成仏

 あれから約一年半。蓮那はすなは好きなように生きて、生き抜いた。

 ほどなくして、病院に運ばれた。

 病室のベッドで、天井の無作為な柄にうんざりしていた。


 こないだまで、幽霊にあごで使われる日々だった。

 札幌に連れていけだの、宮古島に連れていけだの――それも、存外楽しかったが。

 生と死の間に、道があることは知っている。

 けれど、道の長さを伝えられただけで人は気が狂ってしまう。

 もしかしたら蓮那は、心の奥底でラクになろうと考えていたのかもしれない。

 だからこそ彼女の自裁じさいを認められず、自己への当てこすりアイロニーにしていたのだ。


「……ありさに逢うまでは、不安で泣いてばかりいた。くしくも、『死んでも元気な奴』は『死にそうな奴』の希望になった。もし俺に未練があるなら、幽体になるのかなあ。そうだ、その時は……また逢ってくれるか?」

『な、なにその告白……ぜんぜん嬉しくないんですけど。ふふっ……』

 彼女の咽びが耳元で聞こえ、場を和ませようとしてくれる作り笑いが、次第に遠くなってゆく。死んでもなお、健気な女性である。

「あの駅で待ち合わせしよう。誰かに憑依すればいつかは――」

『いや、めっちゃ無理ゲーだし……』

 ありさの的確な指摘に、ふたりの笑い声が重なった。

 それ以降、この病室はめっきりと静かになってしまった。



 ――風が吹いた。

『こんばんは。久しぶり、ありさ』

『成仏しろよ』

 どこか辺鄙へんぴなところで、そんなそよ風が。


                                   了

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秘境駅の常套句 常陸乃ひかる @consan123

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