もしも、馬鹿が異世界転生したら


 ―――幼児期―――


 馬鹿弥太郎うましか やたろうという少年の生前は、野山を駆け巡ることが好きで人間よりも大自然と絆を深めることを良しとするような野生児だった。勉学をさぼっては木に登り、同世代の友達の誘いを無視して狩りに興じるような野蛮な彼は、若干12歳で滝に墜ちて死んだ。


 そんな弥太郎が異世界に転生した。


「うが、な、なんだここ!あれ、動けねぇ!動けねぇよ!おい!動けねぇ!おい!なぁ!おい!おい!なんだんだよ!おい!おい!!誰か!!!」


 ふかふかのおくるみに包まれた赤子の弥太郎は必死で手足をばたつかせるが立ち上がることすら出来ない。


「あら、目が覚めたみたいね。泣いているけど・・・お腹がすいたのかしら?」


 美しい女性が弥太郎に気付くと聖母のような穏やかな微笑みを浮かべる。そして、脇のあたりに止められたボタンを外して自身の片胸を取り出し、弥太郎に差し出した。


「うわー!うわぁ!なんだこれ!でっかいちちだ!やべぇ!俺の顔よりでけぇよ!なんだこれ!ちちおばけだ!ひえーっ!!」


 弥太郎は酷く興奮して暴れ、女性の胸を引っ叩いた。



 ―――児童期―――


 モスグリーンのローブを纏い、金色の鳥のような装飾が入ったモノクルを身に着けた学者風の男が弥太郎を教導する。


「いいですか、魔法には火、水、風、土の四種類の属性が存在します。魔法や属性の適性というのは主に家系に依存し、家系魔法の特色を子孫へと繋いでいくのです。そしてこの四種類の他に選ばれた者にしか扱えない特別な無属性の魔法というものがあります。ここまではわかりましたね?」


「あぁ?わるい、なんかよくわかんねーから、最初から教えてくれるか?」


「わかりました。魔法というものには四種類の属性が・・・」


「ちがうちがう!まほーの説明をしてくれよ!!わかんねぇよ!」


「最初からって、最初の授業からですか!?」


 弥太郎の頭の悪さは生まれ変わっても変わることは無かった。



 ―――思春期―――


 頭は悪いものの魔法の才能を見込まれた弥太郎は、王都でも有数の魔法学園の生徒となった。


「ちょっとあなた!いくらこの国で唯一無属性魔法の適性を持っているからって調子に乗らないでくださる?ここはあなたのような凡人が来て良い場所じゃないのよ」


 両サイドにくくった派手な縦ロールが特徴的な金髪の美少女は、無作法で学問に興味のない弥太郎をやたらと目の敵にした。


「あ?なんだお前だれだよ。俺だって来たくてこんなところにいるわけじゃねぇのに」


「わたくしはティアルマ!ティアルマ・ミュラー!あなたに自己紹介をしたのはこれで8回目ですのよ!それに、この由緒正しい学園に対しする無礼な発言!許しませんわ!!」


「別にお前に許されてもなぁ・・・」


 彼女がギャンギャンと喚く姿を見て、弥太郎は生前に相棒だった雑種犬を思い出し少しだけ懐かしい気持ちになった。



 ―――成人期―――


「どうしたのよ、いきなり部屋までついて来て欲しいだなんて。このわたくしを呼びつけるのだからよほど大事な用事なんでしょうね?」


 学園を卒業する年齢になった頃、弥太郎は生前よりも大人になっていた。


 そして、前世では経験したことのなかった特定の女性に対しての興味が芽生えたことに困惑した。自分の心の変化に酷く翻弄される日々を送る弥太郎だったが、先日魔法図書館に隠された古の創作書物を読み、その答えを導き出したのだった。


 頭の出来の悪い弥太郎だったが、この気持ちが恋であると確信した。


「ティア、おれのことすきか?」


 部屋で二人きりになった途端、弥太郎は書物で見た高身長の男性を真似て意中の女性を壁際に追いやった。両手で彼女の逃げ場を封じ、真剣に彼女のサファイア色の瞳を見つめる。


「えっ、な、なによ急に・・・そんなこと・・・」


 突然の質問に女性は頬を赤くして視線を逸らすが、弥太郎は追撃するが如く、背伸びをして彼女の頬にキスをした。


「こっちを向いてくれ、俺はティアが好きだ」


「わ、わたしだってそりゃ、嫌いだったら話しかけないというか・・・どちらかと言えば、好き?かもしれないって思うわよ。でもあなたのこと今までそんな風に・・・」


「嬉しい!つまりティアも俺を好きということだな!!」


 曖昧な返事を聞いて喜び勇んだ弥太郎は、彼女を抱きかかえてベッドにそそくさと運ぶ。弥太郎に悪気は無く、彼の読んだ古の創作書物の流れに従おうと考えているだけだった。


「え、ちょ、なにするの!?」


 混乱する女性をベッドの上に押し倒したところで、弥太郎は相手への配慮が足りない事を思い出した。


「えっと・・・俺のこと、怖いか?」


 弥太郎の儚げで心配そうな表情に絆されて彼女は思わず首を振った。


 ほっとした弥太郎は自身の衣服に結ばれていた紐を引いて下半身を巻いていた布を全てベッドの下に投げた。女性はその様子にただただ困惑している。


「俺、こういうのよくわかんないけど。本読んですこしはべんきょーしたから、頑張る」


 弥太郎は彼女への気持ちを理解した後、学者風の男を質問攻めにして最低限の性知識を手に入れていた。とはいっても、なにをどうするか程度のことしか知らない。


 大きくゆっくりと深呼吸をして、興奮する自分の心を落ち着ける。多少冷静になったところで露になった自分の下半身を見た。


 そして、驚くべき事実に気が付いた。


「・・・・・・・・・・・・ない」


「えっ?」


「な、おい!おい!ないぞ!おい!無い!!!!あれが!あれが!俺の!大事な!あれが!!ない!!!!!!」


 慌てふためく弥太郎。弥太郎の下半身にはあると思っていた筈のものがさっぱり消えていた。突然の出来事に慌てつつも女性の前で直接的な表現をしてはいけないと前世で母親に散々叱られたことだけは守った。


「どこやった!なぁ、あれ?どこやった!どこでなくした!?おい!いつから?いつからないんだ!!!!!」


 弥太郎はベッドから飛び降りて脱ぎ散らかした服をあさり、ベッドの下をあさり、机の中と本棚の中とごみ箱の中をひっくり返して探した。


 しかし、弥太郎の探しているモノはどこにも無かった。


「どこだ!どこで無くした!!!」


 服を着ないまま部屋を出ようとしたところで彼女に無理やり止められた。


「ティア!大変だ!俺!女になった!!!」


 女性は口をぽかんとあけて答えた。


「何をふざけたことを言ってるの?あなたは最初から女性じゃない」


 弥太郎は絶望した。



 この世界を受け入れられても、自分が女性になった事実を受け入れる事が出来なかった弥太郎は悲しみのあまり山奥に引きこもった。


 そして無属性魔法の遣い手と継承者がいなくなり、数年後国は亡びた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヤンデレ姉VSヤンデレ妹 寄紡チタン@ヤンデレンジャー投稿中 @usotukidaimajin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ