親友が私を好きな事に無自覚なので一緒にお風呂に入って完全に理解させる話

はんぺんた

親友が私を好きな事に無自覚なので一緒にお風呂に入って完全に理解させる話

 

「あ〜! わけわかんね〜っ!」


 放課後、帰りの支度をしていると後ろからわめき声が聞こえた。

 振り返ると結衣が急にバタンと机に突っ伏して、バタバタと足を動かし暴れ始めた。

 暴れる親友、倉城結衣はいつものことながら動きが大げさだ。

 どうせ大したことではないだろうけど、無視すると更にかまって欲しがり拗ねて、面倒くさいので、とりあえず聞いてみることにする。


「なによ、いきなり」

「だぁってさぁ〜、あずがさ〜、朝は泣き腫らした目ぇして失恋したって言ってたのにさ〜、今はさ〜、なんなの? あれ!」


 ガバッと顔をあげるといじけたような口調で話し出す。


「なに?」

「だからぁ〜、昼に性格キツそうな先輩に連れて行かれたと思ったらさぁ、戻ってきてからニコニコニヤニヤしちゃってさぁ〜」

「うん」

「どうしたのって聞いたら、自分の勘違いでやっぱり両想いだったんだって! ったく、この短時間で変わりすぎだろー! ってか、あずみたいなかわゆい子を彼女にした男ってどこのどいつよ⁉」


 憤ったような顔で、またも足をジタバタと動かしている。


「……結衣ってそれ、本当にわかってないの?」

「はぁ? なにが?」

「いや、いいわ。結衣が鈍いのは今に始まったことじゃないし」

「な〜に、一人でわかった風な顔してんだよ! もしかしてあずの彼氏知ってるのか? 教えろよー!」


 彼氏じゃなくて、彼女でしょ……と、言いそうになったが、また騒ぎそうなので止めておいた。

 それにしても、あずが女の子を好きだったなんて知らなかったので、実のところ私も驚いていた。

 少しパーマのかかったフワフワのショートボブで、小さいけど中性的で整った顔立ちの彼女は、可愛くも見えるし、格好良くも見える。

 だから、実は男女共に密かに人気があるのだ。今まで、ラブレターがベタに下駄箱に入っているのを何度か目撃した。

 でも、いつもボ〜ッとした眠そうな顔でカバンにしまっていたので、そもそも恋愛に興味がないと思っていた。

 中学の頃から、結衣と私とあずは性格はバラバラだし、共通の趣味なんかないけど、なぜか気が合って今では大切な親友同士だ。

 だけど、あずも結衣も恋愛話には興味がないようで、私たちはあまりそういう話をしてこなかった。

 そんな彼女に恋人が出来たので、結衣がジタバタする気持ちはとても理解できた。

 それにしても、女の子同士なのに付き合うなんて……と、思う。

 正直、羨ましかった。

 だって、私も結衣が好きだから。

 女の子同士だからと、ずっと胸の中に抑え込んでいたけど。

 私も、あずのように自分の気持ちに素直になってもいいのかもしれない。


「おーい、美咲ってば! 人の話、聞いてる?」


 結衣に目の前で手を振られてハッと我に返る。


「あ、ごめん。聞いてなかった」

「なんだと〜! そんな美咲には……こうだっ!」


 そう言って私のこめかみを両方の拳でグリグリと挟んでくる。


「ちょっと! 痛い! 痛いってば!」

「ふふん、これに懲りたら今後はあたしの話をちゃんと聞くようにな!」

「わかったってば! も〜」


 私は痛むこめかみをさすりながら、ジトっと睨みつける。


「まったく、結衣のせいで私のクールなイメージが崩れるわ」


 これは本当に心からそう思う。

 中学で結衣に出会うまで、私はこの外見と口調からか、周りの人々に冷たいとか、話しかけづらい、とっつきにくいというイメージを持たれることが多かった。

 だから、こんなふうにふざけて私に触れ合ってくる友達なんていなかった。

 表面的に取り繕った付き合いの友人たちばかり。

 中身のない会話。一人になるのが怖くて、なんとなく一緒にいる人たち。

 興味のないことにも作り笑いをして、話を合わせる。

 誰かが隣にいても、心の中ではいつも孤独だった。

 だから、肩を組まれたり、バシバシ背中を叩かれたり、心の底から笑いあったり、嫌なことは嫌とハッキリ伝えたり、悲しい時は一緒に泣いてくれたり、グリグリされて痛いと大声で叫んだり……。

 みんなが思う私の、桐原美咲像をぶち壊してくれた。

 そして、こんなにもたくさんの感情を揺り起こしてくれた結衣に、私が強烈に惹かれるのは至極当たり前なのだ。


「ク〜ルゥ〜? えー、どこが? 美咲は全然クールじゃないじゃん。んー、そうだな……静かに闘志を燃やす熱い女って感じ?」


 またこいつは……。

 どうして、そんなに私を嬉しくさせるのが上手いのか。


「ちょっと、真面目な顔してそんなこと言わないでよ」

「だって、そうじゃん。あたしはそういう美咲が好きだけどね」


 結衣は照れた様子もなく、私を見つめる。

 結衣は背も高くスレンダーな身体付きで、華のある目鼻立ちのハッキリした顔は、黙っていればモデルに間違われるくらいだ。

 明るめの茶色に染めたロングの髪も、日本人離れした顔立ちの結衣にはとても良く似合う。

 そんな結衣の眼力はいつもながら強すぎて、私は途中で目を逸らす。


「なっ、なに言って……」

「あ〜、照れるな照れるな。そんなことよりさぁ」


 人の気も知らないで、サラッと好きとか口にしないでほしい。

 それに、本当になんでもないようにさっさと次の話題に移られると少し落ち込む。


「明日のお泊り会、あず来れないってさ〜」

「えっ、そうなの?」

「例の彼氏様とデートだってさ。友情より愛情ってやつ? あー、梓! お前もかー! ってやつよ」


 私たちは一年ほど前からほぼ毎週、土曜日にお泊り会をしている。

 結衣の家に集まって、だらだらしたり、たまに試験勉強したり、くだらない話で盛り上がったり、一緒にご飯を作ったり……。

 きっかけは、一年ほど前に結衣のお父さんが事故で亡くなったことだ。

 いつも元気でバカなことばっかりしてた結衣の憔悴した姿は、見ているこちらが本当に辛くなるようなものだった。

 どうにか悲しい気持ちを少しでも癒やすことが出来ればと、あずと一緒に考えて毎週のお泊り会を企画したのだ。

 悲しい時は一緒に泣いて、寂しくて辛いときは皆で抱きしめて、徐々に結衣は立ち直ってくれた。

 また元通りの明るい結衣に戻ってからも、この習慣はいつしか私たち三人にとって心地良い、かけがえの無い大切な時間になった。

 だけど、あずはもう見つけたのだ。心から本当に大切な、ずっと一緒にいたい、ただ一人のひとを。


「いいんじゃない? あの、あずが心に決めた人なら問題ないでしょ。私はあずが幸せならいいの。私たちのことなんか気にせず、思う存分イチャついて欲しいわ」

「なんだよ〜、あたしだってあずが幸せならそれでいいと思ってるし!」


 ふざけて拗ねたように口をとがらせるも、結衣は少し寂しそうな目をする。


「なによ、私はお泊りするんだから寂しくないでしょ?」

「え? 美咲はきてくれるの?」

「当たり前でしょ。恋人なんかいないんだから」

「あ~、美咲がモテなくて本当に良かったー!」

「ちょっと! なにそれ! ひどくない?」


 お互いに思いきり笑い合う。

 結衣が愛しい。

 心からそう思った。



 土曜日、結衣から急に駅前で待ち合わせに変更すると電話があった。

 何もわからないまま待ち合わせ場所に行くと、サングラスとマスクを付け、帽子を被り、怪しげに柱の影に隠れている結衣を見つけた。どこからどう見ても不審者だ。


「ちょっと結衣、何その格好……。それにコソコソ隠れて怪しすぎでしょ」


 周りの視線が痛いが、とりあえず話しかけてみる。


「うわっ! ちょっと早く隠れて! あと、声が大きいよ! まったく美咲は〜!」

「あんたの方が声大きいでしょ! もう、何よこれは」

「あそこ見て! あずが、今日ここで彼氏と待ち合わせしてんの! ほら!」


 結衣の指差す方を見ると、確かにあずがキョロキョロと誰かを探すように改札口を見つめていた。


「ちょっと、覗き見なんて趣味が悪いわよ。あと怪しすぎるから、マスクはとって」

「うるさいな〜。だって、あずが悪い奴に騙されてないか心配なんだよ」


 結衣はブツブツと文句を言いながらもマスクをとる。


「まったく……。あずにバレて怒られても知らないからね」


 私はため息をつきながらも、内心は、あずの恋人が女の子だということを知った結衣がどんな反応をするのか気になっていた。


「あっ! あずが手を降ってる! ほら、ついに彼氏が来るんじゃない⁉」


 今まで見たこともないような満面の笑みで手を振るあずの傍にやって来たのは、やはりあの時の先輩だった。


「……へっ? なに? 女の子? んん? あれって、あの時の性格キツキツな先輩じゃない? は? なんで??」


 顔中にはてなマークを散りばめて、まだわかってない結衣にしょうがなく教えてあげる。


「……だから、あの先輩があずの恋人なんでしょ。彼氏じゃなくて、彼女」

「ハァ〜〜⁉ ウッソ! 本当に?」


「本当だってば。あの繋いだ手をよく見てみなさいよ」


 離れていても、指を絡ませ合って恋人繋ぎをしているのが見える。


「うわ〜! 恋人繋ぎしてるやないかー! 友達かと思おうとしたけど、アレ、友達同士じゃやらないヤツやないかーい! マジか……ムグッ」

「静かに! 声が大きすぎ!」


 周りから注目を集めてしまうほど、大騒ぎして驚く結衣の口を手で塞ぐ。

 あずがこちらを振り向くが、とっさに柱の影に隠れる。


「あっぶな〜! でも、バレてないみたい。良かった〜」

「もぅ〜、誰のせいよ! まったく」

「ごめん、ごめん。でも、驚くだろ? だって、彼氏じゃなくて、彼女だったんだから」

「私はこの間、あの先輩があずを連れて行ったときから、なんとなく気付いてたけど」

「えー? どうして気付けるんだよ。美咲すごすぎ。……あっ、二人が移動しはじめた。後を追うぞ、美咲くん!」


 そう言うと見つからないように二人の後を追いかける。


「はぁ、本当にやるわけ……?」

「当たり前だろ! ったく、あずが幸せならいいけど、あの先輩がどんな人だか、やっぱりちゃんとこの目で見て確かめないと!」

「……ところでさ、実際どう思う? あずの恋人が女の子なのって」

「ん〜、まあちょっと驚いたけど、別にいいんじゃない? 好きになっちゃったんだから。そういうの男とか女とか関係ないっていうか」


 結衣が女の子同士の恋愛に肯定的なのが本当に嬉しかった。その言葉を聞きたかった。聞けて良かった。

 だって、気持ち悪いとか言われたら、私はきっとショックで立ち直れなかっただろう。

 私は嬉しさが漏れた表情を見られないように、結衣を追い抜き前を歩く。


「お、美咲も本当はやる気満々じゃん。……っと、待ってよー!」



 二人を追って、やってきた場所は駅の近くにある水族館だ。

 駅近にあり、便利でリニューアルしたばかりなので綺麗だし、デートには最適だろう。


「ほほぅ、水族館デートか。まぁ、健全で結構、結構。うむ」

「これ、私たちも入るの?」


 チケット購入の列に有無を言わさず並ばされる。


「入るよ。ちゃんとあの彼女を観察して、私たちの大切なあずにふさわしいか見極めないと! ……あ、学生二枚ください」

「ふさわしいか見極めるとか、あんた何様なのよ、それ」

「いいから! ほら、中入っちゃったよ! 早く!」


 そういうと私の手を握って引っ張っていく。

 普段、スキンシップが多い結衣だが、手を握られることはほとんどないので、思わず胸がキュンとときめいてしまう。

 恋人繋ぎではないけれど、私には十分すぎるくらいだ。



「むぅ、暗くて二人がどこに行ったかわからん。……あ、美咲! 見て見て! あの魚の群れ、すごく綺麗! イワシかなぁ」


 水族館の中は薄暗くて、魚たちの群れが水槽の中を泳ぎ回るたびキラキラと見え、とても綺麗だった。


「本当だ。綺麗だね」


 手を繋いだまま、結衣と二人でキラキラ光る魚たちを眺める。

 このまま時間が止まればいいのに、なんて思ってしまう。


「このまま時間が止まってもいいな。二人でこのままずっと見ていたいくらい綺麗」

「え……!」


 ポツリと結衣が漏らした言葉。

 それはまるで私の心の中を読んだかのように感じられ、とても驚いた。


「それって……どういう意味?」

「ん〜、そのままの意味だけど。どうかした? あっ、あず発見! 美咲、行くぞ〜」


 結衣が漏らしたさっきの言葉が気にかかる。

 なんだろう? 

 そのままの意味って? 

 私と同じ気持ちなの?


「あっ、ちょっと引っ張らないでよ」


 頭がモヤモヤしたまま結衣にグイグイ引かれて歩きながら、少し感じた可能性に心は浮かれるのだった。

 その後はイルカショーを見たりして、後を追いつつもなんだかんだで結衣と二人で水族館を満喫した。



「……結衣。どうなの? あの先輩はあずにふさわしいと思えた?」


 ショーが終わってから、二人の姿を見失った私たちはカフェで一休みをすることにした。


「うーん、まあ、そうだな。……ギリギリだけど合格をやってもいいかな」

「そう。なら、私と同じ意見ね。結衣がやっと認めてくれて良かった」

「ふん」


 さすがの結衣も認めざるを得ないだろう。

 だって、あずのあんなに楽しそうで幸せそうな顔を終始見せられたら誰だって、あの先輩があずには必要で、ふさわしい唯一無二の人だと思うだろう。


「……しかし、あずってば面食いだったのね。あんな綺麗な人なら、普段は眠そうにしてるあずも目が覚めて恋しちゃうはずだわ」

「ん〜、そんなに言うほど綺麗かぁ?」 

「え? あんなに綺麗な人、なかなかいないと思うけど。……あ、また拗ねて素直に言えないだけなんでしょ」


 私の言葉に不思議そうに首を傾げると、マジマジと私を見つめて

「いやいや、違うって。美咲の方が断然美人じゃん」

 と、そんなことを言ってきた。


「……は?」


「だから! 美咲の方が綺麗だよ。だって、美咲ってなんかキラキラ光ってるもの。そんな人、他に見たことないし」

「……え? ちょっと何言ってるの? 私、光って見えてるわけ?」

「うん。もうすごいよ。キラッキラ! 美咲がいると周りの景色もなんか綺麗に見える。美人すぎる人はやっぱり一般ピープルとは違うんだなぁ、うん」

「ちょっ……! 結衣っ…!」


 頭の中は完全に沸騰し、顔が紅く染まるのを抑えることができない。

 ドクンドクンと心臓もすごい速さで動きだし、嬉しさから手が震えるのを抑えるのに必死になる。


 これって……! 


 結衣は気付いてないけど、絶対に私のこと好きでしょ⁉ と、頭がパニックを起こしかける。


「ん? 美咲、どうした? 顔赤いぞ」

「結衣のせいでしょ! もう、なんで気付かないのよ! 鈍いにもほどがあるでしょ!」

「えぇ? 何が?」


 結衣は本当にわかっていないようだ。

 キラキラ光って見えるなんて、私が結衣に感じていることそのままだ。

 でも、結衣が自分の気持ちに気づかないまま、私が想いを伝えても、きっとうまくいかないだろう。


「あぁ、もう! わかった! こうなったら私が理解させてあげる!」

「お、おう。なんか知らないけど、がんばって」


 結衣はハテナマークを散りばめた顔で、私にエールを送った。



 結衣の家には先週泊まったばかりだが、今日はあずがいない。

 だから、結衣のお母さんが帰って来るまでは、二人きりなのだ。

 こうなったら、攻めて攻めて攻めまくって、私を好きなことに気づかせてみせる。

 お泊り会の夕飯の定番、カレーを食べ終えて、まったり過ごす。

 だが、内心はまったくまったりできていない。意識しすぎるせいか、なかなか上手くそういう展開に持ち込めない。


「そういえばこの前、あずのほっぺにキスしてたけど、結衣って私にはそういうことしないよね」 


 結衣に意識させようと、まずは遠くの方から攻めてみる。


「え? んー、まぁそうだな……。なんだろ? 美咲にはなんかしづらい」

「なんでよ?」

「なんでって……。わかんないよ。それにそういうことあんまりふざけてやるの良くないだろ」

「あずにはしてたくせに」

「だって、あずはさ〜、フワフワでちっちゃくて、なんか昔飼ってた犬みたいなんだよな〜」

「あ、そうなんだ」


 だめだ。やはり結衣に気付かせるのは無理かもしれない。

 ハァ〜とため息を漏らすと、浴室のお湯が湧いたことを知らせる軽快なメロディーが鳴り響いた。


「あ、お風呂沸いた。美咲、先入る?」

「ううん、私は後でいいわ」

「じゃあ、お先にひとっ風呂浴びてきまーす」


 浴室へ鼻歌混じりに向かう結衣の後ろ姿を見送りながら、頭の中にひとつの案が思い浮かんだ。

 でも、実行するにはかなりの勇気が必要だ。

 だけど、結衣が気付いてない気持ちに私は気付いてしまったから。

 もう、知らないふりをして、気持ちを抑えるのは無理なのだ。



 浴室内から、シャワーを浴びながらご機嫌そうに流行りの歌を口ずさむ結衣の声が聞こえてくる。

 とびら一枚隔てた中に、裸の結衣がいる。脱衣所で服を脱ぎながら、これから行うことを頭の中で反芻する。

 自分の下着姿が鏡に映る。身体で誘惑するみたいで、なんか……とてもイケナイことをするみたいに感じる。

 深呼吸して、昂ぶる気持ちを和らげるが、下着を脱ぐとまた羞恥心で胸の昂ぶりが限界近くまできて溢れそうになる。

 もう、どうにでもなれ……!と、私は扉に手をかけた。



 ガチャと扉を開けると、驚いて固まる結衣と目があった。


「……んなっ! なっ、な、なんで美咲入ってきてんの⁉」


 そう言いながら、恥ずかしそうに前かがみになり、両手を使い、胸と下半身を隠そうとする。あんまり隠れてないけど。


「え? たまには一緒に入るのもいいかな、と思って」


 ジロジロと結衣の身体を上から下へ舐める様に見る。

 スレンダーで、薄いけど形の良い胸が隠した手から覗き見える。

 その視線に気付いたのか、顔を真っ赤にして湯船に身体を隠すように飛び込んだ。


「良くない! 良くない! 早く出てけ! 服を着ろっ!」


 湯船の中でも、体育座りをして胸と下半身を見えない様にがっちりガードしている。


「やーよ。なに恥ずかしがってるの? 女同士なんだから、構わないでしょう?」


 私だって本当は恥ずかしくて身体を隠したいが、羞恥心を押し殺し、堂々とシャワーを浴びる。


「……っ! べ、べつに恥ずかしがってなんかない! あー、もう好きにしろ!」


 フン、とそっぽを向く。

 でも、私は気付いていた。

 結衣だってさっき、私の身体を情欲の混じった熱い目で見つめていたことに。




「よいしょ」

「うわ! こら! 湯船に入ってくんな」

「いいじゃない、別に。中学の修学旅行のときだって一緒に湯船に浸かったでしょ」

「大浴場の風呂と一緒にすんなっ! うちの湯船に二人なんて狭いんだよ!」


 たしかに狭いから横並びになると、足も伸ばせず、体育座りした肩や腕がくっついてしまう。


「じゃあ、こうすればいいんじゃない?」

「ちょっ、なんだ! なにすんだー!」


 私は身体の向きを変え、縦並びになるように足を伸ばした。

 足の間に抱きかかえるように結衣を座らせると、綺麗な背中がかすかに震えているのが見えた。


「ほら、これで足が伸ばせるでしょ」

「……う〜! もう、なんなんだよぉ……」


 背中まで真っ赤にして、恥ずかしがる結衣にピッタリと胸をつけて抱きしめる。


「ふふ、なんだか恋人同士みたいだね」

「……っ! なに、言ってんだよ……。ふざけんなよぉ……」


 結衣の肩に顔を乗せると耳元で囁いた。


「……ふざけてなんかない」

「え?」

「結衣は、私のことどう思ってる?」

「そ、そんなの、親友だと、思ってるけど……」

「まだ気付かないか。……じゃあ、結衣が本当は私をどう思ってるかヒントをあげるね」


 抱きしめた身体を離すと、結衣の背中にツンと人差し指を触れさせた。


「ひゃ!」

「これから答えの文字を書くから。当ててね」


 ツツーー


 触るか触らないか程度の優しいタッチで指を滑らす。


「ッや、やめ! ひゃん! だ、め、背中っ! んあっ! やぁ……っ!」


 ツツツーー


「あっ……、ぁんっ、んんっ! ……ひぁっ! やっ、あぁっ……」


 指を滑らす度にビクビクと身悶えしながら、可愛い声を漏らす結衣。

 その声を聞くだけで興奮してきてしまい、私の息づかいも荒くなってしまう。


「……ハァ、どう? わかった?」

「っ、こんなのっ、わかんないっ!」


 結衣は耳まで真っ赤にして、ブンブンと首を横に振る。


「じゃあ、もう一度ね」


 ツツーー


「ひゃあんっ……、んっ、あんっ! ……あっ! やあぁっ……」

「今のが一文字目」


 囁いて、フーッと耳に息を吹きかける。


「んんっ! 耳っ、やぁっ……!」

「結衣は背中も弱いし、耳も弱いのね」


 ツツツーーーー


「ああぁっ……、その、くぅっ……んっ、触り方っ、だめぇっ! あぁんっ! あぁっ! やあっ……はぁんっ……ああぁっ……」


 背中がこんなに弱いなんて。

 今まで聞いたことのない結衣の甘く色めきだった声で私の頭の中は真っ白になる。 

 もっとこの声を聴きたいという思いが、指使いをさっきより艶っぽいものにさせる。


「二文字目。……結衣、わかった?」

「……っ! わかんないよぉっ。こんなの集中、できないっ……」

「じゃあ、わかるまでやってあげる」


 ツツツツーー


「ひゃっ! ……っん! もうっ、だめぇっ! ……あぁ、ふぁっ……あっあぁっ……!」



「……ふあぁっ、……すきっ! 美咲が好きぃ……! んんっ!」


 これは何度目だろうか。

 数え切れないほど何度も繰り返し、背中に書き続けると、結衣は息も絶え絶えな様子でようやく正解を口にした。


「……正解」


 やっと気付いてくれた。

 堪らなくなって、後ろから思い切りギュッと抱きしめる。


「……美咲のばかぁっ! ヘンタイ!」

「だって、結衣が気付かないのが悪い。ね、自分の気持ち、ちゃんと理解できた?」

「……できた。背中に書かれてる間中に色々考えて……、美咲のこと……好きなんだって……わかった」


 ポツリポツリと恥ずかしそうに呟く。


「よく聞こえないなぁ。ね、こっち向いてもう一回ちゃんと気持ち教えて」

「うそ! 絶対聞こえてたくせに!」

「いいから、いいから。ハイ、こっち向いて〜」


 少し抵抗したものの、すぐに言うとおりにこちらに向き直る。

 真っ赤な顔をしながら、精一杯に強がって私をジロリと睨む。


「じゃあ、はい。結衣は、私をどう思ってますか?」

「……好き。うぅ〜」


 それだけ言うと、恥ずかしいのか両手で顔を覆って隠してしまう。


「ねぇ、私も結衣のことが好きだよ。大好き。だから、顔、ちゃんと見せて」


 結衣の手に触れ、そのまま顔を覆っていた手を下ろさせる。

 上気した顔で、潤んだ瞳は熱を持ったように色っぽい。

 きっと私も同じ顔をしているだろう。お互いに引き寄せられるように、唇を触れ合わせる。


「ちゅっ……。みさき……みさきのせいで、からだがあついよ……。おねがい、なおして」

「……っ! かわいすぎでしょ……」


 お望みどおり、結衣の甘く疼いた身体に指を滑らせていく――。



「おっはよー! あず!」

「おはよう、あず」

「二人ともおはよう」


 月曜日、結衣と一緒に教室に入るとあずは珍しく雑誌を読んでいた。


「おや〜? 珍しいな。真剣になに読んでんの?」

「んー、まあちょっと」


 あずは、いま見ていたページを知られたくないのか、不自然に腕で隠そうとする。

 その不自然さに結衣は、ますます興味津々になってしまった。

 これは対応を間違えたな……。「あず、ドンマイ!」と心の中でエールを送る。


「あやしい、見せろー!」

「ちょっ!」


 あずの腕から雑誌を奪うと、素早く読み上げる。


「……なになに『恋人と初めてのえっち。みんなの理想の場所は? 一位 彼氏の部屋』……って、あずは朝からなに読んでんだ?」

「う、うるさいなー! いいでしょ、別に!」


 そんな記事を読んでいたのを知られて、恥ずかしかったのか、顔を赤らめながら雑誌を奪い返す。


「ふ〜ん、彼氏の部屋が一位なのね。……でも、私はお風呂場が理想だわ。ね? 結衣」

「ぶっ! 〜〜っ! ば、ばか! み、みさき、こら! な、な、なに言って……! だめだめっ! しーっ! あ、あたしたちは、い、い、一緒にお風呂に入っただけだし! な! そうだよな? 美咲!」


 結衣は挙動不審を絵に描いたような、慌てふためき方をする。

 それを見ていたあずは、結衣のあまりのわかりやすさに、やっぱり気付いたようで。


「……あー、そっか。おめでとう! でも、そういうこと言われると、今度のお泊り会の時にお風呂場に入りづらくなるな……」


 ポッと頬を染めながらも、私たち二人を祝福してくれる。


「うん、ありがとう」


 私は嬉しくてあずとニッコリ笑い合う。


「な、な、なにもしてないぞ! お風呂場で、え、え、えっちなんてっ! だから! こら! 想像するな〜っ!」


 嘘がつけない結衣のかわいさに、私はまたも笑顔が溢れてしまうのだった。




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