ゴリ…もとい“金剛令嬢”はその怪力を理由に婚約解消されました。辺境伯嫡男とお見合いをすることになりましたが今度はうまくいくでしょうか?

江田・K

第1話「婚約解消の理由」


「え……。いま、なんと……?」


 わたくしは自分の耳を疑いました。


 王宮のテラスからは、手入れのよく行き届いた中庭をみることができました。

 相席させていただくのは、私の婚約相手であられる第一王子のニクス様。整ったお顔立ちに王族らしい厳しさはなく、軽やかな印象のお方でいらっしゃいます。


 いつもの場所、いつものお相手、いつものお茶会。

 話題だけが、いつもとは異なりました。


「ディアナ、キミとの婚約を解消すると言ったんだ」


 ニクス様はいとも簡単に、同じ言葉を繰り返してくださいました。悪気無く、明るい口調で、いつもの身軽さで。

 

 どうやら私の聞き間違いではなかったようです。ニクス様は私との婚約をなかったことにしたい、と。そう仰せでした。


「……私に、至らぬところがございましたでしょうか」


 つい今までお茶を頂いていたのに、私の喉はカラカラに乾いていました。掠れた声で絞り出すように理由を尋ねるのが精一杯。


「お教え頂けましたらきっと直します。ニクス様が隣に置いて恥ずかしくない淑女となるよう努めます」


 気が遠くなるような沈黙のあとで、ニクス様はハハハ、とお笑いになられました。


「重いなー。そんな重く考えないでよ、ディアナ」

「……え、あの……」

「婚約解消の理由は簡単だ。ボクではキミと釣り合わない。それだけだよ!」

「…………はい?」


 ニクス様はこの国の未来を担う第一王子であらせられます。一方私は公爵家の長女です。僭越ながら身分という意味での釣り合いは取れていると思います。しかしながら、ニクス様は「ボク」と仰いました。


「私に、ニクス様が……?」


 わけがわからない、という顔を私はしていたのでしょう。

 ニクス様は説明してくださいました。


「ボクキミに見劣りしてしまうという話さ。ディアナ、キミは物凄く強いだろう?」

「……はい」


 。淑女に対する賛辞としてこれほど不適当な言葉もないと思いますけれど、それは賛辞ではなく事実なのでした。


「この間も王宮に忍び込んだ暗殺者を撃退していたよね。それも素手でだ」

「あ……」


 あの時は失敗しました……。


 私は生まれながらに“力の神”の恩寵を賜っており、人並み以上の……はっきり申し上げるなら、天下無双の膂力をこの身に宿しているのです。見た目は少々背が高い程度なのですけれど、食事中に少しでも気を抜こうものなら手にしたナイフやフォークはすぐに曲がってしまいますし、雇った護衛も軽く一捻りですし(そんなことはしませんけれど!)、騎士団の誰も振るうことができないと言われていた鉄塊めいた大剣ですら片手で振り回すことさえできてしまうのが私です。


 いつしかついた二つ名が金剛令嬢こんごうれいじょう

金剛石ダイヤモンドのように美しい」という意味ではなく「金剛石すら砕く」という意味です……。口さがない方はゴリラ令嬢などと揶揄しているそうですので幾分マシではありますね。


「キミが傍にいると、ボクがめちゃくちゃ貧弱に見えてしまうだろ? それはちょっと、男として、王子として、カッコ悪いと思わないかい?」


 ニクス様は確かに線が細く華奢な体型でいらっしゃいます。貧弱に見えると仰るなら、そう見えないように、カッコよく見えるように努力なさったら良いのに、と思わないでもないのですけれど、私との力の差は努力で埋まるようなものではありませんので――まるで魔王のような物言いですわね――、私は沈黙を貫きました。


 今、私にできることといえば、すっかり冷えた紅茶入ったカップに視線を落とし、飴色の液体を眺めることくらい。


「だから悪いけど、キミとの婚約は解消するよ。キミにはもっと相応しい相手がいるはずさ!」


 ニクス様は最高の笑顔でとびきりのウィンクをしてくださいました。

 ばちこーん、と星でも飛びそうな素晴らしいウィンクでした。


「じゃあ! そういうことで!! キミの幸せを祈っているよ!!!」


 ニクス様はすっきりとしたご様子でご退席になりました。

 軽やかに、風のように、風に舞う花びらのように。

 

 一人残された私は俯き、ティーカップのハンドルをそっとつまみました。

 その瞬間、ティーカップは粉々に砕け、紅茶も飛び散ってしまいました。


「……力が制御できないくらいには、私、ショックでしたのね」

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