異世界へ

たかみ真ヒロ

ドンドンと扉をたたく音がした。ヴィオノはその音にとても驚いてしまった。


「すみませーん。どなたかいらっしゃいませんか?」


扉の奥からの人の声に彼女は更に驚く。彼女は呼吸を整え、扉を開ける呪文を唱えた。人が三人は同時に優に入れるその扉はその声に応えてギギギっと開き始めた。それは訪問者にとって目の前に流れる河の水が自分を起点に無くなり道が現れた時のような驚きの瞬間であろうことを彼女は理解していた。そして、その訪問者が彼女が座っている席の前へ周りをきょろきょろと見回し、おっかなびっくりという様子でこちらに近づいてきたところで、この建物の説明をするのである。しかし、その予定だったのだが、なかなか肝心の訪問者が中へ入って来ない。彼女の司書席は円筒上に長いこの建物内のすべてを見渡せるように中央部分のやや高い位置に設けられており、そこから扉の外を伺うには一度席を立たなければならない。それは彼女にとって難しい行動だった。何故そんな行動を取らなくてはならないのか。もうしばらく待って、それでも入って来ないようであれば、扉を閉めてしまおう。【オンシュザ式魔導録第8巻禁呪】に目を落とした。この国に多大な功績を残したオンシュザ魔導士の残した魔導録。挿絵を交え、魔法の原理と使用方法、注意点ありとあらゆる情報がそこには記されている。しかし、それを顧みる者は最早彼女以外他にはいなくなってしまった。彼女はその記された魔法の数々を自分が使う様子を想像しながら一行一行を丁寧に読み進める。項が消滅呪文【セクシフラージュ】に変わったとき、その時は訪れた。さっきから開いたままの扉の奥からとても大きな轟音と共に巨大な炎の渦が入り込んできたのである。


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彼女がいる司書席から下では扉から入ってきた炎の渦がまるでドラゴンのように暴れまわっていた。そんな状況の中、彼女の胸に去来したのは望郷であった。


自分が昔住んでいた何もかもが中途半端なあの街。そこにも申し訳程度に図書館は存在していた。しかしこことは明らかに違っていた。本には防火用の魔法は織り込まれてはおらず、当時、多大な勢力を誇っていたドラゴン族の襲撃に街もろとも燃えてしまった。ドラゴンの吐く熱風によって町は薪がくべられた暖炉のように熱かった。家々がドラゴンの凶悪な爪によって崩される音。着の身着のまま逃げ出す人々の喚き声。少し離れたところから聞こえるドラゴンと交戦中であろう男性の怒鳴り声。そんな喧噪の中、彼女は伴侶のリブロンの手を取って、町はずれまで最近、王族専用の二頭立てのドロス車が走る為に王の命令で舗装されたばかりの石畳の通路を走っていた。ところがリブロンはその途中で彼女の手を振りほどき、"君だけでも先に逃げてくれ。僕はこの街の自警団の一員だ。まだ逃げきれていない者を捨てて逃げるわけにはいかない。僕は助けに向かわなくてはいけない。"そう言って彼は炎の中へ消えた。そのあと彼女がどのようにそこから生還したのか彼女の記憶の中にはなかった。次に思い出せるのは恐らく誰かの転移魔法でそこに飛んだのだろう。街から少し離れた高台から見えるドラゴンの雄たけびとそれに呼応するように街に広がる炎の渦。被害を受けた数十人と見た景色。その中に彼女は長と自警団の一部の人間がいるのを見逃さなかった。


彼女はそこまで記憶を振り返ったところで我に返った。右手の掌を渦巻く炎に向けて彼女は魔法を唱え始める。この王宮図書館に勤めることで初めて知ったその魔法は対象の外向きに向かうマナを内向きに反転させる効果を持つ。掌にマナが集まり始め、やがてゆらゆらと揺らめく光の玉になった。その光の玉を彼女は炎に向けて放った。炎にその光の玉が当たるとさっきまで暴れまわっていた炎はじりじりと勢いを亡くし、やがて消えてしまった。あたかも今入って来たその炎はただの突風で図書館に溜まっていた埃が巻き上げられただけのような、そんな静けさが残るだけになってしまった。


「いやーすみません。どうも魔法の使い方にいまいち慣れていなくって。」


扉の奥から謝罪の言葉と共に、ローブに身を包んだ若い男性が入ってきた。彼女の脳裏にはやはりという思いと何故という疑問が同時に湧き出て来ていた。彼女はその来訪者に言葉をかけた。


「そうですか。女神からのギフトは莫大な魔力を選んだとお見受けしましたが、わざわざ開いた扉にその魔力で魔術を使われるとは。いささか不可解に感じます。」


単刀直入に言ったその言葉には険があったが、それは純粋に彼女が人と話すことがあまりにも久しく、そして、彼女の役割、司書としてこの世界の説明をしなくてはならないという重圧からであった。彼女の心の中ではそんな言い訳がモノローグのように流れていたが、来訪者はその言葉を素直に受け取って、


「いやー実は扉が開いたのは気付いたんですが、その、大樹のツタがですね、この図書館を覆っていたもので…」


来訪者はさもいたずらの見つかった近所の子供が言い訳がましく渋々説明するように事の次第を説明する。聞けば、隣に自生した巨木のツタがこの図書館全体を覆っていた為入れなかったという。。彼女の胸にそんな思いがこみ上げてきた。その思いを悟られぬように彼女はゴホンと小さく咳ばらいをして、


「経緯は分かりました。先ほどの件は不問といたしましょう。ここに来たということは王からの勅命を受けての事でしょう。魔王討伐の為にどんな知恵を授かりたいのですか?」


努めて冷静に自分の役割を告げた。来訪者はそれを聞くとあごに手をあてわずかに考え込む素振りを見せて、


「そうですね。私の名前はエドワードと言います。まず、あなたのお名前をお聞かせいただけませんか?」


と言った。その言葉を受けて彼女は、


「私はヴィオノ。」


久しぶりの自分の役割に熱中するあまり、自己紹介すらしていないことに気づいた恥ずかしさで彼女の顔は真っ赤になってしまった。


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二人は改めて自己紹介をした。エドワードはチキュウと呼ばれる星からやってきたと言った。ヴィオノはやはりと自分の予想が当たっていたことでエドワードへの先ほどの屈辱が若干和らぐのを感じた。


「よく聞く星ですね。そんなに退屈な星なのでしょうか?」


ヴィオノはいたずらっぽく聞いた。


彼女はこの後の光景を想像してエドワードには司書席の机が壁となり見えない足の指先が勝手に動くのを感じた。大抵のテンセイシャは決まってこのヴィオノの言葉を受けて、自らの元居た星の悪口を口にする。その度にヴィオノは安心する。どの星でもそうなのだと。そして、その事実に気づかず"この星はいい星ですね。"などとテンセイシャは口にする。その度にヴィオノの心は何とも言えない心地よい気分で満たされるのであった。


エドワードはそんな彼女の隠れた思いも知らず、その質問に答えた。


「退屈ですか?うーん。考えたこともありませんでしたねー。いい星ですよ。」


ヴィオノは喉元まで用意していた"そんなにひどいところなのですか?"という言葉を無理やり飲み込んだ。なんなのだこの男は。彼女の胸の中にどんよりとどす黒い何かが広がっていた。しかし、彼女はそんなことはおくびにも出さず、


「そうなのですか。それではこのお話はお終いとしましょう。ここは、王宮図書館【マロニエ・コマン】。あなたが望む知識のすべてがある場所。あなたは何をお望みになられますか?」


自らの役割を伝えた。早く立ち去ってほしい。それが今の彼女の一番の願いであった。エドワードはまたしても考え込む様子を見せ、こう切り出した。


「そうですねー。まずはこの国の国王について知りたいのですが。」


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ヴィオノはさっぱり訳が分からなくなってしまった。このエドワードと名乗ったその男はテンセイシャに間違いない。自身もそう言っている。いつもであれば、魔王城への最短ルートや効率よくできる魔術の強化、基礎体力に対する乗算効果のある魔術といった、テンセイシャの言葉を借りれば、と呼ばれるものを聞かれていた。それが一体どうしたことか。この国の国王について?一体それを知ってこの男に何の得があるというのか。


「国王は現在、病床に臥せっておられます。おそらく誰とも会われることはないでしょう。テンセイした際に大臣にお聞きになられませんでしたか?」


ヴィオノは答えないわけにはいかなかった。それが彼女に与えられた唯一の役割であるから。しかし、エドワードはこう続けた。


「今、もでしょうか?」


ヴィオノは本の中で度々目にしたギクリという感情を初めて自分自身が体験した。この男はこの時点でに辿り着いているような口ぶりである。先ほどのツタの件からその答えに辿り着いたのだろうか。そうだとしてもあまりにも早すぎる。彼女の心臓はドクンドクンと高鳴っていた。元々臆病な性格の彼女は嘘をつこうとすると毎回こうなる。何度経験しても慣れない。そして毎回すべてをやりおおせた後に後悔するのだ。しかし嘘をつくのは仕方ないことなのだ。彼女は逡巡の後、どうにか言葉を発した。


「もちろんそうですが、それが何か?」


「いえ、そうなんですか。今も…。分かりました。それならば、次は呪文について教えていただけますか?低ランクの属性魔法は元々使えるのですが、それ以外は知識が無くて。」


頭を掻きながら話すエドワードにヴィオノは困惑してしまった。先ほどの炎は高位の魔導士ですら契約しても詠唱できないまま終わるほどの魔力を放出していた。女神からのギフトだけであそこまで出来るものなのだろうか。てっきり大臣か誰かが莫大な魔力を受け取ったのを聞いて高位の魔法を授けたのかと思っていた。よくよく考えればそれは有り得ない話である。女神からのギフトとはこれほどのものなのか。そうであれば、知らず知らずのうちに視線は開いたままの本に向いていた。


「出来れば、そうですねー。身体能力を高めるバフ効果っと言って伝わるでしょうか、そういった補助系の魔法を中心に教えていただければいいのですが。」


ヴィオノは益々訳が分からなくなってしまった。攻撃系でなく補助系?いったい何を考えているのか。


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チキュウからのテンセイシャ、エドワードがこの図書館を去って数日が経った。


こんな風にしてどうやって内容が理解できるというのか。ヴィオノは本のページをパッパッとめくりながらエドワードのことを考えていた。


彼女はエドワードから補助魔法について聞かれたとき、数冊の本を彼に紹介した。彼はその紹介された本達の中の一冊を取り、サーっと目を通し、その本を閉じるとまた別の本を取り、同様の作業を繰り返した。そして、納得顔で、"助かりました。それではまた何かあればお伺いします。"そう言うとさっさと図書館から出て行ってしまった。早く帰ってほしいと願っていたが、あまりにもあっさりしすぎていてヴィオノはどうにもすっきりしなかった。


ヴィオノは図書館唯一の扉をじっと見つめた。やがて、彼女の視線は扉横に設置されたショウメイ器に移った。この図書館のはるか上空の天井の中央から放射線状に設置されたショウメイ器。昔訪れたテンセイシャがチキュウの知識を使って作った半永久ランプ。光の魔力をガラス瓶に詰めて、ディレイで物質速度を限界まで低下させることでそのランプとしての寿命を延ばす。そのショウメイ器は今もこの図書館を照らしている。ショウメイ器が設置されたあの頃のヴィオノは使命に燃えていた。自分も魔王討伐の一翼を担える存在なのだと。もういない先輩たちもそうであった。何が変わってしまったのだろう。もちろん、彼女の中にその答えはすでにある。しかし、その答えに蓋をして彼女はここにいる。。彼女は首を横に振り、最近考えることも放棄したそれを改めて頭の外から追い出した。そして、再び彼女は本に視線を戻した。その時、ドンドンと扉を叩く音がした。ヴィオノは慌てた様子で扉を開ける呪文を唱えた。扉がまだ完全に開ききる前に声の主は中へ入ってきた。エドワードではなかった。薄汚れたローブ。テンセイシャでありながら魔王討伐の夢を諦めた者。昔はヴィオノとは見知った仲だったのであろう。彼女の中にはもはや名前すらも出てこなかったが。慌てた様子の彼はさも友人に聞くように、


「おい、今、王が崩御なされたって話が街では出回ってる。しかも、老衰だ。お前、ここの自動筆記はどうなってるか調べてくれないか?」


王の崩御…ヴィオノの頭の中でその言葉が駆け巡る。そんな馬鹿な。ヴィオノは15階の奥にひっそりと存在する自動筆記台の元へ飛んだ。


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自動筆記台。それは王族に伝わる儀式を経て、神と契約した王のみが持つ特殊なマナに反応し、その者に起こったあらゆることがそこには書かれる。神から贈られた不思議な台。現在の魔術を持ってしても加工が困難と言われるマナの森にのみ自生するオ—トンシアの樹から作られたその台の幕板や脚には神と王の儀式の様子が精密に描かれている。天板には光の魔力が封じ込められていてその天板に歴代の王の名前を書くとその王の情報が天板に現れる。これをみた幾人かのテンセイシャは"タッチパネルディスプレイってことか"としたり顔でヴィオノに言っていた。その中の誰もそれを作ることは出来なかったが。


ヴィオノは現国王である名前を台に書く。神と王の儀式終了の時からの年表がずらりと並ぶ。その中には魔王降臨の情報も含まれていた。本のページをめくる様にヴィオノは天板を右から左になぞり、年表を下っていく。最近の年代は病床に臥せっていることしか書かれていない。代り映えしない項目に辟易しながら次々と年表を下る。しばらくしてようやく問題の項が現れた。


-○○年○月〇日:老衰により逝去。-


ヴィオノはその事実に愕然としながら、声を掛けてきた男に15階から叫んだ。


「老衰により逝去なされたとここにも書かれています。」


それを聞いた名も知らぬ男は"ありがとう"と言いながら外へ駆け出して行った。


それからヴィオノは同様のやり取りを大臣を含め数名とする羽目になってしまった。ヴィオノは仕方ないことだと理解はしつつもそのやり取りにうんざりするのだった。


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王の崩御の知らせは人民に大きな反響をもたらした。ヴィオノが籠るこの王宮図書館【マロニエ・コマン】にも外で花火の音や騒ぐ群衆の声が届いていた。王は老衰で亡くなったという事実。。しかし、自動筆記はそれを書いた。これは事実として受け入れなければならない。その事実に皆は歓喜し、祝宴をあげている。ヴィオノはずっと考えていた。数日前訪れたエドワードのことを。


彼は、王について聞いた。そして、補助魔法の情報を求めた。補助魔法の中のどれかをエドワードが王に使ったとしたら?確かに不可能ではない気がする。補助魔法を使った一時的な身体能力の向上は言わば時間の前借りと言えなくもない。魔法効果が無くなった際に来る疲労感はその証とも言うべきだが、しかし…さっきからその考えが頭の中をぐるぐる回っていた。


「すみませーん。開けていただけますか?」


噂をすれば影とはよく言ったものだ。エドワードの声が扉の奥から響いた。ヴィオノは軽く返事をすると扉を開ける呪文を唱えた。


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「ふー。疲れましたよ。圧縮魔法をかけたのに全然カバンに入らなくて。」


エドワードは軽く息を切らしながら、砂漠地帯に多く生息しているクーメルの皮をなめして作られた大きなカバンを両脇に抱えながら入ってきた。背中にも同様にパンパンに膨れたクーメルのなめし皮でダンジョン探索用に作られた抱えるタイプのカバンを背負っている。ヴィオノは困惑しながら、尋ねる。


「一体どうされたのですか?こんな夜更けに。しかも、その大荷物は?」


エドワードはヴィオノの座る司書席の前までくると、その抱えたカバンを降ろしながら、


「いや実はこれ全部、雪種の葉なんですよ。とりあえず、この近郊で流通している分は全部買い占めて来たつもりなんですが、あいにく量が多くてですねー。」


ヴィオノは愕然とした。雪種の葉と言えば、脳に覚醒作用をもたらし、人を一種の狂人へと変貌させるあれではないか。昔はモンスターとの戦闘時に剣士が瀕死の際の起死回生の手段として用いられていたそうだが、今となってはただの娯楽の一つに過ぎない。


一度だけヴィオノはそれを使用している者たちを見たことがあった。目の焦点は合わず、よだれを垂れ流しながら徘徊する者。大声で奇声を上げながら喧嘩を始める者。全てを諦め享楽に耽る者。そして、その中の一人とヴィオノは目が合ってしまった。


ブルブルとあの時の嫌な感情を振り払うかのように、ヴィオノは首を横に振った。なんで、こんなものがここに?ヴィオノは抗議の声を上げた。エドワードはそれをなだめる様に答えた。


「すみません。実はこれって結局、燃やさないと効果は出ないはずでしょう?この前来た時に、私が炎でこの建物を誤って燃やそうとしてしまったじゃないですか、それでも、ここは建物も本も何も変わらなかった。ということは燃えない何か魔術が施されているのではと考えまして。それをこれにもかけられないかと。」


「はぁ。」


ヴィオノはエドワードの言葉に困惑した相槌を打つことしか出来なかった。そもそも、これだけの量を買い込むにはかなりの金額を支払わなくてはならなかっただろう。この手の嗜好品はこの世界にとって最早必需品と言えるところまで価値は跳ね上がっている。皆、この世界の現実から目を逸らしたいのである。この男は一体どんな考えでこれに大金をはたいたのだろう。しかも、今の口ぶりでは自分が使うためでは決してなさそうである。しかし、よく売人もこれだけの数をさばいたものだ。普通、どんな馬鹿にでもこれだけの数を売ったりしないだろう。それに他の買い手の妨害も受けなかったことにも疑問が出てくる。ヴィオノはそうした疑問をエドワードにぶつけた。


「よくそんな量を買い占めることが出来ましたね。普通だったら色々なところから不平不満が溢れるものですよ。」


エドワードはその言葉に対して、さも普通のことのように答える。


「簡単ですよ。本当はこんなもの誰も必要としていないんです。目を背けたい何かが人々をそれに向かわせるだけです。希望が生まれればそんなものは自ずと消えていくものです。必要なのは希望ですよ。」


ヴィオノが訝しい表情をしているのにも気にも留めず、カバンを置くとまた外に出て、恐らくドロス車か何かでこの建物の前まで運んだのだろう、また雪種の葉でパンパンに詰まったカバンを持ってきた。全てを運び終える頃にはその量は最初の4倍ほどの量になっていた。


「では、とりあえず、カバンからすべて雪種の葉を出してください。」


ヴィオノは文句を言うのも諦めてエドワードに指示した。エドワードは困惑気味にカバンから雪種の葉を出そうとして手を止め、


「あの、床にばら撒けってことでいいんですよね?」


ヴィオノは司書席に座ったまま無言で頷く。エドワードはやや申し訳なさそうにカバンを逆さにして雪種の葉を床に出す。恐らく、カバンに詰めながら圧縮魔法をかけたのだろう。カバンから飛び出た雪種の葉はカバンよりも大きい塊となって出て来た。


暫くして、エドワードは全てのカバンから雪種の葉を取り出した。うずたかく積まれた雪種の葉。やや高い位置にある司書席に高さだけを見れば追いつきそうな勢いである。ヴィオノは何故私がこんなことをしなくてはならないのかとうんざりした気持ちでそれを見つめながら、エドワードがかけた圧縮魔法の最上位の呪文を雪種の葉に向けて唱えた。雪種の葉はそれを受けて、ギュンギュンといううなり声にも似た音を発しながら、一点に集まり始めた。やがてそれはちょうど魔導士の杖に使われる宝玉と同程度の球状の形に変わり、ボトッと床に落ちた。


「おぉ。素晴らしいですね。さっきまで大量にあった葉がこんなに小さく。ありがとうございます。」


エドワードはそれを拾いながら感嘆の声を上げた。ヴィオノは困惑しながらその玉に向けて、耐火魔法もかけてやる。そして、皮肉を込めて、エドワードに言葉をかけた。


「何のつもりでこんなことをなさっているのか測りかねますが、最初からこのつもりであったなら、初めの時点でおっしゃってくだされば良かったのに。そうすれば、本の紹介もしましたよ。」


その言葉の内には余計なことをさせてという非難の意味も込められていた。それを聞いたエドワードはあごに手をあて考える素振りを見せたのち、答えた。


「そうですねー。これは思いつきというか、まさかあんな小さな子供まで手を出しているとは思わず。まーそれを見たのも数日前でしたし、実行する前にここに来ればよかったですね。今度からまずここに来ることにしましょうか。とりあえず、今日していただいた分の魔法が記載された本を読ませていただけますか?」


ヴィオノは思わず落胆した表情を浮かべて魔法で2冊の魔導書を呼び出す。2階と8階の本棚に収められていた本がそれに呼応して大空を悠々と飛ぶガジルのつがいのようにエドワードの手元に向かって飛んでいった。エドワードはそれを初めて会った時と同様にサーっと目を通してヴィオノに返した。そして、ありがとうと簡単に謝辞を述べたエドワードはそのまま図書館を出て行った。ヴィオノの心の中はぐちゃぐちゃになりそうなくらいの怒りがこみ上げていた。

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