部分はすべて彼女の忠実なメイドによって隠されていた。
「く、くそぅ……騙しやがったな!」
「人聞きの悪いこと言わないでよ。……あ、ポミちゃんタオルありがとう♪」
「えへへ~。無一さん、前はわたしが洗ってあげますね♡」
「ちょ、おい、やめろ。いまはマズい!」
泡だらけの手ぬぐいを持ったポミエが無一の前にしゃがみ込む。プルルン、とふたつの乳球が楽しげに揺れた。ゴクリと無一の喉が鳴る。
前後から波状に迫りくる、桃色の誘惑。無一は前屈みにならざるをえなかった。
「では、わたくしは頭を洗って差し上げますね♡ うふふふ……わしゃわしゃわしゃ〜♡」
手桶の湯と泡立つ液体を使ってミルティーユが頭を洗ってくれる。繊細な手指に絶妙な加減で頭皮がほぐされていく。それだけでも天にも昇るほどに心地よかったが、
「……これはお礼の気持ちですわ♡」
耳元で艶っぽくささやかれてゾクゾクしたところに、極上の柔らかさが背中に押し付けられた。無一は思わず吐息を漏らす。汗ばんだ乳肌が背中に密着し、ミルティーユの胸の鼓動さえも感じ取ることができる。
「あぁん♡ お嬢様、お胸が……お胸が背中に当たっていますわぁ~♡」
「もう、女同士なんだから変な声出さないでよ」
じゃれあうような笑声が聞こえたあと、無一は背中をゴシゴシとこすられる感触を覚えた。フレーズがミルティーユの背中に身体をくっつけ、その体勢のまま泡立てたタオルで背中を流してくれているらしい。
ときおり細い指が背肌に触れ、無一はくすぐったさに思わずニヤけた。するとフレーズも察したように素手で彼の背中を撫でてくる。その手つきはイタズラをするようでもあり、また相手をいたわり、ねぎらうようでもあった。
無一は緩みきった顔でしみじみと溜息を漏らした。これほどの満足を感じたことがかつてあっただろうか。どんな宝を盗んだときよりも、いまの彼は満たされていた。
「無一さん、気持ちいいですか?」
「うふふ。無一様、お加減はいかがですか?」
「フフン。どう無一、気持ちいいでしょう?」
前後から優しくささやかれ、無一は認めざるをえなかった。
「……ああ、負けたよ。おまえらは最高だ」
【完】
パンツ泥棒と少女騎士 ぶらいあん @ateru1
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