皆既月食

青いバック

第1話 皆既月食

 ねえ! 三年ぶりに皆既月食が見れるんだって! 一緒に見ない!?」


 ネット記事を片手に、 興奮してスマホの画面を見せてくる綾瀬奈緒あやせなおは同じ天文部の部員だ。


 星を見る事が趣味の彼女には、 三年ぶりの皆既月食は包丁を突きつけながらでも見たいだろう。

 僕は一番楽そうな部活、 という理由で天文部を選んだ為、 星にも皆既月食にも興味が一ミリもなかった。


 しかし、今回ばかりは皆既月食を見てもいいかなと思っていた。

 彼女に好意を寄せている僕は、 彼女に一緒に見ない?と言われたら断る事はしない。


 もし好きな人に一緒に見よ!、って言われて断る男が居るのなら会って話をしてみたいぐらいだ。


「うん、 いいよ」


「本当!? やったー!」


 スマホを空に掲げバンザイをし、 喜ぶ彼女の姿は無邪気で何処か幼さを感じさせる愛おしさがあった。


「八時に皆既月食になるらしいから、 十分前に学校の屋上集合ね!」


「わかった」


 天文部は、 部活の一環と言えば夜にも学校に来る事を許され屋上に入ることを許される。 しかし、制服では無いといけないという決まりはある。

 その権限をフルに活用し、 また夜にこの学校で会うことを約束し家へと帰る。


 家に着いた僕は、 急いでお風呂に入り体臭ケアを行い、 制服にアイロンをかける。

 よし、 制服のシワなし身だしなみは完璧だな。


 夜ご飯は口臭の原因になるかもなので、 親に帰って来たら食べると伝えた。


 そして来る時間。 緊張しながら屋上の扉を開ける。


「あっ! 来たね! 丁度十分前だね」


 扉を開けた僕に手をぶんぶんと振ってくれる彼女を見て、 今起きている事は夢ではなく現実なのだと、 改めて思った。


 夜の屋上に彼女と僕だけ。

 漫画のようなシチュエーションに心臓は、 鳴り止まなかった。


「楽しみだねえ……写真を撮らなきゃね。 一度きりなんどから」


「……? 皆既月食って何年に一回は見れなかったけ?」


「あっ、 ううん。 こっちの話気にしないで」


 彼女は、 何かを隠してるようだったがそれを問い詰めることはしない。

 しても意味は無いからね。


「あと一分だね」


 僕は腕に付けていた、 腕時計で時間を確認する。


「楽しみだね」


 空に浮かんでいる月が徐々に暗くなっていき、 赤くなっていく。

 皆既月食の始まりだ。


「綺麗だね……」


 赤く染った月を見上げる彼女の顔は、 清白で愛おしさが詰まった笑顔を浮かべていた。


「うん、 綺麗だね……」


 このポロッと出た綺麗は、 月に対しての綺麗ではなく彼女へ綺麗だ、 と言っていた。


「ねぇ……」


 皆既月食で赤く染った顔をこちらへ向け、 色を正した顔付きだった。


「ど、 どうしたの? そんなに改まって?」


 真剣な顔付きの彼女を見て、 一瞬心が波を打つ。


「月が綺麗ですね」


 彼女の言った月が綺麗ですねは、 夏目漱石が貴方が好きですと訳したアイラブユーだ。


 つまり、 僕は告白されたのだ。

 え? 告白された? 彼女に?


 いやいや、何を考えてるんだ。 僕は。

 そんな訳はないと思い、 彼女の顔を見るが真剣な眼差しで見ていた。


 これは、 うん覚悟を決めよう。


「今なら手が届くかもしれませんよ」


「……! いいの?」


「うん、 いいとも。 僕も月が綺麗だと思っていたからね」


「本当!? やったー! あっ、 忘れない内に!」


 そう言うと彼女は、 手に持っていたカメラを二人が写るように移動させる。


「はい、 笑って!」


 ニコッと笑うとパシャリ。 シャッターが切れる音が赤く染った屋上に響く。


「へへ、 一度きりの写真撮影だね」


「これの事? 一度きりって」


「うん、そうだよ」


 笑う彼女の顔の紅さは、 きっと皆既月食のせいでは無いだろう。

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