フォーエバー西宮町 三十と一夜の短篇第62回

白川津 中々

 轟々と音を立てる三つ目川の様子はあの日の大洪水と酷似していた。

 中川市西宮町において三つ目川大洪水が起こったのは昭和七年の夏である。西宮町全域に洪水警報が発表されたが意味はほぼなく、加速度的な増水により穏やかな清川は全てを飲み込む怪物へと変貌。氾濫した三つ目川により、木々が、道路が、家が、車が、人が、あらゆる物が呑まれていった。圧倒的な天災を前に成す術はなく、西宮町の八割は濁流に流され市町村としての力は削がれた。洪水の影響は未だ続いており、現在の税収は著しく低い。財政力指数が何年も小数点第一位を切っていては福祉も満足に機能できず、破綻直前の限界集落そのものであった。災害によりズタボロとなった土壌と風土が、人の営みを拒んでいるかのようにも思えた。

 そんな中残った町民は殆どが高齢であり、皆、肩を寄せ合うように生活をしている。せめて最後は産まれた土地で、畳に横たわり静かに死にたいという願いがあったようだが、それも叶いそうになかった。三つ目川はやはり加速度的に増水していき、既に道路まで浸水している。聡明な方は過去の教訓がまったく生かされていないと嘲笑するかもしれないが、金のない西宮町は治水工事が行えず、氾濫防止の処置を取れなかったのだ。





「あかん。逃げな」


「かんかないなぁ」




 町に住う老人達は口々に悲鳴を上げる。しかしその様子はどこか他人事で、緊張感がない。


「漬物持ってかんと。茄子がよぉもったいないわ」


「なら米も用意せなあかんなぁ」


 三つ目川付近に住う後藤家も例に違わず呑気であった。悠長に漬床を漁って漬物を取り出しているが、いうまでもなく、床下浸水により漬物器は水浸しである。



「ちょっと! 何やってるんですか! 早く逃げてください!」


 勝手口が開かれ現れたの役所に勤める男だった。彼は勤めている中で一番若く体力があったため、避難勧告に奔走させられていた。


「あれぇ役所の人。お疲れさん」


「早く逃げてください! 三つ目川が増水してます! 危険です!」


「漬物もったらすぐ行くでよぉ。先行っとってくれ」


「漬物なんか捨てて! 早く」


「あかんてそれはもったいない」


「ほーやで。付知の原さんがよぉ送ってくれたやつやもんで」


「あんたら命と漬物どっちが大事なんや!?」


「そー怒鳴らんでも大丈夫やて。なんとかなるやろ」


「ほやて。焦ったってだちかんて」


「あんたならなぁ……」


 役所の人間が何か言いかけた時、大きな音と共に水飛沫が上がった。川の心許ない堤防が完全に決壊し、町を呑み込み始めたのである。


「あかん! 俺は逃げる! もう知らんでよぉあんたら!」


「はいはい。どうぞ」


「茄子はやらんでな」


「勝手にしろ!」



 こうして西宮町は再び三つ目川の激流に晒さた。被害者の数は少なかったが、それは人口が伴っていないだけであり、結果だけ見ればほぼ全滅と言って差し支えなかない。限界突破した西宮町は隣の東宮町と合併し、その名は過去のもとなったのだった。


 だが、私たちは西宮町を忘れない。


 あぁ西宮町町。さようなら西宮町。ありがとう西宮町。西宮町よ、永遠なれ!

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