子供達は虚像の空を仰ぎ見る

にゃ者丸

プロローグ

――――――それは、嵐のようにやってきた。


 意味の分からぬ言語を呟き、その場の全人類の脳内に、同時に自らの声を届ける。それが現代に例えるならば、どれほどの科学力を有しているのか。想像のつきようはずがない。

 もしくは、理解できない何か………【魔法】か何かだと考えれば良いのか。幾多の研究者はそれを否定する。説明のできない事象を奇跡と呼び、奇跡を操る存在を【魔法使い】と呼ぶ事は、思考の放棄に他ならないからだと。


 ならば、はどう説明すればいい。


 月蝕のように太陽を喰らい、容易に地上へと届ける自然の光を奪い去った、あの巨大な存在を。

 歪な球体、卵のように見えるそれを、人類は何という単語で表せばいいのだろう。

 誰も分からない。この星に住み、未だ宇宙の彼方、銀河の先を夢見るだけで、その先を想像する事しかできない彼ら人類では、理解のしようがない。


 ………あれは、そういう存在だった。


 本当に、ある日突然。何の前ぶりもなく現れて、一方的には人類に告げた。



『―――――この星を侵略する』



 宣言という名の一方的な宣告。名前も知らない存在は、人類の脳が理解に到達する前に行動に移した。

 宣言通りの実行を。手始めという名の蹂躙を。


 雲の上、大気圏を突き抜けて、それらは地球に落ちてきた。無数のオパールが如く虹色の輝きを宿して。怪物の卵が雨となって降って来たのだ。

 大気圏を突入し、空気や空気中の塵との摩擦熱に温められた卵は、空中で孵化をする。殻を破り、半透明な幽霊の如く軽い身体を翻して、パラシュートでも広げるようにゆっくりと速度を落として降って来る。


 落下する傘の群体は、それぞれ人類以外の生物を取り込み、あるいは生物ではない無機物さえも取り込んで、その身をジュクジュクと変異させるのだ。

 クラゲのように捕食して、スライムのように変異する。あれらは、その後、全く別の生命体へと文字通り


 地球上のそこかしこで上がる咆哮、あるいは奇声、声にもならない音波と擦過音さっかおんが鳴り響き、声音を発した主たちは、一斉に近辺にいた人類に襲い掛かった。

 続いて上がる阿鼻叫喚。肉が裂け、骨が砕け、内臓が潰れて血潮が上がる。建築物は崩れ落ち、あるいは飛び乗った怪物共の自重に耐えきれずに倒壊する。

 地震にも勝る大災害。それは、まさしく人類の終わりを告げる鐘の音だった。


 キリスト教徒が騒ぎ立てる。ヨハネの黙示録に記載された、黙示録の獣たち。やつらが我々を滅ぼしにやって来た。

 僧侶が騒ぎ立てる。地獄の門を開けた愚か者が、罪深き我らを裁きに鬼共を連れてやって来た。悪鬼羅刹を連れてきて、化物共を連れて来た。

 日本の老人が騒ぎ立てる。百鬼夜行がやって来た。妖魔共が我らを喰らいにやって来た。


 残念ながら、あの怪物共はそのどれでもない。いや、最も近いのは黙示録の獣か。文字通り、これは終末を告げる鐘の音と同義なのだから。


 人類に抗う術など無い。ただ、終わりの時まで怯えるか、それとも後悔を連ねるか、現実を受け入れられずに発狂するか。

 これは自然の摂理だ。弱い生き物が死に絶え、強い生き物が生き残る。弱者は強者の糧になるしかない。この世は弱肉強食なのだと。


 これで、これで終わりなのか。こんな事で、こんな所で人類の長きに渡る歴史に終止符が打たれるのか。

 全ての人類の脳裏に〝絶望〟の文字がちらつく。既に死を受け入れ、生を諦めて命を手放す者さえいる中で、人は何も抗うことなど許されずに終わる。


 そう、誰もが思っていた。




――――――ドロリと、怪物共の身体が解け始める。


 融解し、焼け爛れるようにその身を崩壊させて、怪物共はその一瞬に死に絶える。その様は、刹那にして命を燃やし尽くし、先取りしていた寿命の清算をされるような光景だった。

 ある者はとあるアニメを思い浮かべたかもしれない。圧倒的な力を持って生まれ、蘇りながら、早すぎる出生により死を迎えた古代の怪物の最後を。


 変わらずそこで微動だにせずに居た、自然の光を遮る天上の歪な卵は、まるで落胆するように、あるいは悔やむように呟いた。

 あれの声は、意識的にか無意識かなど関係なく、地球上の全ての人類に届けられているのか。その声は、確かに全ての人類の脳内に響いていた。



『………時間切れか』



 一言。その一言だけを呟いて、霧が晴れるようには消える。程なくして、地球上に最も雄大なる自然の光が届けられた時。

 一斉に生きている人類は歓喜した。惚けるでもなく、今ある喜びを胸中に留めず、腹の奥底から吐き出した。

 涙を流し、近くの誰かなど関係なく抱き合い、自らの生に未来がある事にただ、ただ感謝する。永遠にも感じられた地獄を、人類は何とか耐え抜いた。


 その人口を約三億人にまで減らして、何とか人類の終末は回避されたのだ。今、ここで言うべきは、人類が自らの手で掴み取った勝利であるかどうかなど、全く関係ないという事だ。

 むしろ、圧倒的な弱者である人類は、その命が助かっただけでも、喜ぶだけで良いのだから。






◙◙◙






 その後、何度も人類の終末を告げる怪物は現れた。歪な卵のような何かは太陽を喰らい、また怪物の種子をばら撒き、人類を殺戮せんと化物共を送り込む。

 その度に人類は抗った。何度も、何度も抗った。死にたくない一心で、終わらせて堪るかという一心で、それぞれが終末を回避しようと行動を起こした。


 しかし、回数を経る度に怪物共の稼働時間は伸びていく。それに比例して、人類の数は減り、生存領域は狭まっていく。


 だが、福音はあった。人類の中に、その身に奇跡とでも呼べるチカラを宿した子供たちが現れたのだ。

 彼ら、彼女らは、その魔法とも呼べるチカラを用いて、遥か宇宙の彼方からやって来る侵略者の軍勢を打ち砕いた。

 その頃の科学は、西暦2021年とは比べ物にならない程に進歩していたにも関わらず、怪物共に完全に対抗し得る事ができなかったのに。

 彼らは対抗してみせた。そのチカラを持って、怪物共を殺戮してみせたのだ。戦いに勝利し、怪物共を撤退させるまでに退かせたのだ。


 これが、人類の本当の抗いの歴史の始まりにして、起源。


 後に特異点とも呼ばれた、異能を持って生まれる人類――――【異能者】の誕生した歴史である。




 ――――――それから、約数百年の月日を経て。



 今日も人類は侵略者に抗っている。【異界神】と名付けられた、怪物共を生み出した神の如く人類の仇敵と、日夜、最後の砦を奪わせんと戦争をしている。


 黒々とした大地にて、たった一人の青年が異形の怪物共と戦っていた。全身を黒塗りの機械質の鎧に身を包み、その中で唯一、鎧に包まれていない異形の右腕を握り締めて、青年は強く地面を踏み締めた。


 眼前に迫り、両腕を振り上げる怪物に対して、青年は異形の右手を振りかぶる。

 弓のように引き絞った拳を解き放ち、殻を被った類人猿に似た怪物に孔を開けた。目の前の怪物を殺した束の間、新たな怪物が背後から飛び掛かる。

 虫の翅を羽ばたかせた鳥に似た怪物の嘴を、青年は見もせずに屈んで回避し、たわめた足で地面を蹴って滑り、頭上で羽ばたく怪物の腹を蹴り上げた。

 絶叫を上げ、嘴の横から黒々とした体液を噴出し、怪物は無防備な腸を晒す。その隙を見逃さず、青年は飛び上がって貫手にした異形の右腕を突き出し、その腸を刺し貫いた。

 先に地面に伏した類人猿に似た怪物と同様に、この怪物も力なく翅を羽ばたかせ、地面に落ち、力尽きた。


 十秒にも満たない時間で、即座に二頭の怪物が、青年によって屠られた。


 べしゃりと、黒々とした体液に汚れた大地を、ドクドクと二頭の怪物から流れ出る体液が、黒々と穢れた大地を更に穢し、その屍を晒す。


 頭部を保護する機械質のヘルムに付着した怪物の体液を拭い、青年はふと天を仰ぎ見る。そこには、こんな穢れた大地に居てもなお、美しいと思える青々とした空が広がっていた。


―――ザッーーーー………


 頭部を保護する機械質のヘルムを通じて、音声が届けられる。青年はそれを聞き、快諾したように頷いて、その場を走り去る。



 未だ、謎に包まれた侵略者の率いる軍勢を殺戮して、青年はその瞳に先ほど見上げた青空を映し出す。

 それは、青年が生まれ育った世界には無い、作り物ではない確かな自然を感じさせた。

 青年はまるで走馬灯の如く、死地に近しい大地を駆け抜けながら、過去の思い出を振り返る。

 それは、奇しくも様々な巡り合わせの日々だったという事を思い出し、機械質のヘルムの奥で、青年は穏やかな笑みを浮かべた…………。







 さあ、今ここに語ろう。一人の青年がここに至るまでの、出会いと別れを繰り返す、数奇な運命の物語を。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

子供達は虚像の空を仰ぎ見る にゃ者丸 @Nyashamaru2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ