第13話 余所者
「口が悪くてすみません。」
玉水は穏やかな表情で沈黙を破った。
「いや。」
瑚羽は静かに微笑んだ。
そんなことはないと心の中でホッとした。紗沙の行動のおかげで皆の心が変わろうとしているのが分かる。すごい子だと心から思う。自分だけでは仲間の心を変えられなかっただろう。
「私もあの子と同じ想いですよ。あの子の意志は私の意志です。あの子が戦うのなら私はあの子と共に戦います。」
玉水は当然のことのように迷うことなく言い切った。
「どうして他人のために戦えるの?」
「メリットなんてねぇだろ。」
椿と棟也が問いかける。
なぜ他人のために戦えるのか。簡単にできることではない。
どんな理由があるのか。メリットなどないはずなのに戦うのか。理解できなかった。
「私たちは余所者ですから平気なんですよ。私たちは縛られているモノはないのですよ。」
玉水はにっこり微笑んだ。
それが答えでもある。自分たちはこの場所には怖いモノも縛るモノもない。
いつでも自由に好きなように生きられる。
だが彼らは目に見えない強い何かに縛られている。彼らは長い間、闇の中にいた。
闇の中に生まれ、外の世界を知らずに生きてきた。自由はなく生きる意味も分からずに目的なく生きてきた。未来も希望もなく、ただ生かされた。
望まなくても権力の下に生かされたのが彼らの人生だ。
だが、近い将来、大きく変わる。彼ら自身も変わらなければならない。
「縛られるもの…。」
棟也が問いかける。
「そうだね。」
瑚羽は穏やかに微笑んだ。
自分たちは見えない鎖に縛られている。切れない鎖につながれている。逃げられない重荷がある。
「あなたたちの動く理由は?」
桜が静かに問いかける。
「俺も知りてぇな。」
棟也も言った。
2人が動く理由が何か素直に知りたいと思った。
「理由…ですか。動くのに理由が必要なら、目の前に苦しんでいる人々や助けを求める人々がいるから…ですかね。」
玉水はにっこり微笑んだ。それが理由だ。それ以外に理由はない。
「それだけ?」
椿が首を傾げた。
本当にそれだけで動けるのだろうか。人間は何かのために動く生き物だ。ほとんど己の利益のためだ。2人は違うのだろうか。
「私たちにはそれだけで十分ですよ。他に理由が必要だと思っていません。」
玉水は穏やかに微笑んだ。
自分たちに理由はそれで十分だ。あの子にも自分にも十分だ。
「強いのね。」
桜が静かに微笑む。
2人の強さが分かった気がする。敵わないと思った。何がここまで強くするのか分からない。だが2人は何かを乗り越えたから強くなれたのだと思う。
「死ぬことを恐れてください。何より自分の命を大切にしてください。」
玉水はしっかりとした口調で言った。
何よりもどんなモノより大切にすべきなのは生命だ。まずは死ぬことを恐れ、己を護ってほしい。
「え…。」
「命を大切に…。」
棟也と桜が呟いた。
「あなた方もあの子のように、心の内に揺らぐことのない生きる覚悟を持って生きてください。」
玉水はしっかりとした口調で言った。
彼らはまだ若いのだ。いつでも心の内に揺らぐことのない生きる覚悟を持ってほしい。その覚悟があれば強くいられる。
その覚悟があれば強くいられる。覚悟があるか。ないかですべての未来も変わる。天と地の差があり生死を分ける。
「生きる覚悟。」
ライが静かに微笑んだ。
それがどんな覚悟なのか想像もできない。どれほどのものなのか考え付かない。自分の心の内に何があるのか見つめる。
「あなた方にはないモノです。」
玉水は静かに微笑んだ。
生きる覚悟を彼らは持ったことも考えたこともないだろう。その彼らの境遇、生きてきた人生を想えば分かる。だからこそ、彼らは未来を生きるために必要だ。
「俺たちにはない。」
「だから強いのね。」
瑚羽と桜が静かに微笑んだ。
自分たちにあるのは死ぬ覚悟だけだった。
2人がなぜ強いのか分かった気がする。最期まで生きることを諦めず希望を失うこともないからだ。
「生きるのですよ。何があっても、どんなことがあっても最期まで生きることを決して諦めないでいるのですよ。」
トキが若い人間の子供たちに言った。
彼らに未来を生きてほしいと願う。そこには明るい未来があると信じている。
「生きることを諦めない。」
棟也が首を傾げた。
その言葉を心に刻む。生まれて初めて生きろ。生きることを諦めるなと言われた。どう受け止めればいいのか戸惑う。
「その想いこそが人を強くします。その想いがあれば、人間はどこまでも強くなれます。強い心でいられます。」
玉水は静かに微笑んだ。
生きるという想いが人を、人の心を強くする。その想いがあれば、限界なくどこまでも強くなれる。まず生きたいと願ってほしい。
「強く…。」
ライが呟いた。
「そして、すべてを生きて見届けるのですよ。生きている者の役目です。あなた方には未来があります。亡くなった方にはないのですよ。」
玉水は静かに微笑んだ。
それが生きている人間にしかできない役目を果たしてほしい。若者たちには未来がある。生きていることがどれほど素晴らしい事か彼らは知るべきだ。
「見届ける。」
「私たちには未来がある。」
「役目…。」
若者たちが言った。
言葉の意味を考える。ずっと未来はないと思っていたが違うと知った。人間の生命の重さを初めて感じた。
「生きるということは、それ自体が苦しいこともあるでしょう。それでも生きてください。」
玉水はまっすぐな瞳で訴える。
どれほど苦しいことがあっても辛くても生きてほしい。どんなことも乗り越えて立ち向かってほしいと願う。
玉水はゆっくりと立ち上がって部屋を出た。あとは彼ら次第だ。
七宝と龍 美李 @LEMON-MEI
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