スタール、妖精の夢を見る
それはいつかの夜。
天測器を眺めるのは、どこか虚ろさを思わせる少年だった。
きちきちきち、と紋様が虫のような声で鳴く。
「……嫌な夢をみたんだ、ステラ。僕を一人にしないで」
返事はない。
「僕は解き明かしたんだ。命の仕組みを。だから、還っておいで。いつだって楽しく過ごそう」
きちきちきち。きちきちきち。
紋様の力は血のつながり。愛。絆。次へとつながるもの。
「精緻な仕組みには、命が宿る。だから、もう一度君の、声を聞かせて」
僕が王様になったら、悲しみのない世界を作ってあげよう。
悲しみにとらわれたままでは、前を向くことができないから。
ぱきり、と最後の硝子が割れる音。
それを見て、少年は口元を緩ませた。
「……あはは。読み勝ったぞ。愚昧な人の王。結界があと一月持つと思うたか。世界の仕組みを覗くことができる僕に、それしきの策が通用すると思うたか。身をもって知れ。王の覚悟を」
遠くから聞こえる、古く錆びたオルゴールの音色。
同じ場所を繰り返し廻り廻る、まるで囚われた王の在り様のようだった。
きちきちきち。きちきちきち。
紋様はわななき震えて、拒絶反応を押しとどめる。
骨と血と肉を使った偽装は、古い結界の、その僅かなほころびを潜り抜けるのに十分だった。
◇◇
「――ここは夢の中だよ、スタール」
ククリの優しい声で目覚めたスタールは、ふと、奇妙な浮遊感で足元がおぼつかないことに気が付いた。
どこにいるのか皆目見当がつかない。感覚も、すべてが遠く、鈍く、スタールの感じるすべてが抽象的で非現実的だった。
「ククリ……? 何だって? ここは夢……」
「そうだよ、スタール。君はたどり着いたんだ。胸を張っていいよ。君はもう、立派な英雄だ」
囁くような声。内容もうまく理解できない。たどり着いたとはどういうことだろうか。
そういえば、ククリがいない。声だけは聞こえるが、彼女の姿をどこにも見かけなかった。
「……ねえ、スタール。少しだけなぞなぞをしよっか」
「? 何だよそれ。別にいいけど」
「ねえ、もし生まれてくることができなかった、命の空っぽな赤ちゃんを拾ったとしてね。その赤ちゃんに、魂の一部を分け与えて蘇らせるの。生転死済。そして、その赤ちゃんが役目を果たしたり、死んでしまったら、魂を返してもらうの。……どう思うかな」
「どうかな……って」
「……残酷かな。恨まれちゃうかな」
なんの話だろう、とスタールは思った。質問の意味が分からなかった。
ありえない話を持ち出して、何かを遠回しに伝えようとしているようにしか聞こえなかった。
産まれてくることができなかった赤ちゃん。流産だろうか。古い言い回しでは、天に愛されたので天に留まった子供、とも言うらしい。
そもそも亡くなったのであれば、魂を吹き込んでよみがえらせてあげるのは、別に構わないことなのではないか――と。そんな安直なことを口にしようとして、しかし、言葉が出なかった。
突如、ククリが目の前に現れたからである。
普段の妖精の姿ではない、歯車の仮面をつけた、等身大の少女の姿。それがククリの本来の姿だと理解するのに時間はかからなかった。
「あのね。死に損ねている魔王たちを、きちんと死なせてあげたいの。心臓を失って、知性や記憶に重要な欠損が生じて、でも、妄執によって死にきれずに復活してしまう魔王たちを、しっかりと弔いたいの。
でも、そのために何度も、子供を利用しているの。本当は死ぬはずだった子供の、運命を弄ぶようにして。死ぬ直前、英雄になんてなりたくなかったって、そんなことをいう子供だっているのに、利用しているの」
「……ククリ、まさか、待ってくれ」
「だから、英雄になりたいって気持ちを、心の片隅に持ってくれてて、本当にうれしかったの」
仮面の奥、顎元から雫が滴った。涙だと思った。
なぜかそのとき、ククリのことを、心まで機械仕掛けだと罵った記憶が蘇った。そして、それをもう一度強く後悔した。
そして、それなのに頭はしびれた様になって動かなかった。
「……その、死ぬはずだった赤ちゃんは」
「ねえ、スタール。食べてほしい料理があるんだ。戦いの前の、戦勝祈願食。とても緻密で高度な施術だから、スタールに料理を手伝ってほしかったの。だから料理を勉強してもらえて、本当にうれしい」
「待てよ、答えになってない、ククリ、もしかして本当は、
「スタール。生きて」
夢の中で手を握られる。
不思議なことに、利き手の指のしびれは感じなかった。温かみだけがそこにあった。
「スタール。ボクを乗り越えて。この仮面と、この名前の意味は、王家の武器。魔王と戦う前に、ボクと戦って、ボクを乗り越えていくんだ。ボクの心臓が終わる前に」
◇◇
夜中に目が覚めたとき、スタールは何も覚えていないことを心底後悔した。
忘れてはいけないことを忘れてしまった喪失感が、喉の奥をちりちりと焼いていた。記憶のどこをどう攫っても何も出てこない。胸が詰まるような気持ちだった。
その代わりスタールは、いつのまにか隣にいたククリを見た。スタールの肩ですやすやと眠る機械仕掛けの妖精を見た。久しぶりに顔をみた妖精は、どこか間抜けな表情で、スタールはそれを見てわけもなく安心感を覚えた。
そうだ。
ふと、またいつものようにいたずら書きしてるんじゃないか、とスタールは全身を見た。案の定それが書かれていた。疲れが取れるおまじない。ありがた半分、迷惑半分である。また下着の中もやられてるだろうな、とちらっと確認したところで、息を呑む音が聞こえた。
「っ、ち、ちん」
顔を真っ赤にしているエスラがこちらを見ていた。瞬間、考えていたすべてが吹き飛んだ。
「大丈夫、知っている。忍びは、秘密を守る。殿方は、そういう気持ちになることも」
「ちがう!そうじゃない!」
その日の模擬訓練はひどかった。俊敏の英雄エスラが使い物にならなくなっていたのだ。柔術の練習の時が一番駄目であった。足が絡むたびに「ぴぃ」と逃げられてしまう。おかげでスタールのほうが恥ずかしい気持ちになってしまった。
「不覚。忍びは、心を乱さない。冷静沈着、冷静ちんち……」
痛いほど動揺が伝わってくる。投げ技で組み敷いたときが一番よろしくない。その日はスタールも精彩を欠いていた。
(どうしよう、エスラってこんな子だったっけ)
印象ががらりと変わってしまった。スタールの知っている俊敏の英雄は、もっと寡黙で、行動が読めず、突飛で、そして神出鬼没であった。動揺する姿は微塵もなかった。ストイックな女忍者、というのがスタールの抱いていた印象である。それを今日の彼女は悉く裏切っていた。
スタール
Lv:11.96
STR:6.42 VIT:8.43 SPD:5.12 DEX:171.91 INT:11.34
[-]英雄の加護【器用】
竜殺し
王殺し
精霊の契約者+
殺戮者
[-]武術
舞踊+++
棍棒術+++++ new
槌術++++ new
剣術++++ new
槍術+++++
盾術+++++++++++ new
馬術+++++
投擲術++++ new
柔術++++++ new
格闘術(脚術+++) new
[-]生産
清掃+++++
研磨++++
装飾(文字++++++ / 記号+++++ / 図形++++++)
模倣+++++++++ new
道具作成+++
罠作成+
革細工
彫刻
冶金++
料理++++++++++ new
解剖++
曲芸++++++ new
歌唱+++++ new
演奏++++++ new
[-]特殊
魔術言語+++++
魔法陣構築++++++ new
色彩感覚+++
錬金術++
詠唱++++ new
「貴方は見た?」
「え?」
「夢」
息を切らして床に寝転がったままのエスラは、俺を見ないように意識しながら口を開いた。
「思い出せないの。だけど、戦えと言われた気がする」
「……そうだな、僕も思い出せない」
もしかして今日見た夢だろうか、とスタールは思った。何も覚えていないが、戦えと言われた記憶はある。それ以外は忘れてしまった。何を思い出そうとしても、もやがかかったようになっていて手がかりさえつかめない状態だった。忘れてはいけない何かを言われた気がするのに、指の間から水が零れ落ちるように記憶が抜けていく。
「多分、英雄か、魔王」
「だな。英雄同士で高めあえということか、魔王と戦って倒せという話だろう」
「もしくは――契約妖精」
心臓が高鳴る。かちり、と何かがはまった音がした。
"魔王と戦う前に、ボクと戦って、ボクを乗り越えていくんだ。ボクの心臓が終わる前に"
と、やけに解像度が高い声が、耳元に蘇った。
(僕が、ククリと、戦うだって?)
器用(DEX)全振りの英雄伝: 機械仕掛けのフェアリーテイル RichardRoe@書籍化&企画進行中 @Richard_Roe
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