16.到着

「……!……ろ!着いたよレオー!!!」


「っうわぁ!」



 鼓膜が破れんばかりの声量を耳元で喰らったレオは跳ねるように飛び起きた。慌てて辺りを見ると、両親は既に降りる準備が整っていた。入り口の外には同盟3国を示す青、赤、白の三色が均等に入った三色旗のワッペンを胸に付けた兵士が銃を携え、整列していた。


 到着予定地であるイサキ南部のイサキ守護警備団本部会館兼第一駐屯地に無事着いたようだ。



「服装が整ったら降りるぞ、早くしなさい」


「は、はいぃ」



 急いで着崩れた服装を元通りに正す。レオの準備が終わるのを見計らってブローヴィルが扉をノックする。すると、外にいた御者が車の扉をゆっくり開け、団員達の列に並んだ。



「ありがとう。さ、行くぞ」



 そう言い父が車を降りた途端、纏う雰囲気がガラッと変わった。普段は大雑把で貴族らしからぬ言動をする少しヤンチャな父が、今は賢く強さのある独特な重みを纏った巌のような佇まいになる。


 左右に並ぶ兵士達はその姿に、王族に対する畏怖や尊敬を抱くのではなく、これに勝る男は居ないとも思えるほど滲み出るその雄々しさへ憧憬を抱いていた。


 その兵士達の先、本部本館の玄関前にはリルフィスト王国軍の特有の黒を基調とした制服を着用し、胸には街のシンボルともいえる三色旗を付けた30代半ば程の男性が敬礼した姿で出迎えていた。



「アリスレイン大公家の方々!皇太子殿下御令嬢!ご無事の到着何よりであります!」



 威勢の良い挨拶にブローヴィルもすかさず敬礼をとり、言葉を返す。



「出迎えご苦労、宿への送迎よろしく頼む」


「了解致しました!既に馬車を用意しておりますので、どうぞこちらへ!」



 ガッチガチに緊張したまま男はレオ達を馬車の前まで案内する。館の裏手に泊まっていた馬車は、普段乗るものより質素だが内部は暖かく、着座部分も非常に柔らかいクッションが詰められており非常に乗り心地の良いものだった。



「お荷物の方は後続の車にて宿へお運び致します!」


「ありがとう、では直ぐに行こう」



 そう言うと、男性は一礼し扉を閉めると駆けていってしまった。



「だいぶ緊張してたけど大丈夫かなぁ……」



 ふとリアがこぼした。どうやら本気であの男性兵の事を心配しているらしい。あそこまで萎縮されては、逆にこっちが緊張してしまうものだ。



「彼は数か月前に第一駐屯地の責任者になったばかりでな、それまで貴族相手の仕事が少なかったそうだ。本来ならリルフィスト側の代表団長が出迎えに来るんだが、先日魔獣討伐の際に怪我をしたようで今回はその代理として次席の彼が対応しているそうだ」


「傍から見れば大抜擢なのでしょうけど、今回ばかりは少し可哀そうね……」


「代表団長の方に追加の褒美を与えるように一言入れておくか。とりあえず、出発しようか。出してくれ!」



 すると、馬の鳴き声が聞こえ、馬車がゆっくりと走り出す。街中の雰囲気を見ようと、レオは窓の外を覗く。


 詰所に着くまで眠っていたために上空からの様子は分からなかったが、おおよその建物の感じは王都やラマンドと似ている。詰所近辺は3,4階建ての集合住宅が多く、街の中心部に行くにつれて店が増え、戸建てが多くなっているようだ。


 この街はリルフィスト王国、デイツ魔導国、ライデル王国の3国の国境が丁度中央で重なるような位置にある。国境上には鉄柵が置かれ、行き来には点在する関門を通らなければならないのだが、この街の住民権を取得している者であれば軽い荷物検査のみで通過できる。


 それぞれの国で違いはあるものの、街の構造としては中央にイサオ学院があり、その周辺には魔法術関連の店舗が並び、飲食店も多い繫華街がある。さらに外側へ行くと守護警備団の駐屯地が等間隔に置かれ、集合住宅が多く立ち並ぶ住宅街が広がっている。その更に外側は鍛冶場などの職人街がある。ここでは学院の在学生の実地研修が行われることもある為、それなりに余裕と技術のある工場がほとんどだ。


 これから試験終了までの間宿泊するホテルは、学院の受験生とその家族の為に用意されたもので、平時は民間でも利用が可能だ。学院の受験生の8割が貴族なのでそれ相応の設備が整えられており、民間で利用するとかなり高額になるため利用できる人は大変少ない。


 ホテルに着くまで街並みを眺めていたリアだったが、ふと所々にギルドという文字が入った看板のついた建物がある事に気付く。



「ギルドって付く看板を度々見掛けるんだけど……ギルドって何ですか?」



 そうふとリアが尋ねる。レオはギルドについて10歳の誕生日に、大司教ルークが渡した祝いの品について説明を受けた際に聞いていた。



「ん?リアは知らないのか?」


「レオは知っているの?」


「うん、儀式を受ける前にプレゼントを受け取ったんだけどその時にね」


「へぇ~!」



 レオはその時に聞いた話をリアに詳しく聞かせた。


 ギルドとは専門的な技術を持った人材が集まった組織で、その規模や目的は様々である。レオの誕生日プレゼントである魔杖ロッドを制作した名匠ハルオ・ルーニアが率いる【疾風ゲイル】は、大陸一の工業系ギルドと名高い。


 【疾風ゲイル】の構成要員としては、ハルオ氏を会長として幹部が5人おりいずれも木工や鉄工、魔工の職人で、それ以外の所属メンバーは彼らの工場で働く弟子や独立した工場主だったりする。更には素材の採集も自らで行っており、昨年は珍しい魔水晶マナクォーツの鉱床を発見したことで大変話題になっていた。


 【疾風ゲイル】は鉄製武器から木製家具まで幅広い工業の職人を要するギルドだが、主に剣などの鉄製武器を専門的に扱う職人で結成された【黒鉄くろがね】というギルドや武術をひたすら極める戦闘系ギルド【真武研究会】などがある。



「【疾風ゲイル】はグループ会社みたいだけど、【黒鉄くろがね】とか【真武研究会】はサークルみたいなものだったり一口にギルドといっても本当にいろんな形があるんだね」


「ちなみに俺もとあるギルドに入ってるぞ」



 唐突にブローヴィルが言う。それはレオも初めて聞いたため非常に驚いていた。



「そうなんだ!なんていうの?」


「うーん……ギルドとはいうが正確には双剣術の流派の一つだ。【雷虎二刀流】っていってな?剣術の発展が盛んな東邦海洋帝国で三本の指に入る剣士が使う二刀流の流派なんだ」



 片刃の剣、刀と呼ばれる剣を両手に携え戦う剣術で、レオ達が住まう大陸西部では叩き切るイメージの強い剣術が多いのに対して、刀を用いる剣術は基本切り裂くイメージがほとんどだ。【雷虎二刀流】はそれに回転と波を加えることで相手に剣先を読ませず、気付けば切り付けられているといった一筋の雷のような剣術として有名だ。


 名に虎が入るのは、単に生み出した者の趣味のせいである。



「東邦海洋帝国か……一度行ってみたいね、レオ!」


「そうだね~行けるなら行きたいね」


「今は厳しいと思うぞ。最近、国内で内乱が多発しているようでなぁ……」


「そうなんだね……」



 そんな話をしているうちに、やがて馬車は目的地のホテルに到着した。リルフィスト王国領中央に位置するそのホテルは4階建ての絢爛豪華な建物だった。館ではあるが、城といっても過言ではないその風格に思わずレオは見惚れてしまった。


 ホテルの玄関先では使用人が揃い、大公家一家を出迎えた。


「お待ちしておりました。直ぐに部屋の方へご案内させて頂きますのでこちらへ」


「よろしく頼む」



 さすがに貴族が利用するホテルともあって、対応が手馴れている。ホテルの支配人と思われる男性が先頭に立ち、階段を上がっていく。



「こちらがご利用される御部屋です。常に使用人が外で待機しておりますので、御用が御座いましたら部屋にあるベルを鳴らして頂けたらと」


「ご苦労」



 そう一言ブローヴィルが言うと、男性は下へ戻り3人の男性の使用人が部屋の前で待機した。


 部屋に入ると、以前言った王城のリアの私室に勝るとも劣らない程豪華で、玄関から入ってすぐリビングがあり、そこから4つの部屋があるようだ。一人一つの部屋を使えるという何とも豪華な部屋に、ようやく慣れてきたと思っていた2人は若干引き気味だった。



「少し部屋で休んできなさい」



 ふと、ラナリアが言う。



「観光には行かないの?」


「ホテルの手続きだったり、観光する際の護衛の手配だったり色々やる事があるのよ。それに、一度部屋で何を見るかゆっくり考えるのもいいと思うわよ」


「部屋に街の詳細が書かれた冊子があるはずだから、一度目を通しておくといい。後は試験に向けて少し勉強したりな」


「「はーい」」



 直ぐにブローヴィルは手続きと護衛の手配の為部屋を後にし、ラナリアは休息の為割り当てられた部屋へと行った。2人は一度上着や荷物を自分の部屋で整理した後、レオの部屋で集まって街のガイドブックを一緒に見ることにしたのだった。

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光王冒険記  大水 洸 @K7_F

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