第6話 戦国での暮らし
戦国時代の朝は早い。朝日が昇るのに合わせて起床。朝の支度をして、隣の部屋の恒興とともに信長の部屋に行く。
正式に信長の小姓となってからの春の一日は大体そのように始まる。
恒興と違って、大したことのできない春の仕事は人探しがメインだった。信長が「恒興を連れてこい」と言えば兄を探しに城の中を走り回り「信長様がお呼びです!」と伝え、「信盛はどこだ」と言えば佐久間を探しに奔走する。そのおかげで、この一週間で城内の人たちの顔と名前がだいぶ一致するようになってきたし、城の中も一人で目的地にたどり着ける程度には覚えた。
人探し以外で春がすることと言えば、勉強と鍛錬である。兄の恒興に戦国時代の情勢や常識について学び、村井貞勝と島田秀満の仕事を手伝いながら字の読み書きを習い、佐久間信盛に剣術の稽古をつけてもらう。信長が誰かと会見をしている間には、手の空いてそうな人のところへ行っていた。逆に信長が暇をしているときには小姓としてそばに控え、春が生きていた現代の世について話した。未来の世について主君が興味津々だったのだ。
6歳から9年間は義務教育があり、子供たちはみんな学校に通っていること。総理大臣が国の代表となり、国会でたくさんの議員の人たちと話し合いながら政治をしていること。飛行機に乗って外国に行けること。電気がついているので、夜でも明るいこと。電子レンジや炊飯器を使って毎日あたたかいごはんが食べられること。新幹線や飛行機に乗ってその日のうちに日本の端まで行けること。町のあちこちに病院があって、100歳まで生きる人もいること。春は人が死ぬところは見たことがないこと、そして同級生たちもほとんどがそうであること。
信長は春の話をどれも興味深そうに聞き、たくさん質問をする。春にはわからないことも多かったが、わかる範囲で答えた。何から何まで戦国の世とは違いすぎて、話が尽きることはなかった。そして、話がひと段落すると、信長は必ずこう言う。「俺は、春が生きてきた時代のような世の中を作りてェんだ。」、と。「そのために、天下を取る。」そういう時のまなざしが真剣で、春も真剣な顔で「はい、」と頷くのだった。この人が天下を取るために、役に立ちたい。次第にそのように心の中で思うようになっていた。
しかし、この時代に来たばかりの春は役に立つどころか足手まといになるのがわかっていた。そのため、勉強と鍛錬に勤しむことにしたのである。
勉強は楽しかった。村井と島田がとても優しかったからだ。彼らは傍若無人な君主に慣れすぎていたため、読み書きを教えてくれと乞い、素直に練習する春がかわいくて仕方がなかったのだ。春が幼い顔立ちであるのも相まって、傍から見ている分には親子のようである。春が一生懸命に文字の勉強をしている様は傍から見て平和そのものだった。しかし、問題なのは鍛錬のほうである。
「オラオラオラァ!相変わらず弱っちィなあオイ!!!!そんなんじゃすぐ死んじまうぞコラァ!」
佐久間信盛。織田信長に仕える武将の一人である。年のころは信長よりも5つか6つほど上だろうか。春と比べれば、少し年の離れた親戚のお兄さんぐらいだろうか。しかし村井や島田と比べるととにかく肉体派の佐久間はあまりにも細くて弱そうな春を会うたびにからかってくるので、春はあまり得意ではなかった。会うたびに「チビ助」などと呼ばれて良い気はしない。
春は元から体力や筋力に自信のある方ではなかったし、すぐに女の子をからかう男子も得意ではなかった。佐久間との鍛錬にはその2つがいっぺんにやってくるので、たいそう憂鬱なのであった。春だって好きで弱いんじゃない。好きで棒切れのような細い腕をしているのではないのだ。現代にいたころと比べてはるかにカロリーの低そうなごはんを食べれるだけ食べて、空き時間には木刀を振り、手にできた豆がつぶれるたび痛みで目に涙をにじませながらトレーニングをしている。それでも一朝一夕には筋肉はつかないし、強くはならない。春がサボっているわけではないことを佐久間は知っているはずだ。なのに、どうして毎回毎回馬鹿にしてくるのか。村井殿や島田殿のように褒めてくれとは言わないが、わざわざ馬鹿にする必要もないと思うのだ。本人に言ったところで、「文句があんなら一度でも俺に勝ってから言いな」と鼻で笑われるのが関の山なので口には出さないが。
一方で、佐久間信盛は池田春信のことをこう思っていた。
随分と女みたいな顔立ちの少年だ、と。正直に言えば佐久間は女性に対してあまり免疫がなかった。どう接していいのかがわからないのだ。だから、少女のようなこの少年を見ると接し方に戸惑い、照れ隠しでつい乱暴な言葉を吐いてしまう。精神年齢が、ひどく幼い男であった。そんな事情を知らない春からは、用事がなければ極力関わりたくない人だと位置づけられてしまっているため、二人の距離が縮まるのにはまだまだ時間がかかりそうである。
平凡少女、戦国時代を生きる @kasuga_ryo
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