どうしても過去がチラつく

「あ、知ってました?」

「当たり前でしょ!うちのバンドはそこ目指してたんだから!」


こんな奇跡的な出会いがあるだろうか。魁璃が偶然見つけて、私たちが目標にしていた作曲家、それが白虹さんだった。この人の曲のような雰囲気の音楽を作りあげてやろうと言って。私たちを繋ぎ止めていたのは白虹さんだったと言っても過言でないほどに全員がその目標に忠実だった。


「なんでそんなに高評価なのか分からないんですけど」


釈然としない顔をしているくせにどこか嬉しそうな彼がそう言った。


「なんで?」

「なんでって、こんな何にもなれてないような曲なんかどうでも...」

「どうでも良くない!」


真っ直ぐに彼を見て言った。なんでこんなにも自分を卑下するのだろう!


「そうだったらいいですけどね」


自嘲的に笑った彼に私は少しだけカッとなってしまった。もちろんすぐに収めたけれど。


「秋翔は昔っから自分を信じないもんなー」

「その自己肯定感の低さはどこから来るんですかね。秋翔さんの親族にそんな人いませんけど」

「まぁ...父さんは才能人、母さんは努力家、兄さんは母さん似で努力家、で、秋翔は父さん似か。みんなどこかで自信があるんだろうなって雰囲気だったよな。」


光哉くんと瞬さんがそう言った。そんなに見事に自信家な家族ってあるんだなぁと不思議に思っていると3人がなぜだか揃って笑いだした。きっと彼の家族は楽しい家族なのだろうな。


「そうでしたねー。お父さんは特に」


光哉くんが少し苦笑いで言葉を濁した。


「あれはもうなんというか...な」


彼が苦笑いを浮かべながらそう呟いた。気になる。すごく気になる。


「例えるとどんな感じ?」


思わず疑問を投げかけてしまった。気になって気になって仕方がなかったものだから……。


「遊牧民みたいな人」


あー遊牧民か…あれ?遊牧民ってなんだっけ。それが私が思ったことだった。自分の知識不足が悔やまれる。カウンターに立つ二人はその例えでわかったようで頷きながら笑っていた。私はとりあえず早く遊牧民についてなにかしら思い出したい気持ちになった。


「あのさ、純粋に疑問なんだけどいつになったら2人は活動について話し合い始めるの?」


瞬さんが不思議そうに私たちを見た。私は、あからさまに今思い出したような顔をした彼を見て微笑ましい気持ちになった。けれど私も忘れていたのでその点に関しては全然微笑ましくない。


「あー確かに。……どうします?」


彼からの視線を感じて私は顔を上げる。もとから想像していた私の理想を伝えようとだけ思った。


「じゃあ私が歌うから伴奏お願いしてもいい?」


窓から差す朝日が柔らかく私たちを照らしていた。冬の澄んだ空気が私たちを包んでいる。


「いいですよ」

「なら私が秋翔くんが弾いてるところにお邪魔すればいいかな」


昨日の夜、楽しみすぎてこれからを展望し続けたことが功を奏しているようだった。もっとも、その事実を伝えられる訳が無いのだけれど。


「了解です」

「で?なんでユニット名みたいなの決めないの?」


またまた瞬さんがそう言った。ユニット名を決める気にはならなかった。まだMidnightBlueに引っ張られそうな気がしたから。


「あー……。秋翔くん決めていいよ」


思わず目を逸らしてしまった。彼の目が一瞬だけ昔の魁璃の目に見えた。


moonlight flit(夜逃げ)とかどうですか?」

「英語かー」


その言葉はほぼ反射だった。何がそうさせたのかは私にはわからなかった。


「じゃあ夜行列車とか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あの街角にきっと君がいる 雨空 凪 @n35

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ