第2話「公爵家の人々」


 屋敷に戻ると父と母、それに弟妹が揃って待ち構えておりました。

 どうやら婚約解消の話は既に届けられているようですわね。


「ただいま帰りました」

「聞いたぞディアナ」

「この度は申し訳ございません、お父様」

「ニクス殿下のお決めになられたことだ。そう気に病むことはない」


 父は今回の婚約には元々あまり乗り気ではなかったこともあり、お咎めどころか労いの言葉をくださいました。


「お母様のご配慮を無駄にしてしまい、申し訳ございませんでした」

「済んでしまったものは仕方ありません」


 婚約を差配したのは母でしたので、少々お冠でした。


 私の家――フルクスト公爵家の実質的な権限は公爵夫人であるセレーナ・フルクストが握っているといっても過言ではありません。父バーナードは伯爵家からの入り婿で昔から母に頭が上がらないのです。


「ディアナももう18なのですから、もたもたしていると行き遅れてしまいますよ。次の縁談を早急にまとめなければね」


 そちらの理由でお怒りなのですね。


「今回のこと、反省するのは構いませんがあまり引きずるようなことのないように」

「ありがとうございます」


 厳しくも優しい言葉に涙が出そうになります。





 それからしばらくはゆっくりとした日々が過ぎました。

 表に出ればニクス様との婚約解消の噂に晒されるだろうと、両親が社交や予定をすべて白紙にしてくださいましたので、余計な心労もなく日々を過ごすことができました。


 そんなある日、私は父の執務室に呼び出されました。

 父と母が並んでソファに座る向かい側に掛けるように言われ、


「――さて、今後のディアナのことを考えねばならんのだが、何か希望はあるかね?」

「希望と言われましても」


 ニクス様とこのまま結婚するものと思っておりましたので、宙ぶらりんな毎日なのです。


「ゆっくり過ごせるのは良いのですけれど、何も予定がないのも手持ち無沙汰なものですね」

「ふむ」


 と、父は頷き母の方をちらりと見ました。

 母は一度咳ばらいをして、言いました。


「ディアナ、少し遠出をするつもりはありますか?」

「遠出ですか」

「辺境伯領へ」

「それはまた……遠くですね。よろしいのですか?」

「構いません。王都のことは気にしなくて結構です。貴女はお見合いをしてきなさい」

「お見合い、ですか」

「そうです。あなたの次のお相手を探している折に、辺境伯から筆頭継嗣あとつぎと婚約を、との申し入れがあったのです」


 母はすぐに次の、と言っていたけれど本当に手回しが早い。我が母ながら感心してしまいます。


「けれどすぐに婚約してしまうのは少々危険かと思いますので」


 また破談になっては困る、というお顔でした。

 

「まずはお見合いです。確かあの辺境伯の長子ちょうしはディアナのひとつ年上で背格好も合うはずです。あなたがヒールのある靴を履かなければバランスは取れるでしょう。会ってみて気に入ったら婚約でもなんでもしておいでなさい」

「はあ」


 慎重を期してのお見合いかと思えば、婚約については私の判断で良いとはそんないい加減な。公爵家の縁組みはもう少し格式張っていたかと思うのですけれど。


「では、決まりです。明朝出発しなさい」

「明日の朝ですか?」

「辺境伯領までの馬車は手配済みです。護衛は――不要でしょう。あなたより強い護衛などそこらで雇えはしませんから。経費節減です」


 流石ですお母様。実の娘を遠方に送り出すとは思えないそのご発言。公爵家の台所を切り盛りするにはこれくらいの胆力が必要なのでしょう。と、思うことにしますね。


「それでよろしいですね、あなた」


 ついでのように確認された父は鷹揚に「うむ」と頷くのでした。

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