第5話・とりあえず、アクシデント続出の中で演奏してみた・ラスト
前日から明け方まで降り続いていた雨もあがり、星空が見える高原の芝生公園の演奏会場──多くの観客が集まり、会場は活気に満ちていた。
高原野菜をチケット代にした、川上さんたちの企画も好評で地場野菜は、チケット代の他にも飛ぶように売れて。
生産農家は高原と畑を、軽トラックで嬉しい往復をしていた。
各種キッチンカーの店にも、お客さんの列ができていて。
清里さんのラーメン屋も大忙しだった。
この夜は、ちょうど流星群発生日にも当たっていて、時おり夜空に流れる流星に歓声があがる。
ピアノやコントラバスやドラムセットの大型楽器はすでに会場に運ばれていて、あとは奏者の到着を待つのみだった。
会場に集まった観客を見た、牧村が腹部を押さえて言った。
「すごく人が集まっている……あっ、なんか緊張したらお腹痛くなってきた」
野辺山が、また下品な冗談を言いそうな気配を察した牧村は、野辺山の冗談を先制する。
「今、頭の中で考えている冗談を口に出したら、マゼラン星雲までブッ飛ばすからね」
演奏開始、四時間前──このまま順調に演奏開始と思われていた、コンサートに最初のアクシデントが発生した。
会場に向かおうと家の玄関を一歩出た、オーボエ奏者の広瀬が足首を捻って捻挫したので病院に寄ってから行くので、少し会場に到着するのが遅くなるという広瀬の母親からの電話だった。
慌てる牧村。
「オーボエが来ないとチューニングができない」
落ち着き払っている野辺山。
「まだ、時間があるから大丈夫だろう」
演奏開始、三時間前──第二のアクシデントが発生した。
コントラバス奏者の松原さんの奥さんが、産気づいて病院に寄っていくから遅くなると連絡が入った。
頭を抱える青沼先生、
「また、次から次と」
黙々とピアノの調律を続けている羽黒さん。
お腹を押さえた牧村を横目で見ながら、野辺山が。
「おまえも……」
と、言いかけて。牧村に睨まれ野辺山は視線をそらした。
演奏開始、二時間前──今度は電車で来る予定のドラム奏者の臼田さんが、昨日の雨で線路が倒木で塞がれ電車が不通になり、演奏開始には間に合わないかも知れないとの連絡が届いた。
さすがにパニックになる青沼先生。
「なんなのよ、いったい!」
指揮者の八千穂は椅子に腕組みをして座り、両目を閉じて演奏指揮に向けて集中力を高めているる。
数十分後──足に包帯を巻いた広瀬が、母親が運転する車で送られて、会場に現れた。
広瀬が青沼先生に言った。
「すいません、遅くなっちゃって」
「大丈夫なの?」
「はい、慣れていますから」
「慣れているって……とにかく、今いるメンバーだけでもチューニングしちゃいましょう」
オーボエの音色に合わせて、各楽器のチューニングが行われた。
演奏開始、一時間前──松原さんが自家用車で慌ててやって来た。
「ご迷惑をお掛けしました」
「赤ちゃんは?」
「無事、女の子が生まれました……母子ともに元気です」
「良かった、おめでとうございます」
「妻が、生まれた子供を祝福する意味でも、演奏するように言ってくれたので」
松原さんがコントラバスをチューニングする。
「あとは、臼田さんだけだけど」
演奏開始、三十分前──まだ、ドラム奏者の臼田さんは到着していない。駅からタクシーで高原に向かう予定だった臼田さんが間に合わなければ、演奏曲の変更にも繋がる。
不安が広がる中──清里さんがエレキギターを手に、演奏者たちの前にやって来て言った。
「聞いたぜ、全員揃ってないんだってな……オレのエレキ演奏でなんとか間を持たせる、と言っても二十分が限界だが」
愛用のギターを擦って清里さんが言った。
「オレが演奏関係者からなんて噂されているのかは知っている……オレは、その不吉なジンクスを打ち破りたいんだ……みんなに迷惑をかけて悪いとは思っている……だからオレに弾かせてくれ」
頭を下げる清里さんに、ずっと目が閉じて椅子に座っていた八千穂が椅子から立ち上がると、清里さんに近づいて言った。
「間を持たせるための演奏だぁ? やるからには観客に聴かせる本気の演奏をやれ」
そう言って少し笑みを浮かべた名指揮者は、拳を清里さんの方に向けた。
「さっき、食べたあんたのラーメン美味かったぞ……頼むぞ」
拳を軽く合わせる二人、清里さんはエレキギター演奏に向かう。
演奏開始時刻、十分後──清里さんがエレキ演奏を続ける中、遅れていた臼田さんが星歌公園に軽トラックの助手席に乗って現れた。
軽トラックから降りた、臼田さんが演奏者たちに頭を下げる。
「ご迷惑をお掛けして申しわけありませんでした、高原に向かっていたセロリ農家の原村さんの軽トラックが通りかかって……トラックに乗せてもらって」
「急いで演奏準備に入って、もうみんなスタンバっている。ぶっつけ本番でやるわよ」
羽黒さんが清里さんに向かっていた両手で丸印を作ると、清里さんはうなづいて演奏を終了させた。
そして、数分後──八千穂 星璽の指揮棒が振り下ろされ、野辺山 夜空のトランペット独奏から星空の下でチャリティーコンサートが開始された。
コンサート終了後──観客も疎らになり、片付けと撤去が進んでいる高原で、並んで座った牧村と野辺山の姿があった。
陶酔した表情で牧村が呟く。
「あっという間に過ぎた、演奏時間だったね」
「そうだな」
「終わってみれば、準備からコンサート開催まで、なんか夢を見ているみたいな慌ただしくて楽しい時間だった」
「そうだな」
流れ星が二個続けて流れる。
「あたしたち、コンサートみんなで協力してやっちゃったんだよね……最初は、野辺山の思いつきにノセられている感じもしたけれど」
「そこんところは悪かった」
立ち上がってポケットに手を突っ込んだまま、野辺山が言った。
「オレ、海外に音楽留学してみようと思う……羽黒さんが海外の音楽学校に知り合いがいて、留学の受け入れとホームステイを頼んでみてもいいって言うから……即決でお願いした、来月出発する」
膝抱え座りをした牧村 南が、微笑みながら言った。
「そっか、頑張ってこいよ」
牧村は内心。
(本当に、いい加減なヤツ)
流星群星を眺めながら、心の中で苦笑した。
~おわり~
マゼラン星雲まで届け!星歌聴こえる高原の吹奏楽 楠本恵士 @67853-_-
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