終章
エドモントン市から出る乗合馬車に、顔を布で覆った少女が乗り込んできた。何人かは奇異の視線を向けたが、すぐに飽きたように仲間との会話に戻る。
この日は快晴である。道の土も乾き、木々は瑞々しい青い葉を見せており、馬車を通り抜ける生暖かい風とあいまって夏の到来が近いことを思わせた。
「隣、よろしいでしょうか」
薬屋の少女の隣に、騎士の装いをした青年が座った。
「どうぞ。私は次の馬車を待つことにいたします」
「次の馬車も目的地は同じですよ」
「しかし、あなた様のいない馬車です」
「その場合は僕も次の馬車に乗る用事ができるでしょう」
言い合ううちに、馬車は出発しがたがたと座席が揺れだす。
「……会いたくないといいました」
「僕はそう思わない」
「復讐をしたいのであれば、どうぞ」
「そんなことはいたしません」
「なんのために追ってきたのですか」
「伯爵様が亡くなられたので、僕も暇を出されたのですよ」
「……失礼いたしました」
「いや、なんの。いずれにしても改めて修行には出ねばと思っておりました」
「修行?」
「一芸は納めましたが、それだけです。あちこちの剣を見て回りたい」
「騎士というものは、本当に……」
「あなたがこのお金を受け取ってくれるなら、大人しく仕官します」
「それはもう、使ったお金です」
風に砂とほこりが混じり、乗客に吹き付ける。
騎士の青年が激しく咳をした。
「ごほっ、ごほっ」
「……お薬を一つ、どうぞ」
「ごほっ、行李は、ないのでは?」
「多少は持ち歩いています。エドモントンに行くことは……」
「はあ、さようですか」
「いかがです」
「んっ、んっ……ああ、楽になった。助かりました」
「ようございました」
「さきほど、エドモントンに行くからこの薬を用意したとおっしゃいましたか」
「言ってません」
海の見える街道沿いを馬車は走っていく。
晴れやかな太陽の光に、波打つ海がきらきらと輝いていた。乗客は思い思いに風景を眺め、あるいはもう寝始めたものや、仲間と話して笑いあっているものなどもいる。
「……昔、私の顔が好きだというものがおりました」
「その気持ちはわかります。いまは?」
「死にました。マーヤ領主様には顔を隠すようにと勧められています」
「その気持ちも、わかります」
「私の顔は忌みものです。見た人間は不幸になる。私は」
薬屋の少女は騎士の青年を見て続けた。
「私は、死神です。どうか、私に関わらないでください」
がたんと大きく揺れて、御者へ罵声が飛ぶ。この揺れでアラディアはバランスを崩してウッドロウの方へ倒れこんだ。ウッドロウはそれをなんなく受け止める。
揺れが止んで、ウッドロウはアラディアから手を放す。
「僕は昔から体が弱く、死ぬと言われてきました。本懐も遂げ、悔いはありません。それに綺麗なものを見れば長生きする、なんて話もあります。ものは考えようですよ」
「綺麗なものを見れば、ですか」
アラディアは同じことを言った友人を思いだす。
「それに、飛び込まれては受け止めるしかない。ご婦人を放っておくわけにも」
「……失礼いたしました」
「ところでどこまで行かれるのですか。もしよろしければ」
「あなたが先にお答えください」
「まあ、どの地方にも剣術はありますから」
「先にお答えください」
「いやあ、いい天気ですねえ、どこまで行かれるんですか」
「先に、お答えください」
馬蹄を響かせて馬車は行く。草むらから初夏のかおりが風に乗ってきた。あたたかな太陽のもと、やがてほとんどの乗客がまどろんだ。少女の小さな頭が隣の青年の肩に乗り、静かな寝息を立てる。わずかにずれた顔の布を、青年が元に戻した。
馬車は行く。心地よい揺れを与えながら次の町へと乗客を運んでいく。少女は音を聞く。二頭の馬が奏でる八本足の足音を聞く。それは懐かしい響きのようであった。
――かあ、かあ
いつの間にか、馬車の屋根にカラスが止まったようである。
アラディア、あるいは死神の物語 甚平 @Zinbei_55
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます