第11話

 無造作にだらりと垂れた長い黒髪の隙間から見える蒼白い顔に、やたらと光って見える双眸。薄く薄紫をした唇の両端が釣り上がりにたぁっとした笑みを浮かべている。


 左の前合わせに着ている白い着物は薄汚れ、所々が茶色く変色していた。


「お前……もうちょい身形、綺麗にしろよ……」


「ちょっと……天音ぇ……」


 そんなおとろしの姿をまじまじと見ていた天音が少し顔を顰めながら言うと、おとろしは怒るどころか、大きな声でわらいだしたではないか。


「面白い娘じゃのぉ……豊前坊の奴、さぞかし手を焼いている事だろう」


 おとろしはそう言うと、天音の方へと近づいてくる。


 思わず数珠丸恒次の柄へと手をかける天音。


「なぁにびくついてんのさ……とって食おうなんて思っちゃいないよ?」


 にたぁっと笑うおとろしに、天音が眉間に皺を寄せ睨みつける。


「殺り合おうってなら……相手になるぞ?」


 おとろしが軽く地面を蹴ったように見えた。すると、あっという間に天音の間合いへと入ってくる。


 その瞬間、数珠丸恒次が鞘から抜かれた。


 しかし、それは虚しく空を斬る。


「……!!」


 いつの間にか背後に回っていたおとろし。その速さは天音が今まで体験した事がなかった程である。


「悪いねぇ……鬼束家の娘。その太刀筋、ぬしら鬼束家が得意とする抜刀術であろう?見飽きてるわ」


 おとろしが天音の肩をとんっと軽く乗せた。


 ずしりと肩に重りを乗せられたようだった。本当に軽く乗せただけに見えた。


「天音っ!!」


 茨木が大斧を構えると同時に、優姫も弓に矢をかけた。そんな二人の様子を楽しそうに見ているおとろしがふふふっとさも、可笑しそうに笑った。


「殺気ばしっとるのぉ……」


 ぐぐぐっと天音の肩へ更に力が加わり、とうとう片膝をついてしまった。


「手ぇ出すんじゃねぇよ……」


 ぎらりと光る天音の両目。まだ、その眼の光りは失われていない。


「へぇ……さすが豊前坊の秘蔵っ子だわ」


 じゃらりと数珠丸恒次の柄に巻かれていた数珠から音がする。


 そして、何やらぶつぶつと唱えている天音。


「ほぅ……ぬしのような小娘が一丁前にあれを使うか」


 肩を押さえているおとろしの口が耳まで裂けたように広がり笑った。


 それと同時に天音の肩から手を離すおとろし。


 その手の手首から先が地面へと落ちている。


「まさか、ぬしがそれを使うとはのぉ……誤算じゃったわ」


 ゆらりゆらりと湯気のように天音の体から昇る刀気。


「……油断大敵って奴だな」


 地面に落ちたおとろしの手が塵となり風に飛ばされていく。すると、失われたはずの手がにょきりと生えてきていた。


「その通りじゃな……油断しておったわい」


 けらけらと楽しそうに笑う。


「ふん……」


 じりじりと間合いを詰めていく天音。それを相変わらずにたりとした表情で見ているおとろし。


 最早、休憩どころではない。


 そんな二人を黙って見ている茨木と優姫。


 とそこへ、阿と吽を木に繋ぎ、体をブラッシングし終わったおはなが現れた。


「なにやっているんですか、二人とも?」


 少し呆れたような表情で二人を見ている。そして、二人の間に臆する事なく割り込むと茨木達の方へと顔を向けた。


「お姉様方も見てないで、二人を止めてくださいな」


 お花に言われ、天音を宥める茨木。そして、何やらおとろしと話している優姫。


 不承不承と刀を鞘へと納める天音を見て、にこりとお花が笑った。


「これで、やっと休憩出来ますね?」


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魔剣少女と呼ばないで ~天音編 ちい。 @koyomi-8574

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