唐突に急接近

 私の好きな人はクールな人だ。何度か話はしたことはあるが、その全てが業務連絡のようなもの。私が知っている彼のプロフィールは話さなくても知っていることだけ。名前、年齢それくらい。好きなものも嫌いな食べ物も知らない。何度も話しかけようしたけど、彼を前にすると緊張してしまう。あ、と言いかけて、彼が振りむいたところで逃げ出したこともある。そんな恥ずかしい思いをしても、彼と仲良くなりたいという想いは変わらなかった。




「あ、あの」


 放課後の廊下。委員会の仕事の後で、廊下には人はいない。私の前を歩く彼に勇気を出して話しかけた。彼は特に返事はしなかったが、こっちを見てくれた。細い長方形の眼鏡の奥に切れ長の目が私を射抜いていた。


「そ、その。今日は、いい天気ですね」


 話すことが思いつかず、考えてもいない言葉が口から出た。その言葉が出た後で、自分に嫌悪する。


「……そうだな。日向ぼっこでもするのか?」


 それが彼の冗談だと判断するのにかなり時間がかかった。その間、私は口を半開きにして馬鹿な顔をしていたに違いない。そして、冗談だと理解したころには彼はクールな瞳で、こちらをじっと見ていた。私の返事を待ってくれているようにも見える。


「あの、その、一緒にどうですか」


 パニックになって、そんな返しをしてしまった。彼がどう思うのか予想が付かない。


「ふっ。そうだな。ちょっとだけならいいかもな」


 ほんの少しだけ口角を上げて笑ったその顔に胸が苦しくなる。クールな顔であまり表情の変わらない彼の笑顔のせいで心が躍り、動悸がする。きっと、顔も赤くなっているに違いない。そうやって、冷静な振りをしないと心臓が耐えきれなさそう。


「それなら、その、日向ぼっこじゃないけど、少しだけお話しませんか」


 口は勝手に周り、自分の想いを叶えるための第一歩を勝手に踏み出す。焦りに焦って、それを撤回するという思考も浮かばない。次に何を言えばいいのかわからず、結局は彼の返事を待って口を閉ざすしかない。


「……そうだな。そうしよう。せっかくだ、喫茶店にでも行くか」


 思ってもいない幸運。彼の言葉を理解しても、状況についていけない。その間、体が硬直してしまって返事もできない。しかし、その間も彼は私のことをじっと見つめている。それでも何とか頷くことだけはした。それを見て、彼はふっと笑って私の手を取って教室まで連れて行ってくれた。その間、俯いているしかなくかった。今、彼の背中でも視界に入ってしまえば、もう心臓が爆発するかもしれない。少なくとも今、脳みそは正常に思考しない程、照れと興奮が埋め尽くしている。


「どうした。体調、悪いのか」


「……あ、いえ、その、大丈夫です」


 このチャンスだけは逃すものかとそれだけは言葉にした。



 これが私の第一歩。憧れの人に近づくための勇気を出して、良かった。

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ちょっとした誰かの青春の話 bittergrass @ReCruit

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