15.出発

入試三日前、王城東門前―――



「お手洗い済ませたー?」


「ダイジョブダイジョブ。そういうリアこそ大丈夫かぁ?行く途中でお漏らしなんて恥ずかしいからなぁ」


「私は大丈夫だけど、そういうレオは一回やらかした事あるじゃない」


「うっ……ま、まぁ大丈夫ならいいんだけどぉ……」



 痛いところを突かれていじける恋人の姿に愛しさを感じるリアは、思わず顔が緩んでいた。



「これから大事な試験だっていうのに……まぁ、普段のあの様子なら万が一にも落ちるなんてことはないだろうが、2りとも試験20位以内のみが入れる1組狙いなんだろう?気合い入れてけよ?」


「そうねぇ、公務で来られない殿下達や一族の事情で来れなかったルーフの分も、控室の方で祈っているから存分に頑張ってきなさいね」


「「はーい!!」」


「いい返事だ!さぁ、いざイサオ学院へ!」



 威勢のいいブローヴィルと共に4人は車へと乗り込んだ。今、彼らがいる王都からイサオ学院までは直線距離で約300カドル(キロメートル)あり、途中にある大陸最大と呼ばれるラマンド湖やダリル山脈を越えなければならないため、普通の馬車であれば1週間掛かる。


 公務であれば、その途中にある街々に寄る事で発生する経済効果などを見越して、特別な事情が無い限りは普通の馬車で向かう。しかし、今回はそういった必要は無く、寒い時期での長期的な旅はかえって体調不良になる恐れもある為、龍車を使う。


 龍車とは、大型の飛龍が空飛ぶ車の事で、ラゼル伯爵率いる高位の従魔術師団員が御者として、上級貴族にのみ利用が許されている特別な乗り物だ。主に長距離での移動や、冬季に3日以上の移動を行う場合に使われる。


 馬車の下部に五等風属性魔法術『飛行フライ』と、背部に四等風属性魔法術『豪風タイフーン』の魔法陣が刻まれている。前者の魔法術で車体は浮き上がり、後者によって推進力が補助されるため、牽引する龍にはほとんど負担がかからず障害物を避ける必要がないだけでなく速度も馬車の2倍以上出る。



「さて、そろそろ離陸だぞ」



 乗用車ほどもある大きな龍は、体長とほぼ同じ大きさの羽を辺りの砂塵を散らすようにダイナミックに羽ばたかせ、同時に発動した魔法陣によって車が持ち上がる。飛び上がった体は羽ばたきの強さが上がるにつれその高度を上げていき、遂にはガイン城が小さく見える程まで上がっていた。



「2人とも、寒くないかしら?」


「大丈夫だよ、母上」


「私も!」


「なら良かったわぁ」


「お!そういえば、2人は龍車初めてだったな。窓覗いてみな」



 ブローヴィルに促され、互いに窓の外を覗く。そこから見える景色は、絶景以外に言い表しようがない程凄まじかった。


 ほぼ正円の壁が3重に並ぶ都のすぐそばにはラマンド湖から大陸を横切るように流れる大河、イジア川が流れ、そこから分岐した川は王都内をも流れている。一番外側の平民街は密集した市街地が広がっているのに対し、一枚壁を内側に入った貴族街は、内側に向かって家の一つ一つが大きくなっている。


 貴族街は王城に近づくにつれ、爵位の高い貴族の別邸が建てられているため、その分屋敷も大きくなっていくのだ。そして、次にあるのは王城だ。


 王城の敷地内には様々な施設があるが、その隙間を埋めるように周囲は木々に、中央のガイン城近辺は色鮮やかな花々が咲き誇る庭園が囲う。色合いの違う三層の街並みはまるで大きなケーキのようで、色鮮やかで、空から見ると非常に綺麗だった。


 一番外側の外壁から周囲約3カドルは平原が続き、各方面に伸びた街道では馬車や人が頻繁に行き交う。



「どうだ、凄いだろ?」


「すごく綺麗だよ、叔父さま!!」


「うん……というか、ほんと予め円を描いたうえに作ったみたいに綺麗な円形なんだねぇ、どうやったの?」



 これだけ綺麗な円形の街をどうやって作ったのか気になったレオはふと、父に尋ねた。



「ん?あぁ、聞いた話だと四等の火属性魔法術に『炎渦ボルテクス』ってのがあってな。綺麗な円形を描くように炎の渦を起こすんだが、更地にした後でその魔法を十数人の集団魔法術兵が超広範囲に展開して印をつけたらしい」


「なんというか……6代目の陛下ってなんでも大胆にやるのね……」


「確かに王都改造の件で大胆な人っていう印象を持つ人が多いのだけど、実際はとっても頭が良くて、国内で長年抱えていた奴隷や収賄といった闇犯罪を一挙に解決したり、相当な切れ者だったそうよぉ」



 思えば、この一年奴隷という存在に出くわしたことが無い。両親や周りの大人達が見せないようにしていたのかもしれない、と考えたこともあったが、まさか奴隷制度自体が無かったとはレオは思いもしなかった。



「奴隷制度廃止については学院で学ぶと思うぞ。思ってるより複雑な出来事だし」


「そっか~学校楽しみだなぁ」


「私も!」



 そんな事を話しているうちにやがて、多くの船が行き交う大きな湖が見え始めた。進行方向右側には湖畔に建てられた街も見える。



「あれが、ラマンド湖?」


「そうだ、どうだ綺麗だろう?あの街の名前も湖と同じくラマンドと云ってな、湖で獲れる水産物で有名なんだ」



 湖の畔に建てられた街、ラマンドは建国以前からあり、綺麗な湖と多種多様で新鮮な水産物が有名な観光地として知られている。環境保護のため許可のない遊泳は禁止されているが、風景の良さと様々な魚が釣れるということもあり、連日多くの人々が釣りを楽しんでいる。


 車はやがて湖の上に差し掛かる。下で航行する船舶では、滅多に見ることが出来ない龍車を見つけちょっとした騒ぎになっている様子だった。



「ここで獲れた水産物は今さっき越えた川を伝って下流に運ばれて行くのよ。しかも、この川は王都の近くを通って海までずっと繋がっているから、あの街を起点に内陸からの輸入品が盛んに行き交っているの」


「そういえば……」



 その話を聞いてふとレオが思い出したのは、リアの父であるルーリエンが集めている武器コレクションだ。その中でも剣。この国で作られる剣のほとんどは両刃の剣であまり片刃の剣は使われていないのだが、彼のコレクションの中には度々王国の物とは違う装飾が施された片刃の剣があった。



「叔父上のコレクションの中に、珍しい装飾の片刃の剣があったと思うんだけどあれも輸入品なの?」


「そうだ。ちなみに俺も片刃の剣をよく使うから、本家の武器庫には兄上のところより多いと思うな」


「そうだったんだ~」



 ここ一年、父や叔父上から剣の指南を受けてはいたが、いずれも両刃の両手剣を模した少し刀身が長めで幅広の木刀しか使ってこなかった。以前聞いた話では、父は双剣使いだと聞いていたため、てっきり双剣術を叩き込まれるものと思っていた。


 気になって一度聞いてみた事もあった。それに対し、父はそのうちな、とあしらわれてしまった。



「さて、そろそろ山脈地帯だな。この辺りはこの時期風が強いし、何より丁度大型の鳥系魔獣が巣作りを始めるころだから迂回していく」



 事前のルート説明にもあったが、この辺りは断崖絶壁が続いており、鳥系魔獣が巣作りをするのにもってこいの場所なのだそう。かつて誤って進んだ龍車が襲われた事があるという。


 湖に沿って緩やかに右の方へと進んでいく龍車。雲一つない快晴に、心なしか龍も気持ちがよさそうだ。そのまま湖の縁をなぞるように飛んでいくと、やがて山脈の途中に大きな窪みがあるのが見えた。



「あれが雷霆らいていの谷だ」


「……」



 雷霆らいていの谷。先代勇者が魔族の大侵攻を一網打尽にするべく放った特等魔法術、『雷霆ケラウノス』によって出来た谷だ。勇者が編み出した勇者のみが使えるとされている特別な魔法術と授業で聞いてはいたが、その規模は口伝でのみしか知らなかった。


 魔法術最上級の等級と呼ばれる八等を上回る威力。もはや山1つ削るようなその絶大な威力に2人は唖然とするしかなかった。



「勇者えぐいて……」


「ほんと……」



 気付けば龍車は谷を抜け、平原の上を進んでいた。



「はっ!……驚きのあまりぼーっとしてた」


「はっはっはっ!俺も初めて見たときは驚きすぎて腰抜かしたわ!」


「私も驚きましたわぁ。腰を抜かすほどではありませんでしたが」


「む、そうか……」



 しょぼくれてしまった父をよそに、龍車はぐんぐんと進んでいく。ふと、御者が窓を叩いた。



「山脈からの追い風が大分強いのと、龍も調子が良いのかだいぶ早く到着しそうですー!!」



 やはり、この天気の良さに龍も気持ちが良かったんだろう。山脈からの強い追い風に乗って滑るように飛んでいく。更にはその風を利用して、羽ばたくことで速度をグングン上げていく。



「この調子なら昼過ぎにはつきそうだな。折角だから街の観光でもしてみるか」


「いいですわね!」



 イサオ学院周辺には街がある。元は寮生の娯楽のためにと作られた小さな街だったが、今では多くの技術者や観光者が集まる都市になっている。また、学院は同盟3国の国境が重なる中立地帯にあるため、その3国から輸出されている品々が集まるようになっており、一種の商業都市とも言える。


 様々な店が立ち並ぶ街は、学院が勇者の下の名前を取っていることから勇者の上の名前を取り、イサキと名付けられた。



「予定より早く着くといってもまだ少し時間はある。この先もずっと平原が続くし、今のうちに寝ておきなさい」


「うんー」



 レオとリアは互いに寄り添うように眼を瞑り、興奮からか、朝早かったからかすんなりと眠りについた。

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