陽炎

日向幸夢

陽炎

 

 僕は野原で横たわり、意識的に呼吸をした。周辺では小中学生が野球をしているのか、声が聞こえる。「セーフ」だとか「アウト」だとか。その声は何処か心地良いものであった。正にアニメ等でありふれた光景だと感じる。

 そういうことをわざわざ感じ染みてくるために来たのではない。軽音楽部とは異なる部で、ボーカルをやっている僕が今回、学園祭で演奏する為の作詞を依頼されたのだ。

 しかし、作詞をするのなんて生まれて始めてであって、どの様に作れば良いのか見当も付かない。ただ、秋だから秋らしい作風が良いのだろうと考えた位だ。練習も必要となるので夏の内に完成させなければならないので、秋のアイデアなんて焦れったい気温では何も浮かんでこなかった。

 ましてやロマンチックなメロディーも、失恋ソングもポップな曲も。とても思い出深い事を経験した事なんて家族共々インドア派であり、美しく作詞できずにもどかしく、もどかしく。気晴らしに近隣の此処に足を運んでいたのだ。そんなこんなでかれこれ3時間以上此処に居るが、結局何も出てこなかった。辺りは茜色に染まりつつある。もう直ぐ秋になる気配なんて未だ微塵も感じず、虫暑いので、もう少ししたら仕方無く帰ろう。地面だってもやもやと揺らいでいて、蜃気楼が見える。  

 そんな事をふと思いながら、シャツを仰いで、目を瞑った。するとあの日のことが浮かぶ様だった。あれは確か、中学3年の思い出。



 「__へぇ、じゃあやっぱり私達、進学先別れちゃうんだね。」

 

 そうやって、寂しそうにするのは、菜那だった。いつも元気で励ましてくれていた僕達の紅一点。ポジションはドラ○もんで言うところのしずかちゃん。


 「__あぁ、そうだな。」

 

 菜那に応答をしたのは敬輔だった。才色兼備でクラスではモテている方だった。其れを鼻にかけず、僕達の友として仲良くしてくれたのもモテる秘訣なのではないかと実は少し妬んだ記憶がある。



 「でも、きっと皆好きな音楽をやっているだろうな。」


 おちゃらけ気味で言ったのは俊太。僕とは毎回気があったから、一番良く遊んだ。



 その時も、丁度今と同じ蜃気楼が見えていたような気がする。皆して太陽に向かって手を伸ばして、笑い合った記憶が微かに甦る。何処かのお笑い芸人の真似をしたのは黒歴史だ。




 「__詩、書けた?」


 

 さらりとした茶髪の髪を靡かせて、菜那は楽しそうに僕に尋ねるのが、何のせいだか、見える気がした。


 「あぁ、書けたよ。__作詞だけど。」



  ギャグのような連日で、あの日の青春を、僕は忘れない。気が付けば、スラスラと文を書き留めていた。







 

 

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